私も8月でまた年を1つ重ねて「25歳」になった。25歳は「身体的成長が完全に終焉するとされている年齢」であり、云うならば「ここから後は、少なくとも身体的は意味では完全に老いていくだけ」という訳で、私も遂にそんな年齢になってしまったのだと思いもする。ただ、そうやって「君も正真正銘終わりに向けて年を重ねていくだけになったんだ」と突き付けられても、別に何もショックじゃないし、何なら生ける者全てに課せられた平等な宿命とすら思っているので、ジタバタした所でどうにもならない事も理解している。どれ程足掻いた所で、抑々「足掻く事すら無意味」というなら、初めから受け容れる態度を取った方がマシだという訳である。
こう書くと「運命論者」だと思われそうだが、私は別に運命論者じゃないし、全くもって敬虔な人でもない。所謂シニシズムも敬愛していないし、世の中を知った気になっていい気になりたい願望も殆どない。結局の所私は「絵に描いた様な何者にはなれない」という事で、何かの言葉を体現する程のステレオタイプにはなれないそれが私の宿命だと思っている。だからマンガやアニメで言われる事がある「何者にもなれない苦悩」というのが、概念としては理解できても心のどこかで「抑々なぜ何者かになる必要がある。自分自身がどれ程努力した所で『他人にはなれない』のであって、それを思うならば、何者かになる為の努力なんて何の意味があるというんだ」と本気で思う事も多い。言ってしまえば「自分は自分、他人は他人」なので、そこを履き違えた考えをしている時点で本質を完全に見誤っているとすら考えている。
物事を説明する為に極端な事象を持ち出すのは私の悪い癖だろうが、ここで言いたいのは「結局の所、人なんて自分の出来る範囲の事しか出来ないのだから、出来もしない理想論ばかりを見るのではなく、地に足ついた現実論を受け容れ、自分の出来る範囲で全力疾走していくしかない」という事。誰かに憧れるのは決して悪い事ではないし、その憧れの人を見て自分も精進していこうと思うのは良い事だが、あくまでも「自分はその憧れの人間とは、特性的な意味でも性格的な意味でも、何もかもが全く違う人間な事」を忘れず、自分で出来る範囲の努力と成長を続けていくしかない。それを失ってしまえば、最早未来はないだろう。
こんな事を書くのもなんだが、上述した事を日頃から考えてしまう25歳なんて、客観的に見た際にどう映るだろうか。別に「抑々人が考えている事に微塵の興味も無いからどうだっていい」とか「若年時の頃からそういう深い思考を持っている事で悦に浸るなど、正しく人生の未熟者のする事」とか、そんな事を思われたっていいし、一方で「年相応には見えない深い思考を持っていて凄い」とか「同年代の人間として頼りにしている」とか、そういう風に思ってくれるなら大いに有り難い。どう思うかなんて結局は「人の自由」なので、私がとかく言う義理は無い。
何時からこうなってしまったかはもう分からないし、分かろうとする気も正直ない。ごちうさの熱意にしても、何度も言及した様にもう嘗て程のものはどこにもないし、正直言って「今もこのブログ記事を書き続けていられるのが不思議」と思っている程。ただ、それでもブログ記事を書く事を辞めたくないと思うのは、曲がりなりにも「5年以上も絶やさず続けてきたプライド」故か、或いは「今の『マンガ好きとしての私』の道を歩むきっかけになった作品に対する敬意」か、はたまたそのどちらもか。厳密な意味では自分でも最早分からないが、それでも僅かでも「ブログ記事としてその時の熱意或いは所感を残したい」と思い続けられている限りは、この記事を絶やさず書き続けたいと思うし、それが私に出来る最大限の事だと思う。
※注意※
最新話及び単行本13巻以降のネタバレを含むものなので、その辺りをご了解お願い致します。また、ここで書き出した推察や考察は個人的な見解です。
1.はじめに
唐突なる日常的展開。急進的なペース配分は相変わらずだが、ここに来て作品を体現する様な日常回が出てくるとは思わなかったし、物語としての縦軸部分が強固になった昨今においても、こういう箸休め的な展開を何の違和感なく入れられる所が凄いと思う。
今回の扉絵は所謂「平成ギャル」の格好をしたリゼユラとなっており、昨今各所でそういう格好をしたキャラクターデザインが登場している流れを汲み取った印象がある。また、本編と違ってやたら2人の距離感が近いのも特徴的だが、抑々リゼユラは「結良が理世に対して憧憬と嫉妬を向けているから距離感が遠く見える」のであって、理世は結良に対して距離を置いている訳ではないので、結良がその気になりさえすれば、扉絵位の距離感の近さは難なく出来るんだと思う。尤も結良は人との距離感の図り方がそこまで上手くないので、やろうとして失敗するケースが大半な気もするが。
