多趣味で生きる者の雑記帳

現在は主にごちうさに対する想いについて書いています。

きらま2021年7月号掲載のごちうさを読んだ感想

 こんにちは。先日ごちうさ10周年の詳しい情報が入って、かなり沸き立っているのが感じ取れますね。ごちうさの利点は「コンスタントにコンテンツが提供される事」であるのは間違いないですが、同時にその事がどれ程大変な事なのかを思うと、やっぱりごちうさは別格なのだとひしひしと思わされるばかりです。

 さて、今回はまんがタイムきららMAX2021年7月号掲載のごちうさの感想を書きたいと思います。今月も中々に思う事が多いお話だったと感じ取っていますが、今月も今までと変わりなく、率直な想いを書き出したいと思います。

※注意※

最新話のネタバレを含むものなので、その辺りをご了解お願い致します。また、ここで書き出した推察や考察は個人的な見解です。そして、鍵括弧付きの「あんこ」は全て甘兎庵の兎の事を指します。『あんこ』の鍵括弧も同様です。断じて小豆のあんこでは無いので悪しからず。

1.はじめに

 今回のお話は千夜ちゃんが看板娘として働いている甘兎庵が中心舞台であり、登場人物も甘兎庵にゆかりのある人物が大半だが、今回は旅行編からの登場であり、智乃ちゃんにとって同じ学校の同級生でもあり、喫茶店ブライトバニーの店員さん(アルバイト)でもある冬衣葉冬優(ふいばふゆ)ちゃんも登場しており、今回はそんな冬優ちゃんと千夜ちゃんの関わりが一つのポイントとなっている。また、甘兎庵の象徴的存在でありながら、これまでその素性は殆ど明らかになっていなかったうさぎの「あんこ」の素性の一部が明らかになるのも重要であり、全体的に見れば千夜ちゃん中心ではあるが、千夜ちゃんと関わる人々の動向も同じくらい見逃せない回だと言えよう。

 また、今回は甘兎庵にスポットライトが当たった回なので、幼なじみである千夜シャロの昔話も登場する上、前述の通り「あんこ」の素性も興味深い事例が明かされる。幼なじみに限って言えば、夫婦漫才とまで称される程に仲睦まじい千夜シャロと言う幼なじみが今月号に出てくる事は、ある意味先月号の中心とも言えたリゼユラとは幼なじみ同士の距離感と言う意味で対比の関係性にある*1のも中々興味深い点だが、そこはあまり触れない方が良いのかもしれない。尤も対比とは言っても大げさなものでは無く、リゼユラも仲が悪い訳では無く、あくまで普通の幼なじみとは一線を画しているだけ*2である為、そこまで心配は要らないだろう。

2.購読した感想

すれ違いの甘兎庵

 今回のお話は甘兎庵における仮面(マスク)Dayと称した遊び心満載の仕掛けをもって千夜ちゃんが店を構える所から始まる。冒頭からいきなり飛ばしている印象を受けるが、元々彩る事が好きな千夜ちゃんなので、ある意味既定路線と言うべきなのかもしれない。それを既定路線と言い切るのも変な気はするが。

 そんな甘兎庵に来店したのが今回の重要人物とも言える冬衣葉冬優ちゃんである。来店した理由は甘兎庵の看板うさぎである「あんこ」がカラスに連れ去られていた所*3を偶々見つけて届けに来たと言うものだが、来店して早々高圧的な顔立ちで千夜ちゃんをにらみつけてしまい、思わず千夜ちゃんを「ふざけた接客してごめんなさい」と言わしめている程である。尚、高圧的な顔立ちになってしまったのは、冬優ちゃんがかなりの緊張しい且つ恥ずかしがり屋だからであり、そこに緊張すると顔が引きつってしまう自身の特性が加わったが為にああなってしまっただけであり、別に本当に怒っている訳でも無く、寧ろ冬優ちゃん本人は面白がっているくらいだが、恥ずかしがり屋な性格が災いして言葉をもって自分の気持ちを上手く他人に伝えられない事も相まって、人からあらぬ誤解をされやすいのが痛い点であり、事実千夜ちゃんは冬優ちゃんが中々笑ってくれない事を親友の心愛ちゃんに相談している。その際心愛ちゃんは、嘗て智乃ちゃんが現在の冬優ちゃんと同じ様に感情が表情に表れなかった事*4を引き合いに出して説明しようとするが、智乃ちゃんの目の前で彼女自身の感情変化と言う恥ずかしい事を平然と千夜ちゃんに暴露したため、智乃ちゃんから大目玉を食らってしまうが、その際千夜ちゃんは「本人の目の前で話しちゃダメよ」と諭している。と言うか、幾ら心から信頼し合える関係性にあったとしても、誰だって自分の恥ずかしい内面を他人(心愛ちゃん)にベラベラと第三者(千夜ちゃん)に話されたら嫌なものなので、言ってしまえば心愛ちゃんの自業自得。ただ、心愛ちゃんもバカにしている訳では無く、寧ろ智乃ちゃんの少ない変化から感情を読み解く技法を伝えようとしていただけなので、悪気は全く無いのだが……。

 そんなココチノだが、心愛ちゃんに代わって智乃ちゃんが電話を取ると、千夜ちゃんに対して冬優ちゃんはすこしばかり緊張しているだけと断った上で「人は見た感じが全てではないとよく言いますし」と、何やら名言集(誉め言葉)に載りそうな言葉を投げかけ、実際に言動と態度が良い意味で一致しない事が多い*5理世ちゃんを例に出して千夜ちゃんを納得させている。因みにこの時、理世ちゃんは結良ちゃんと一緒に居たのだが、その際「人に噂されるとくしゃみが出る」と言う、科学的根拠も何も無いにも関わらず、どの時代においてもまことしやかに囁かれている迷信(?)を律儀になぞらえる様な反応をして、噂した奴を問い詰めてやると意気込んでいたが、その表情はやはり喜びを全く隠せていなかった。単純と言うか隠し事が出来ないタイプと言うか、やっぱり不器用且つ分かり易い人である。尤も理世ちゃんのそういう所が皆から可愛がられたり、信頼されたりする理由でもあるのだが……。

 何はともあれそれらのアドバイスを聞いた千夜ちゃんは、冬優ちゃんに対して冬優ちゃん自身が連れて来てくれた「あんこ」を話のつかみにして話始め、冬優ちゃんも応じてくれたが、その際冬優ちゃんは「あんこ」の仏頂面(不愛想で愛嬌が無いさま)にシンパシー(同感、共感)を感じる事を言ったうえで、それでも可愛さがある「あんこ」を見て羨んだり、千夜ちゃんの明朗で接客に自信があるさまを羨んだりしている事を千夜ちゃんに直接言っている。何故この様な事を思ったのか、その細やかな理由は後述するが、これに対する千夜ちゃんの返しは意外なもので「招き兎のあんこがいたお陰」だと言ったのである。一見すると変な話だが、冬優ちゃんは割と興味津々であり、ここから「あんこ」と甘兎庵との関係性が分かっていく。

「あんこ」との出逢い

 甘兎庵の看板兎である「あんこ」だが、その出逢いは意外にもこれまで全く明らかにされておらず、長年謎のままだった。その為、10周年を迎えたタイミングで唐突に明かされた事実は正に超展開と呼ぶに相応しいと思われるが、出逢った経緯もこれまた意外なものだった。

 その出逢いは千夜ちゃんがまだまだ子供(恐らく10年程前)だった頃、甘兎庵の初めてのチラシ配りに挑戦した時の事である。年の割にはかなり大胆な行動だが、元々緊張しいだった千夜ちゃんはうまく話す事が出来ず、途方に暮れていた。そんな時に「あんこ」に頭を占拠されてしまった紗路ちゃん*6がやってきて、千夜ちゃんに助けを求めるのだが、その際に「あんこ」に千夜ちゃんの頬を撫でられたのが、千夜ちゃんにとって現在の姿に繋がる原点となった。千夜ちゃんにとって「あんこ」に頬を撫でられたのは「あんこ」が慰めてくれたと思った事がきっかけで「あんこ」に対する信頼を寄せる契機にもなり、チラシ配りにしても紗路ちゃんとのコントじみたやり取りで大衆の気を惹き、見事に成功させている。つまり「あんこ」は千夜ちゃんにとって昔から心の支えとなってくれた大切な存在なのであり、紗路ちゃんにとってはトラウマを植え付けさせられた存在ゆえに手放しには喜べないだろうが、それでも幼なじみを影で支えてくれた存在である事に違いは無いので、そう言う意味では紗路ちゃんも喜ばしいと思われる。尤もそれはアイロニー(皮肉)な因果関係とも言えるのだが……。千夜ちゃんには今に続く人格の礎を、紗路ちゃんには今に続くトラウマ意識を「あんこ」がもたらすとは、割に罪作りな因果関係である。

 また、千夜ちゃんはこの事を引き合いに出して冬優ちゃんに優しい言葉を投げかけているのだが、その事は冬優ちゃんに対して「そこまでかしこまらなくても良い」事を伝えようとしているのではないかと感じ取った。如何にも人の気持ちを鋭く読み解き、寄り添った言葉をかけてあげられる千夜ちゃんらしいが、その際に甘兎庵の勧誘も忘れないと言うのもやっぱり千夜ちゃんらしかった*7。ある意味これがお笑いもといコメディの基本なのだろうが、冬優ちゃんにとってはどう映ったのか、心配ではある。ただ、メタ視点から見れば「良い話をして最後にひっくり返す」のはコメディにおける一種のお約束なので、千夜ちゃんのやっている事はお笑いの基本とも言える。それにしても4コマの基本であるオチの笑いも、人間関係が紡ぎ出す感動も一挙に表すとは、正に恐るべきはごちうさと言う事か……。

甘兎庵の仮面(マスク)Day

 前述の通り甘兎庵では仮面(マスク)Dayを行っていたのだが、その折に心愛ちゃんと智乃ちゃんが甘兎庵に遊びに来て、さらに盛り上がる事になる。その時には冬優ちゃんも甘兎庵の恰好になって、甘兎の仕事体験を実行していたのだが、ここからマスク祭りと言わんばかりに自由にマスクを着用したり、千夜ちゃんのおばあちゃん特製青汁を用意したり*8と正にやりたい放題。実行しているのが千夜ちゃん故に問題は無いとは言え、「看板娘がこんな事して良いのか?」とも思わなくもないが、この様な事を店主若しくはその近親者以外が勝手にやろうものなら大目玉を食らう事はほぼ確実であるため、個人事業主(?)の看板娘だからこそ成しえる業なのだろうが、何れにしても皆楽しそうだからそれで良い気もしない訳でもない……。とは言っても、千夜ちゃんがやっている事は現実には実現困難若しくは不可能な事が多い事に変わりはなく、それ故に甘兎庵がどれ程自由な彩りができて、それが彼女にとってどれほど幸せな事かを物語っているとも言える。ある意味ユートピア(理想郷)である。因みに千夜ちゃんのおばあちゃんもかなりノリの良い人で、千夜ちゃん達の更に斜め上を行く様なセンスを持っている。甘兎庵があれだけ自由なのはそれ故とも言えよう。

 そんな自由気ままな甘兎庵の雰囲気に冬優ちゃんは思わず笑みを浮かべ、千夜ちゃんを思わず脱力させていた。千夜ちゃんが脱力したのは単純に冬優ちゃんに引かれていなかった事が分かったからであるのだが、その際千夜ちゃんが逆に冬優ちゃんに励まされている。これはある意味冬優ちゃんによる他者への愛情注ぎであり、冬優ちゃんの心境変化を窺わせるものになっている。その後冬優ちゃんは恥ずかしさからその場を立ち去ってしまうが、この事実は冬優ちゃんの意思変化を強く示唆する内容になっていると考えている。冬優ちゃんもまた、優しい仲間に支えられて少しずつ変化しているのである。

 そして、冬優ちゃんが外に出たタイミングで紗路ちゃんと出会うのだが、兎が苦手な紗路ちゃんは冬優ちゃんが付けていた兎柄の仮面を見て思わず失神してしまう。その夜、事実を知った紗路ちゃんは当然と言うべきか、千夜ちゃんに対して「冬優ちゃんを甘兎カラーにするのではない」と机を勢いよく叩きつけるまでの怒りをぶちまける。ただ、当の千夜ちゃんは別に気にし過ぎる事も無く紗路ちゃんの言い分を受け止めており、紗路ちゃんにも冬優ちゃんに対して言った様な事を言うが、紗路ちゃんにはどうにも伝わっていない印象が否めなかった。ただ、紗路ちゃんと千夜ちゃんは幼なじみで「あんこ」との出逢いの経緯もお互い良く知っているので、必要以上に言う事も無いのかもしれない。正に幼なじみだからこそ分かる事であり、通じ合う事なのである。