物語そのものが極めて秀逸だったのは言うまでもないが、今月はそれ以上に「次号休載」のインパクトが凄まじく大きかった印象があり、調べる限りではごちうさが休載した事は「過去一度もなかった」らしいので、ある意味ではとんでもない瞬間に立ち会ったとも言える。また、ごちうさの休載に当たる「2026年8月発売のきらま」は、私にとって「ごちうさをきらまで読み始めてから丁度6年」なので、これも何かの運命だろう。
2.購読した感想・考察
長い間ごちうさを読み続けているが、今回登場する「リゼユラ」という幼なじみこそ、このごちうさにおける幼なじみの中で最も複雑怪奇な感情渦巻くと思っていて、今回のお話も他の幼なじみには無い感情が渦巻いてはいた。ただ、最近ではすっかり毒が抜けたとも思っており、良くも悪くも結良ちゃんが丸くなった事も関係しているだろう。
理世と結良の後輩コーディネート対決
今回は理世と結良にとって直の後輩に当たる、マヤメグと神沙姉妹2人相手に対して、理世と結良それぞれが別に「心を打ちぬくコーディネート」をして対決するというのが主軸になっており、理世が恵ちゃんと映月ちゃんを、結良が麻耶ちゃんと夏明ちゃんをコーディネートする構図となっている。因みにコーデのテーマは「2校合同プロムパーティーに着るドレス」であり、所謂「華やかなフォーマルコーデ」と言った所。
この区分けだが、後輩組は「いつもの」なのでそこまで気にならないが、コーディネートする側の立ち位置が関わり的に普段と逆になっている気がしないでもない。尤も結良ちゃん自身ブラバ組との関わりが中心で、マヤメグとはそこまで関わり深い様子を見せた事が無いので、どっちにしたって同じ事かもしれない。
コーディネートセンスについては、理世の方が「普段からのイメージの延長線上」を意識した堅実なコーデになっているのに対して、結良は「普段は絶対にしないイメージを格好に取り入れる」という挑戦的なコーデになっている。この事から、この2人のセンスはお互いに全く異なるものを持っていると窺える一方、個人的には双方共に「ポテンシャルを存分に活かしたコーデ」だと考えており、2人してコーデセンスは一定以上あると思われる。だからではないだろうが、勝敗としては「お互いにアッとなったので勝ち負けの判断ができない」と考えた方がよく、結局の所勝敗は有耶無耶に終わっている。
尚、最終的には理世と結良が後輩4人の手によってコーディネート「される」羽目になっており、どちらも「お人形さん」の様なイメージを帯びたコーデだが、理世の方は若干ゴスロリ風味になっているのに対し、結良は真っ白なコーデになっている。どちらもお互いに「可愛い」と言いそうになる程のものらしく、私も「2人共に可愛い」と思う一方で、ごちうさ以外にも多くのマンガを読んでいる影響からか、とりわけ理世のコーデが「同じきららMAXで掲載されている『夢路あかりと魔法の本』という作品の『志帆』を思い浮かべる」となった。こういう時に他作品を瞬時に引っ張り出せるのも私らしいと思う。
作中随一の奇妙な幼なじみ
関係性が発覚した当初は「腐れ縁」とすら呼ばれ、物語が進行していく中でも「仲良しなのか一方的な突っかかりなのか良く分からなかった」のがリゼユラという幼なじみ。理世の人柄は理世自身が初期からのキャラクターなのもあって良く知られていた一方で、結良は元々「吹き矢部の部長」こそあったものの、旅行編即ち9巻半ば辺りまでは正直モブキャラ同然の立ち位置で、物語に絡んでくる事自体がほぼ皆無だったので、最初「理世と結良は幼なじみだった」と言われてもすぐには呑み込めなかったし、その直後に結良が理世に対して「嫉妬心を拗らせた形の壁ドン」をした事も相まって、ハッキリ言って「結良はヤバい奴」という認識が強くあった。
だが、ブラバ組が本格的に参入してきた単行本9巻終盤以降、ブラバ組のキャラ掘り下げに付随して「結良という人物の描写」も進んだ結果、今となっては「少し嫉妬深くて不器用なだけのかまってちゃん」という印象が強く、面倒見の良さや世話焼きな一面も相まって、根は全くもって良い人だったと知ってそれは安心している。だって結良が本当に悪い人だったならば、今回のお話みたいに「結良も後輩達からちゃんと慕われていると解る描写なんてない筈」で、結良自身にその自覚がないとは言え、結良も十分人から慕われるだけの良さを持った人間と言い切れる。
そんな結良と理世によるリゼユラコンビだが、所謂「ケンカップル」と呼べる程お互いに挑発や言い争いをする事が多く、何かとお互いに不遜な言動を飛ばし合っている様に思える場面がしばしばある。今回のコーデ対決にしても、理世の「コイツ(結良)にだけは負けたくない」という思いが強く滲み出ていたと思うし、結良も結良で理世を嗾けたのは「理世ばっかり後輩からチヤホヤされて面白くないから」という理由なので、やっぱりお互い意識し合う関係性なんだろうとは思う。