 ところでこの仮面(マスク)について、私としては結構色々な事を考えているのだが、それは後述する。

3.購読して思う事

※注意※

これは2.購読した感想の内容から私が特に深く考えた事をピックアップしています。先にそちらから読む事をお勧めします。

千夜ちゃんと冬優ちゃんそれぞれの性質について

 今回のお話は千夜ちゃんと冬優ちゃんの関係性が特にピックアップされているが、この関係性の中で私が気になったものとして2人の絶妙な思い違いとすれ違いがある。抑々ごちうさにおいては友達関係や人間関係に非常にウエイトが置かれている、ある種の人間物語の側面を持っているのだが、千夜フユにおいてもそれは例外では無い。今回はそんな人間物語としての千夜フユにおいて、私が思った事を書き出そうと考えているが、前提として千夜フユの関係性を丁寧に探る為にも、まずはそれぞれの人柄をまとめる必要があると考えている。なので、今回はそれぞれの人柄を書きまとめた上で、私が今回のお話で気になった千夜フユの絶妙な思い違いとすれ違いを書き出したいと思う。

 まず千夜ちゃんの人柄については最早周知の事実とも言えるが、物腰柔らかでおっとりとした、心優しい大和撫子である。それでいて良い意味で奇抜なネーミングセンスの持ち主でもあり、甘兎庵の独創的なメニュー名を編み出す事が好き且つ生きがいである。また、お笑いが好きなノリの良い人でもあり、普段から人を楽しませる為にボケを考えたり、甘兎庵を世界進出させる事を計画する等スケールの大きい企画を考えたりする事も多く、今回の甘兎庵の仮面(マスク)Dayも恐らく彼女が発案者だと思われる。宣伝に対して余念がない人でもあり、事あるごとに甘兎庵の宣伝を仕掛ける、ある意味での宣伝娘でもある。

 他人や友達に対して非常に献身的で、自分の事よりも他人の事を優先しようとする面がある為、人からお節介に思われたり、逆に心配されてしまったりする事もあるとは言え、普段から一歩引いて周りを見渡せる視野を持っている事もあって周りからの信頼は厚く、頼りにされる事も多い。また、人の気持ちを読み解く事と慮る事が非常に上手く、僅かな態度の違いから人の心情を見抜き、弱っている人に対して下手に傷つかせる様な事をせず、寄り添って同じ様に考えてあげる事の出来る、正に皆のお姉さん的な存在である。そして、この様な性格故に努力家でもあり、目標の為なら自分他人問わず労力をかける事を惜しまない気前の良さと根気強さもあって、何事にも一生懸命な人でもある。

 しかしながら、その一方で実はかなりの寂しがり屋且つ甘えたがり屋でもあり、孤独になる事に人一倍強い恐怖感を抱いているのが散見される。にも関わらず千夜ちゃんは人にはその素振りを全くと言って良いほど見せない為、周りの人達は彼女の本心に気付きにくく、結果的に思い詰めてしまう事もしばしば。これには理由があり、それは千夜ちゃん自身、自分自身の気持ちを他人に伝える為に表現するのが実は不得意な事がある。彼女は人に対して「自分自身の事で過度に心配してほしくない」と考えている事もあって、積極的に自分の事を話したがらない傾向*9が少なからず存在しており、それ故に他人と彼女自身の事でうまく相談する事ができず、一人抱え込んで我慢してしまう事が多くなってしまうのである。また、実はメンタルがそこまで強くなく、楽しそうでいて内心実は不安を抱えやすいのも千夜ちゃんが思い詰めやすい要因となってしまっている。

 まとめると、千夜ちゃんは広い視野をもって他人を慮る事が上手な、献身的でおっとりとした優しい皆のお姉さん的な女の子であるが、その一方で自分の気持ちを他人に打ち明けるのは不得意であり、それ故に一人で思い詰めてしまいやすい面があると言える。また、メンタルも本当はさほど強くない為、周りに認められて初めて実力を発揮できるタイプとも見て取れる。それなのに周りに気を遣って自分の事を極力表立たせないので、結果的に千夜ちゃん自身が必要以上に苦労してしまうケースも少なくない。その為、普段から頼られる人故に気持ちのコントロールは上手い様に見えるのだが、自分自身に限って言えば実は下手だと言う意外と不器用な面がある。ある意味理世ちゃんと似ているのだが、理世ちゃんと違うのは彼女の場合自分自身の気持ちの整理が比較的上手く、他人の対する接し方が不器用なのに対して、千夜ちゃんは他人に対する接し方が上手く、自分自身の気持ちの整理が不器用な点である。つまり得意不得意が真逆なのだが、それ故にペアとしてはお互いの利点欠点がうまく噛み合っている事から理想的だと言える。リゼ千夜の大人びた雰囲気は、そういった気持ちの部分での補い合いが大人の様な落ち着きを生み出すが故なのかも知れない。

 一方で冬優ちゃんの人柄はと言うと、抑々冬優ちゃん自身が旅行編からの登場である為にまだまだ分からない部分は多いのだが、ざっくりと言うならば所謂内向的な性格であり、積極的に新しい世界に飛び込んでいく事に苦手意識がある、いわばインドアタイプである。極度の恥ずかしがり屋でもあり、人見知りな性質も相まって警戒心がかなり強く、知らない人と話す事や仲良くする事を極端に苦手としており、それ故に新しい人間関係を構築する事に戸惑ってしまう事も少なくない。とは言っても人柄そのものは優しく人を大切に出来る温かい心の持ち主である為、本人は表情がどうしても仏頂面になってしまう事を気にしている*10面はあるが、周りの人達は冬優ちゃんが表立ってはどうしても不愛想になりがちな事をきちんと理解した上で、彼女の本質を見ている。

 他人や友達に対してはかなり控えめで、自分から積極的に友達に話しかける事は少なく、それ故に自分の気持ちを人に話す事もあまりない。また、緊張すると持ち前の警戒心の強さもあってか表情が強張ってしまうため、人からあらぬ誤解をされてしまう事もしばしば。但し、恥ずかしがり屋且つ警戒心が強い故に積極的では無いとは言え、千夜ちゃんと違って自分の本心を話す事自体は意外とある為、実は結構フレンドリーな面もある女の子である事が窺える。もっと言うと、根は優しい人である上、物事を俯瞰する視野も広い事もあって人の気持ちを慮る事も中々に得意であり、洞察力もそれなりに鋭い。但し、その一方で自分自身の気持ちを己自身で把握する事に関しては、自分にとって大切な人が中々構ってくれない事に対して嫉妬している事に全く自覚がない程に鈍感な面もある。

 この様な性質故に冬優ちゃんにとって同じ高校の同級生である智乃ちゃんとは性格が割と似ている*11事もあって一見似た者同士と考えられ、実際表情が分かりづらい面等似ている部分はあるのだが、あくまで両者は別人格の人間である事は忘れてはいけないだろう。無論、嘗て智乃ちゃんが皆に愛されて明るく表情豊かな人に変化していった様に、冬優ちゃんもそうなる可能性はあるが、別な人間である以上どうなるかは誰にも分からない。尤も、智乃ちゃんをはじめとした良い人達に囲まれた環境であるが故に悪い方向になるとは全く考えておらず、冬優ちゃんもきっと表立ってでも明るい存在になるとは考えている。因みに冬優ちゃんの容姿はチマメ隊元気担当の麻耶ちゃんとよく似ている。性格は正反対と言って良い程異なるが。

 まとめると、冬優ちゃんは自分から進んで前に出る事を苦手とする、内気で内向的な性格の女の子だと言え、その性質は嘗ての智乃ちゃんと酷似する。その為、智乃ちゃんにとっては嘗ての自分と重ね合わせる存在でもあるが、智乃ちゃんとしても自分とは異なる一面が多い事は承知しているとは思われるし、なにより智乃ちゃんと冬優ちゃんは仲の良い2人なので、きっと良い友達として良き関係性を育んでいくに違いないと思われる。尤も、言ってしまえばどうなるかなんて誰にも分からないのだが……。

千夜フユの絶妙な思い違いとすれ違い

 ここから前述の本題に入るが、まず「千夜フユの絶妙な思い違いとすれ違いとは何か」について、これは千夜ちゃんが甘兎庵に来店した冬優ちゃんを招いた時から、冬優ちゃんが笑顔を見せるまでの千夜フユの絡みの核の部分とも言えるもので、千夜ちゃんから見た冬優ちゃんと、冬優ちゃんから見た千夜ちゃんの絶妙な思い違いが生み出す気持ちのすれ違い劇を指す。具体的に言えば、千夜ちゃんから冬優ちゃんとしては「甘兎庵のノリに対して実際には面白がるまでに楽しんでいた*12のに、千夜ちゃんは冬優ちゃんが厳(いか)つい顔つきをしていたのでドン引きされたと思い込んでしまった事」、冬優ちゃんから千夜ちゃんとしては「実際にはそこまで自信満々でもないのに、自信ある人に見えた事」が挙げられると思うのだが、この様にお互い悪気が無いのに、気持ちがずれて相手に伝わってしまうと言う、絶妙な思い違いが生み出す奇妙なすれ違いは正に技巧的であると言えよう。

 千夜ちゃんと冬優ちゃんのすれ違いと思い違いが何かと分かった所で、今度は「この様なすれ違いと思い違いが発生した理由は何か」となるが、これはお互いに人となりをまだよく知らなかった事が起因していると思われる。冬優ちゃんが千夜ちゃんをはじめとした皆と関わり始めたのは旅行編からであるため、お互いに人となりをよく知らないのは当然ではあるのだが、それはお互いに考えている事が良く分からない為に相手の気持ちが読み解きにくく、それ故に相手の気持ちを誤解しやすい事を意味しており、これはいくら口数が少なくとも僅かな感情表現の違いから人の気持ちを読み解き、人に対して献身的に接する事が出来る千夜ちゃんも決して例外では無い。と言うか、千夜ちゃんの様な10代後半の場合、冬優ちゃんの様な性質の人を人となりも良く知らない状態で感情を正確に読み解く事は困難なのはある意味当たり前*13なので、千夜ちゃんの内心の戸惑いは至って普通の反応だと言える。因みに千夜ちゃんが実年齢以上に優れた洞察力を紗路ちゃんを始めとした幼なじみや仲の良い友達に発揮できるのは、千夜ちゃん自身が仲の良い友達や幼なじみに対して常日頃から気に掛けていて、尚且つそれが長期間に亘っているため、ある程度他人の感情を事細かに理解できる様になっているからであると思われる。そうでなければ最早手放しには褒められない程に千夜ちゃんの洞察力は年の割に少しばかり優れ過ぎている様にも感じられる。洞察力が優れている事自体は決して悪い事では無いので難しい問題ではあるのだが、行き過ぎても良い事は無いので心配である。

 私としては千夜ちゃんが冬優ちゃんに対して、冬優ちゃん自身本当は「面白いと思うまでに甘兎庵のノリを気に入っていた」のにも関わらず、「いい加減なノリと接客態度故に厳つい顔をされた(=ドン引きされた)」と思い込んでしまった事については、冬優ちゃんの特性を良く知らなかったから仕方が無いと思いつつも、「これは千夜ちゃんがいけないのではないか?」とも正直思った。確かに冬優ちゃんの厳つい顔は怒っている訳でもドン引きしている訳でも無く、ただ緊張して顔が強張っただけなのは事実なのだが、それを見て千夜ちゃんが「いい加減な事をしたから怒った」と思い込んだのは「自分の態度に非があった」と認めた事にほかならず、これは暗に自分がふざけた態度をとってしまった事を悔いているのを意味している。その為、結果的に問題は無かったとは言え、千夜ちゃんが冬優ちゃんに対して行った接客のノリはハッキリ言って不味かったと考えている。千夜ちゃんも楽しませる為に行っている事は十分理解しているが、それでもTPOは弁えるべきであっただろう。しかしながら、千夜ちゃんが上記の様に思った事は言い換えるとそれだけ「冬優ちゃんにも甘兎庵の雰囲気を気に入って欲しかった」と言う感情が存在していた事も意味しており、それは「千夜ちゃんが甘兎庵においてふざけた態度を冬優ちゃんにとったのは、冬優ちゃんを軽く見ているからではなく、畏まらないで自然体でいて欲しい」事を暗に願っていた事が背景にあると考えている。そう思うと、千夜ちゃんのふざけた態度は手放しに褒められるものでこそ無いものの、千夜フユのわだかまりを無くすきっかけともなった事を思えば、直ちに「ふざけた態度をとった千夜ちゃんが全面的に悪い」と断定できるものでは決して無いであろう。私自身もそこを弁えた上で今回千夜フユを見つめている。