お互いに負けたくないと思っているのを体現する良い例としては、結良の「理世ばかりじゃなくて自分も見て欲しい」という本心を理世が聞いて、すぐさま「可愛い」という名の結良にとってダメージのある一言を繰り出した後に、結良の方も「理世の慕われる姿に憧れて同じ道に進んだ」と、理世に対してすぐさま意趣返しをして理世を照れさせたという例がある。なんかお互い「幼なじみ相手にやられっぱしなんて嫌だ!」と主張している様で、2人して可愛い所あるじゃんと思うし、そうやって不器用な攻撃を仕掛けて結果2人して照れているなんて、本当奇妙な何かを持つ幼なじみだなぁ......となる。
勝敗の拘りに関しては、どうも理世の方は結良に対して「負けたくない」という思いが滲み出ているのに対して、結良は「チヤホヤされてばかりの理世」にこそ嫉妬心を抱いているものの、理世が勝敗などどうだっていいと言っていた矢先に、後輩の紗路ちゃんから「理世先輩にコーデして欲しい」と言われた時に思わず喜んでいたのをして「やっぱ勝敗気にしてるじゃん」と冷静に指摘していた事から、理世よりかは気にしていない節が窺える。ただ、どっちも「自分の方を慕って欲しい」という感情は見え透いており、お互いに「年下から慕われる事を嬉しく思う性分」なんだと思うし、教育者もとい先生向きな気質だと言える。
ごちうさ史上稀にみる「次号休載」
この部分は今回のお話と直接的な関係こそないが、作品全体の事なのでここに記載させていただく。題目としては作品の掲載ページ最後に記載されているアオリ文に「休載」の文字があった事で、まず私が知る限りは、きらまで読み始めから6年近く欠かさず読んできた中で「休載」なんて事は一度も無かったし、そこから私の知らない部分の知識を得る為に更に詳しく調べてみると、どうやら「15年以上にわたる連載の歴史の中で休載はなんと史上初の事」らしく、前述の様に「ある意味ではとんでもない瞬間に立ち会った」と思ったし、他にも「今まで15年以上も無休載なのがとんでもなさ過ぎた」とも思った。
私としては「ちゃんとした理由のある休載は真っ向から受け容れるべき」と考えているので、今回の休載発表も「そうなのね」と事実を淡々と受け止めるのみだったし、別にそれ以上の事は無かった。こうなるのは沢山の作品を読んでいく中である種の「休載慣れ」をしているのもあるだろうし、事実として「月間連載作品でありながら、1年の中で掲載される月の方が少ない」なんて作品がごまんとあるのも知っているので、1回の休載がどうしたんだという想いすらある。
3.あとがき
今までになくコンパクトな内容となったが、やっぱりこのブログ記事を全力でやろうにも「時間」と「気力」が追い付いていない実情があり、特に「気力」はたとえ時間があったとしても、気力が無ければ結果的に時間を他の事で食い潰してしまう事に繋がるので、こうなるのは必然の理だったとしか言えない。一応そうなったとしても「自分の書きたい事は極力書き出す」という方針は継続して持っているので、その信念はブレていない。
先月が比較的明るい内容の話とは思えない程に暗い影を帯びさせた所感となってしまった中で、今月は冒頭こそとんでもない事を書き出したのを除けば極めて平和的な内容が大半で、話の雰囲気に沿った内容にはなったと思う。ただ、先月もそうなのだが、私は別に「平和的な内容で染めたい」とか「えげつない内容で震撼させたい」とか、そういった事は全く考えておらず、結果的に「そういう傾向が出ただけ」としか言えない。
扉絵が所謂「平成ギャル」ぽかった件については、バンドリやわたなれ等々でもそういうものを見ていたので、多分そのイメージに引っ張られて思い浮かべたのだろうが、それとは別に「平成ギャルも今や『コンテンツ』として扱われる時代になってきているのだな」と思ってもいる。考えてもみれば、平成とは言っても平成元年(1989年)は既に「35年以上も前」の事だし、平成から令和になった(2019年)のも既に「7年前」の事なので、年数的には何らおかしい話ではないのだが、こういう事実を突き付けられると「自分も歳を取った」と思う他なくなるのがちょっと......、と思うのが世間一般の反応だろうが、私は「歳を取った所でどうだって良い」みたいな人なので、結局何も響いていない。私は所詮こういう人なんだ。
次号がごちうさ休載という事で、このブログ記事も書く必要性は無いという訳だが、今となっては明確な熱意があるのか良く分からない状態になってしまっているので、正直「あろうがなかろうが」みたいな事を平気で思ってしまう節もある。ただ、そんな事を思っても書く事を辞めたりはしないと思う。だってこうやって所感を綴る事が本質的に好きな人だから。
おまけ
今回の文量は400字詰め原稿用紙のべ16枚分、執筆期間は「8月15日開始の16日完成」の「2日間(1日後)」だった。大体先月と似たり寄ったりだが、先月よりかはマイルドに済んでいる気はする。尤も冒頭部分を除けばの話だが。