 また、冬優ちゃんが千夜ちゃんに対して「実際にはそこまで自信満々な人でもないのに、自信がある人に見えた」と思い込んだ事について、これは冬優ちゃん自身が自分に自信のない引っ込み思案な性格だった事もあると思われるが、一番は「看板娘たる喫茶店で活き活きと輝いている」千夜ちゃんを見た事が要因としてあると思われる。元来表立っては決して明るい人では無かった冬優ちゃんは恐らく自分に自信が無い事が多く、その為に自分のやる事に自信をもって取り組む事が得意では無く、寧ろ苦手だったと思われるのだが、それ故に交友関係も狭かっただろうし、普段から明るく活き活きした人を見る機会もさほど無かったのだろう。だからこそ、活き活きと接客してきた千夜ちゃんを自信のある人だと思ったのだと考えられる。言ってしまればただの思い違いなのだが、その一方でこの様な思い違いをした事には、冬優ちゃんにとってそれだけ千夜ちゃんには憧憬できる(憧れを抱ける)一面がある事を意味しており、自分もこうなってみたいと思うに相応しい人であった事でもある。それは全然いけない事では無いし、その様な些細な憧れから本格的な人間関係に発展する事もざらにあるので、思い違いから始まる千夜フユと言うのも案外悪くないのかもしれない。

 そんな思い違いから始まった千夜フユの本格的な関係性だが、既に述べた様に千夜フユは甘兎庵の看板兎「あんこ」をきっかけにお互いに思い違いを抱えつつも親交を深めていき、最終的にはお互いに誤解を解き合っている。兎によって人間関係が育まれるとは何ともごちうさらしいが、私としては「あんこ」がどれ程絶大な影響を与えているのかその事が気になった。ここからは、そんな甘兎庵の看板兎である「あんこ」について考えた事を書き出す。

「あんこ」がもたらしたもの

 今回は甘兎庵が中心舞台という事で、絶対に外せない存在が私の中ではいた。甘兎庵のマスコット兎であり、看板兎でもある「あんこ」である。普段は仏頂面とも見て取れる表情をしている上に自分からは殆ど動かないで机の上に鎮座している*14ので、一見何を考えているのか分からない兎に思えてくるが、その実誰よりも人を見ている兎でもあり、それ故になのかは分からないが人の僅かな感情変化にも鋭く、特に昔から見守ってきた千夜シャロ双方の感情変化に鋭い。但し、紗路ちゃんにとっては兎を苦手とするきっかけとなった張本人(張本兎?)でもある為、心から嫌ってこそいない*15ものの、懐かれる事をあまり良しとしていない。 とは言っても「あんこ」も別に悪気がある訳では無いので、兎に苦手意識が無い人達(=紗路ちゃん以外の人達)は「あんこ」を可愛がっている事が多い。

 そんな「あんこ」だが、実は昔から何気に登場人物に影響を与えてきた存在でもあり、嘗ては己自身の心の暗さ(或いは闇)が大きい故にかティッピー以外の動物が全く懐かなかった*16智乃ちゃんにとって初めて自分から逃げなかった兎であったり、千夜ちゃんにとっては前述の通り挫け(くじけ)そうな時に仏頂面ながらも寄り添ってくれて、幾度となく勇気と気概を与えてきた兎であったりするために、私自身今月号のお話で「あんこ」の事が人の心に寄り添い、自分からは突き放さない優しさを持っている一面をもって、結果的に人の気持ちを突き動かし、変化させる事の出来る兎だとも思う様になってきた。なお、千夜ちゃんも「あんこに何度も励まされ救われてきた」経験から「あんこ」に対してかなり特別な感情を持っているのだが、詳細は違えど「あんこ」が与える影響と言う観点から鑑みると、私自身の「あんこ」に対する見識については千夜ちゃんが持つ「あんこ」に対する愛情に対してシンパシーを感じるものがある。何ともこじ付けがましいのは理解しているが、「あんこ」がくれた様々な贈り物もとい宝物の事を思えば、千夜ちゃんと同じ様な想いを抱くのはある意味当然の成り行きなのかも知れない。それだけ自分なりに真剣に「あんこ」の事を考えている証でもあるのだろう。

 但し、兎である以上「あんこ」が本当に上記の太字の様な事を思っているのかは分からないし、ややもすると「私が」都合良く「『あんこ』の数々の行動は人を勇気づける為に行っていた事だった」と好意的に解釈していただけだった可能性も十分にある。正直に言ってしまえば私自身、動物の気持ちを完璧に読み解く事は「言葉を話せる人間ですら相手の気持ちを完璧に読み解く事は至難の業である以上、どれ程努力しても完全に読み解けていると私自身ではとても断言できない」と思っているのだが、実の所「私は『あんこ』の事を都合よく解釈している可能性がある」と考えたのもそれが原因で、果たして「あんこ」が何を思って数々のアクションを起こしてきたのか、それにはどんな意義があった或いは無かったのか、それを自分の中で断言そして提言するだけの自信も根拠も持てないがためにこんな事になってしまっている。つまり言ってしまえばただの意気地なしなのだが、他にも一度イメージ付けをしてしまえば例え後からそのイメージ付けが間違っていた事に気付いたとしても修正するのは中々難しい事を思い知られているのもある。要するに一度思い込む事で形成された考えの修正は思った以上に難しい事を思い知られているが故に戸惑っている面もある事であり、平たく言えば意固地故の悩みである。つまり意気地なしな一面もありながら意固地な一面も持つと言う私自身が持つ複雑な特性が、今回「あんこ」でこれ程思い悩んでいる事になっている大きな理由なのであり、その背景には「あんこ」の事を真剣に考えている事が関係している。しかしながら、普段動物の気持ちを読み解く事を「非常に難解な事」と考えている私にとって人間並みに捉え解釈しようとする事がどれ程大変な事であるかは想像に難くない事とは言え、自分なりでも真剣に考えなければ意味が無いので痛みは受ける覚悟で書いている。正直ごちうさ私の中で喜びも悩みも痛みも請け負っていた作品である為に最早何があっても走り続ける覚悟を決めていて、今回も例外では無い。その為、書き出した内容こそかなり重苦しいのは否めないが、その一方でその事を受け止めた上で気持ちのコントロールを上手くやっているため、心配は要らないので安心してほしい。

 因みに「私が」と太字鍵括弧で強調したのは上記の項目に「私の考え方は千夜ちゃんの考え方にも通ずるものがある」と言った趣旨の内容を書いたのだが、これでは上記の様な逆説的な項目の際に、千夜ちゃんも「あんこ」の事を私と同じ様に都合良く解釈している事になってしまうと考え、そこで私の考えにあたる部分に対して太字鍵括弧を用いて強調する事で「あくまで私と千夜ちゃんの考えは別物」と表現したかったからである。気を遣い過ぎて寧ろお節介と言えばそうなのだが、文面は会話と違って細かなニュアンスがダイレクトに伝わりにくい為、細かく書かなければ思わぬ誤解を招きかねない。だからこそそういった誤解を防ぐためにも細かに書いている訳なのだが、結論として私としてはやはり出来る事なら千夜ちゃんに対しては「彼女自身が『あんこ』の事を少しばかり都合良く解釈し過ぎている」とは思わないで欲しいのである。

 色々と書いて内容が多くなったが、ここからは本題である「あんこ」がもたらしたものについて書き出したい。まずは千夜フユと「あんこ」について率直に思う事についてだが、まず何と言っても「あんこ」をきっかけに千夜ちゃんと冬優ちゃんの距離が少しずつ縮まってきた事を外す訳にはいかないであろう。そもそも千夜フユはお互いに全く知らない相手では無いとは言え、出逢ってからまだ日が浅い上に2人だけの関係性は作中を見る限りほぼ絶無に等しく、その為にお互いの人間性を互いに殆ど知らず、それ故にどう接すれば良いのかお互いに分からずに煮詰まってしまう姿が今月号では目立っていた様に思う。2人共自分から積極的に人に話しかけるタイプでは無い*17ので煮詰まってしまうのも無理はないのだが、そんな2人の距離を近付けた存在こそ「あんこ」なのであり、そこから2人の関係性が育まれていった事を考えると「あんこ」は絶対に外せない存在となる。冬優ちゃんが千夜ちゃんの事を憧憬するに至ったのも、千夜ちゃんと「あんこ」の美しき出逢いがあったからであり、そこから冬優ちゃんが木組みの街にもっと馴染みたいと思う切っ掛けになったと思えば尚更である。

 また、上記の内容を端的にまとめると
「千夜ちゃんは『あんこ』との出逢いのお陰で自分に自信を持てる様になり、今の自分を創り上げられた」⇒「その事を身をもって受け止めた冬優ちゃんは、もっと木組みの街に馴染みつつ、何時か千夜ちゃんの様な人になりたいと強く誓った」
と言う事になるのだが、ここで重要な事が一つ浮かび上がってくる。それはズバリ千夜フユの確固たる関係性の形成の背景には「あんこ」の存在が非常に大きかった事である。前述の通り「あんこ」は千夜ちゃんに対して多大なる影響を与えているのだが、その影響は千夜ちゃんと「あんこ」だけに留まらず、千夜ちゃんの人間関係にも多大なる影響をもたらしている。その為、もし「あんこ」に出逢わなければ千夜ちゃんは今の様な性格では無かった可能性が非常に高く、そうなれば例え今の様な皆との関係性が無事に形成されたとしても、千夜ちゃんは他人に対して自分の行動をもって勇気付けて後押ししてあげる事もままならなかっただろうし、人から「ああいう人になりたい」と憧憬(しょうけい)される事も難しかったと考えられる。そうなれば、冬優ちゃんから憧れる事も恐らくは無かっただろうし、大体「あんこ」が居なければ抑々甘兎庵を訪れるきっかけが無いと言う事から千夜フユが確固たる信頼関係を築き合えたのかどうかすら疑念が生まれたと思われる。勿論冬優ちゃんと千夜ちゃんは学年こそ違うとは言え同じ高校なので、「あんこ」が居なくとも同じ学校のよしみで関係性を構成していた可能性こそあるが、それでも今回のお話の様な濃密且つ強固な信頼関係の構築は難しかったと考えられる。何故なら、接点自体はあってもそこから進展が無ければ意味が無く、結局は同じ場所にいるだけの顔見知り程度の関係に落ち着いてしまい、深い関係性には至らなくなってしまう事が容易に想定できるからである。その事からも、千夜フユの関係性には「あんこ」が持つ人の心に寄り添い、自分からは突き放さない優しさを持っている一面をもって、結果的に人の気持ちを突き動かし、変化させる事の出来る特性は欠かせないものだったと言え、結果的に「あんこ」によって強固な信頼関係が結ばれたと言っても過言ではないだろう。

 更に言うなら「あんこ」がもたらした影響は千夜フユだけでなく、幼なじみである千夜シャロにもあると考えている。元々「あんこ」に出逢う前から現在の様な関係性が既に確立していた2人であった*18うえに、今月号のお話ではどちらかと言えば千夜ちゃんと「あんこ」の出逢いの方に重きが置かれている為、千夜シャロと「あんこ」と言う観点からはさほど描かれてはいないのだが、それでも千夜シャロと言う幼なじみを彩ったり、見守ったりする存在として「あんこ」が居る事は想像に難くなく、千夜ちゃんと紗路ちゃんでは「あんこ」に対する考え方が(紗路ちゃんにとっては兎に対するトラウマ意識を植え付けられた存在と言う事も相まって)かなり異なっているが、紗路ちゃんとて嫌っている訳ではなく、寧ろ「あんこ」が居た事に感謝を示す事も少なからずある位である。この事から、古い付き合いである千夜シャロにおいても「あんこ」に好影響を与えられたと考える事が容易にできると言えよう。

 以上が今月号のごちうさを読んだ上で私が考えた「あんこ」がもたらした事についての内容である。兎から登場人物についての考察はいくら兎が重要なウエイトを占めるごちうさと言えど経験があまり無かったが、いざやってみると今までの視点からは見えなかった様々な事柄が見えてきて、なかなか興味深い考察内容となった。また、甘兎庵においては「あんこ」以外にも気になったものがある。それは甘兎庵の仮面(マスク)Dayである。ここからは最後の題材として甘兎庵の仮面(マスク)Dayについて率直に思った事を書き出す。

仮面(マスク)Dayのマスクについて思う事

 今月号のお話は何度も述べて来た様に甘兎庵が舞台だが、その甘兎庵では一風変わった装飾が施されていた。それが仮面(マスク)Dayであり、その内容は「店員がカラーサングラスやマスク、アイマスク等を装着して接客にあたる」と言うものなのだが、私としては仮面(マスク)にただならぬ感情を抱いた。この様な感情を抱いた背景には昨今のご時世も関係しているのだろうが、私の場合はそれ以上に仮面(マスク)が示す意味に対して興味を惹かれた。

 抑々仮面はペルソナとも呼ばれるもの*19であり、元々はあらゆる場面において求められる姿を演じる為に何かしらの仮面を被り、全く他の役になりきると言った意味合いを持つものであり、仮面は別に物理的なものでなくとも本来の自分とイメージを変えるものなら十分に成立するものでもある。こう考えるならば、恐らくは甘兎庵の仮面(マスク)Dayもこれを踏襲したものだと思われるのだが、実はごちうさにおいては何かになりきる事で普段の自分とはかけ離れた姿が出る描写が結構ある。智乃ちゃんの文化祭における兎の被り物、紗路ちゃんの怪盗ラパン、理世ちゃんのガーリー姿たるロゼちゃん等がその代表例であり、これらは普段の性質からは信じられない程にキャラが変化した姿を見せていたのが印象的でもあるのだが、これらは全て仮面(ペルソナ)を被る事で異なる自分を出せている事も非常に重要である。そのままの素の状態では恥ずかしさ故に全面的に自分を発揮できないが、何かしらの仮面を被る事で本来の自分とは異なる存在になりきる事で、そのままでは恥ずかしさ故に出せない本当の自分も前面に出せる様になると言う事であり、この事はごちうさにおいては普段から日常生活を送る上で何気なく行っている事だとは言え、実はそれが結構キーポイントになると考えられる。

 今回の甘兎庵における仮面(マスク)Dayにおいて私が特に気になった点は仮面(マスク)Dayに対する冬優ちゃんの心情変化であり、仮面姿を見た千夜ちゃんを面白がりつつも戸惑いを隠せなかった初対面から「あんこ」との交流を経て、冬優ちゃん自身も甘兎庵のノリに染まると言った意味合い*20で仮面(マスク)を被って客をもてなす側に立つと言う流れは正にごちうさの十八番と言える「精神面における小さな成長」を丁寧に描き出していると感じ取った。元々ごちうさにおいて成長は裏のテーマと言っていい程に散りばめられながらも確実に描写がなされている事が多いのだが、今回もその一つと言え、その内容としては「冬優ちゃんの勇気を持った小さな前進」と言った表現が合っていると思われる。何故なら、元々内気で人に対して自分を出す事を極端に苦手としていた冬優ちゃんが、甘兎庵の仮面(マスク)Dayに出逢って仮面の力を借りつつ接客をする事で、今までの内気な自分のままでは到底体感できなかったであろう世界観を体感し、新しき世界(木組みの街)に生身の自分で深く踏み込む事にも勇気を出してやってみたいと思える様になったと彼女自身の反応から読み取れるからである。全く未知の世界に飛び込む事は例え恥ずかしがり屋で内向的な性格で無かったとしても簡単な事では無い*21し、まして内向的な性格たる冬優ちゃんが未知の新しき世界に飛び込む事は、幾ら新しき世界に嘗て旅行先で知り合った人達(智乃ちゃんや心愛ちゃん達の事)が居たからと言っても怖くて難しい事に変わりは無く、実際に冬優ちゃんは旅行先で知り合った人達がいたお陰で幾分気持ちが楽になった面が窺えた一方で、やはり自分をどう見せれば良いのかで戸惑いがある事は否めず、馴染み切れていなかった印象もあった*22中で、今回甘兎庵の仮面(マスク)をつけて接客に望んていたのは、彼女の中で何か強い切っ掛けを生み出したものであったと考えている。何気ない仮面(マスク)だが、冬優ちゃんにとっては何か大きなきっかけを掴むものだったと思ってやまない。

 この様に、甘兎庵の仮面(マスク)Dayには私としては冬優ちゃんにとって木組みの街にもっと馴染みたいと思えるきっかけとなったのと同時に、その背景には本当の自分と異なった自分を演じる事ができる仮面の特性が関係していたと考えている。尤も仮面(ペルソナ)は社会生活を営む者なら誰しもが往々にして求められるものではある*23のだが、ことごちうさにおいてはそれが精神的な成長、内面的な恥ずかしさを丁寧に描き出す要素としても機能しており、それは冬優ちゃんも例外では無かったという事である。思えば冬優ちゃんが智乃ちゃんと出逢った当初に見知らぬ人と会話する事に対する恥ずかしさから「猫による腹話術」を用いたのも、ある意味仮面(ペルソナ)を被っていたと言えるのかも知れない。

3.あとがき

 以上がきらま2021年7月号掲載のごちうさを読んだ私の感想である。前回が理世ちゃん中心のお話に旅行編からの新キャラである夏明(なつめ)ちゃんが登場、サポートした事を踏まえると、今回のお話は夏明ちゃんの姉妹である映月(える)ちゃん*24が何かしらの場面において登場してくるお話だとやんわりながら思っていたのだが、実際は映月ちゃんでは無く、同じく旅行編で出逢った冬優ちゃんに焦点が当たったお話だったのは正直少し意外だった。とは言ってもお話としては可愛さあり友情ありと、何時ものごちうさだったので結果的には良かったと考えている。ただ、それでも映月ちゃんが好きな人からしてみると複雑な心境なのは間違いないだろうし、かく言う私とて映月ちゃんは旅行編からの新キャラの中ではかなり好きな方なので、映月ちゃんが全然出てこない事には寂しさを覚えているのだが……。

 今回最も重要だったと思うのは甘兎庵とりわけ「あんこ」であり、それまで千夜ちゃんを始めとした皆と絡みを見せておきながらその素性に関しては謎が多かった「あんこ」の詳しい素性が垣間見えたのは、10周年と言うターニングポイントを迎えたごちうさにとっても非常に意味のあるものだったと考えている。よくよく考えてみれば、タイトルからして「ご注文はうさぎですか?」と言うのも、兎に対して明らかに何かしらのただならぬ意識・意味付けがある事を思えば、兎である「あんこ」はもっと物語に深い意味を持たせる存在であっても全然おかしくないため、このタイミングで「あんこ」が直接的に関与するお話が出てきた事はある意味当然の理だったのかも知れない。無論私は一読者に過ぎないのでこれはあくまで推察なのだが、このお話には読者の想像の遥か上を行く、何か大いなるメッセージが隠されているのかも知れない。

 そして、甘兎庵の仮面(マスク)Dayについてだが、実は仮面(マスク)Dayの意味に関して言えば、私は真の意味での正しい見方が分からない。それ故に今回私が考えた「仮面=ペルソナ」と言う解釈が本当に正しいのかなんて言ってしまえば全然分からない。そもそも創作物の解釈に万人が納得する正解が存在しているのかすら私には分かりかねていると言うのだから、こうなってしまうのはある意味当然なのだが、ごちうさに限って言えば、一つだけの正解を求めようとする事自体が最早不可能となりつつあるのかも知れない。勿論創作物には何かしらの結末があるのは紛う事無き(=疑いようのない)事実ではあるのだが、ごちうさにはそれを超える何かがあるのかも知れない。途方も無い話なのだが……。

 あとがきにして最終的には哲学じみた話にもなったが、それだけ最近のごちうさには考えさせられる事が多い事の裏返しでもある。考えさせられる事が多い事は私が書く感想・考察の文量にも表れており、この文も過去2番目に文量が多くなった*25。ただ、私としては「考察・感想を書くなら文量が多くないといけない」とは全く思っていない事は声を大にして言いたい。勿論、考察や感想を沢山書ける事は良い事だとは考えているし、それができる事は素晴らしい事だと考えている。でも、それは絶対では無いし、強制的にさせられる様な事でも無い。自分がやっていて楽しいと思える様なスタイルがあるなら、固定概念に対して変に縛られる必要は無いと思っている。自分だけが持つ世界観や価値観、そしてスタイルをもって、ごちうさを堪能できるのならそれを大切にして欲しい。なぜならそれは、自分しか持つ事のできない宝物なのだから……。

*1:リゼユラは幼なじみでありながら特異な点が多く、千夜シャロの様な夫婦漫才どころか、マヤメグの様なお互いを想い合う様子もあまり見受けられず、どことなく冷たい雰囲気を醸し出している。

*2:但し、その一線を画す要素があまりにもごちうさの世界観、常識を逸脱しているのも事実である為、結良ちゃんを受け容れられるか否かで評価が真っ二つに割れてしまいやすい。立ち振る舞いでここまで意見が分かれる結良ちゃんは、ある意味ごちうさの登場人物の中でも特に人間らしい人間である事を示唆している様にも思えてくる。

*3:「あんこ」は何故かカラスに(恐らく「あんこ」の頭の上に載っている王冠に反応して)良く連れ去られる事が多く、それ故に急に上空から現れる事もしばしば。

*4:今の智乃ちゃんからは最早信じられなくなってきているが、心愛ちゃんと出逢った頃の智乃ちゃんは非常に暗く、感情が無かった訳でこそ無かったものの、それが殆ど表情に表れなかった。言い換えるなら仏頂面である。

*5:威勢のいい口調とは裏腹に、喜びの感情を隠し切れていない事が多いため。

*6:紗路ちゃんは元々動物全般に懐かれ易いタイプなのだが、特に兎に懐かれ易い。しかし、当の本人は何という運命のいたずらか「あんこ」に弄(いじ)られた事がきっかけに兎が苦手となってしまう。

*7:勿論その時の表情は真剣そのものだが、どこか妖艶な魅力を放ってもいる。

*8:千夜ちゃんは皆が集まると決まって特製青汁を使ったロシアンルーレットを持ちかける事が多い。ロシアンルーレットはともかく、何故青汁なのかは謎なのだが……。

*9:紗路ちゃんとの会話が顕著だが、千夜ちゃんは相手の話を引き出す事が多く、自分の話をそこまで引き合いに出さない。普段はボケの一環として捉えられる事も多いが、その裏には千夜ちゃん自身が自分の事を話すのが苦手なのも要因としてあると思われる。

*10:作中でも甘兎庵の看板兎であり、普段は仏頂面でもある「あんこ」を改めて見て、「あんこ」と違って仏頂面で愛嬌も無い自分自身をコンプレックスに思っている姿が見られる。実際の所、仏頂面になりがちなのはともかく愛嬌は普通にあると思うのだが……。

*11:自分が大切な人に対して嫉妬している事実に自覚がない点も含めて。

*12:この事は、冬優ちゃんの感性が千夜ちゃんの感性と共感できる部分が多い事を示唆している。

*13:もっと言うと、千夜ちゃんの様な年頃では千夜ちゃんが普段すんなりとやっている様な心情理解も全く容易ではない。

*14:本当に動かないので、兎だと知らなければまるで本物そっくりの「置物」だと勘違いしてしまう程。

*15:寧ろ気に掛ける事もしばしば。元々人や動物が持つ優しさの気持ちを無下にできない人なのだが、それが苦手な兎に対しても同じなのはある意味彼女が持つ天性の慈悲深さが表れていると言える。

*16:但し、ティッピーは物語開始時点から既に智乃ちゃんの祖父の遺志を継いだ、云わば姿だけが変わった祖父でもあるが故に普通の動物とは抑々が全く異なる存在である為、純粋な動物には全く懐かれなかったと言う事になる。また、そのティッピーにしても祖父が存命中の時には当然ながら普通の兎だった事になるが、その頃から懐かれていたのか否かの描写は一切ないし、抑々心が暗くなる前(恐らく母親が亡くなる前)の智乃ちゃんは動物に懐かれていたのかどうだったかも全く描かれていない。但し、描写されていない事については単に説明不足と言うより、既に説明できるがそこを敢えて秘匿していると言った印象が非常に強い上、抑々ティッピー関連はごちうさにおける核心部分にも深く関わっている事は容易に想像できる為、これから明らかになっていく可能性は高いと思われる。

*17:「冬優ちゃんはともかく、千夜ちゃんはそうでも無いのでは?」となるかも知れないが、千夜ちゃんも実は人に積極的に自分から話しかけるタイプでも無い様に思える面がチラホラあり、知らない人と話すのが実はさほど得意とも言えない所がある点がその代表格と言える。

*18:母親同士が良き交友関係にあるために幼い頃から千夜ちゃんと紗路ちゃんにも交友関係が存在しており、それ故に親子揃って仲が良い関係性になったと考えられる。とは言っても千夜ちゃんと紗路ちゃんならたとえ親同士の交友関係が無かったとしてもきっと仲良しになっていた気がしてならないが。

*19:ゲームの「ペルソナ」で無い事は注意。そもそもペルソナは仮面の意味を持つ言葉であり、他の意味としては「人」や「個別性」と言ったものがあるが、キリスト教で用いられる宗教用語でもある。因みに仮面の中で「アイマスク」は和製英語だと言う。

*20:そこには千夜ちゃんの勧誘を無下にしない冬優ちゃんの優しさも含まっているとは思われるが。

*21:底抜けに明るく外向的な心愛ちゃんですら、新しき世界に飛び込む事は必ずしも楽しみばかりでは無かったと打ち明けている程。

*22:それでも木組みの街を訪れた当初よりは幾分馴染めている。

*23:何か他の役職になりきる事も仮面(ペルソナ)を被る事だと言えるため。

*24:夏明ちゃんと映月ちゃんは双子の姉妹であり、苗字は神沙(じんじゃ)。ただ、どちらが姉なのかは現時点では分かっていない。私の予想としては夏明ちゃんの方がお姉ちゃんだと思うのだが、本当にそうだと言う確証はどこにもない。

*25:因みに1位は狩手結良に関してまとめたものである。