多趣味で生きる者の雑記帳

現在は主にごちうさに対する想いについて書いています。

きらま2022年11月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察

 こんにちは。ごちうさが掲載されているまんがタイムきらら系統は「月刊誌」なので、基本的に次のお話まで1ヶ月期間が開く訳であり、基本的には1週間で次のお話が読める「週刊誌」と比べると、待つ期間が楽しみでもあり、待ちきれないと思う訳ですが、1か月期間があるお陰で私も存分にブログにて感想・考察を書けているのも事実なので、その意味では助けられています。もしこれが週間ペースで同じことをやれと言われたら、私は流石に辞退せざるを得ないです……。それ位、感想・考察を膨大な量書くと言うのも大変なのです。

 さて、今回はまんがタイムきららMAX2022年11月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察を書き出したいと思います。今回は大きく分けて「海シスト編におけるブラバ組の軌跡」と「海シストを経た海組の軌跡」の2つの展開があるのですが、前半はブラバでバイトしながらもその立ち位置は依然不明瞭な狩手結良ちゃんが登場する事と、終盤にて唐突に明かされた衝撃の事実が特に重要なものとなっているので、今回は主にその2つを軸にして書き出したいと思います。

※注意※

最新話及び原作10巻以降のネタバレを含むものなので、その辺りをご了解お願い致します。また、ここで書き出した推察や考察は個人的な見解です。

1.はじめに

 今回のお話は前回までの「海シスト編」の流れを汲む内容であり、今回はその完結と言うべき立ち位置にあるが、前回までとは「海を堪能する7人と同時間軸に温泉プールを謳歌するブラバ組が中心的」と言う意味で今までとは大きく違っており、中盤からは今月号にて「海組」と称された、前回までの主軸たる7人が中心のお話となるが、終盤になるとそれまでの「海シスト編」においては全く素振りが無かった衝撃的な展開を迎えており、故に今月号は起伏が非常に激しい物語構成となっている。ただ、起伏が激しい事でイメージされやすい「シリアスな雰囲気」は、今月号においてもあまり無いのも特徴的である。尤も、そう言うのはすっかり忘れてしまった頃に一切の情けも容赦もなく、ただただ無慈悲に突き刺す様にしてやってくるものだが……。

 今月号の扉絵は、この「海シスト編」における流れを汲む形で、水着姿となったブラバ組の3人が各々の表情とピースサインを見せていると言うものだが、ピースサイン自体は4人分存在しており、これだけなら「どういう事?」となるが、これは今月号本編に謎を解くカギがあると言え、今月号本編においてはブラバ組で写真を撮ると言うくだりが存在しているのだが、その際に結良ちゃん自ら携帯カメラを持ち、自分はピースサインだけを写真に入る様にする形で、ブラバ組3人を被写体にしてシャッターを切るという行動に出ており、それ故に結良ちゃんはピースサインだけが写真に写る事になり、今回の扉絵はそれを反映したものと思えば、謎は解けると言う訳である。尤も、セルフタイマーなり自撮り棒なり、携帯カメラなら内カメラなりを使えば、結良ちゃんもブラバ組3人と一緒に写真に写る事は十分に可能だったのだが、何故か結良ちゃん本人はそれを遠慮しており、故にピースサインだけ映っているのは「結良ちゃん自身の意思」であり、そこには「結良ちゃんが思う自分とブラバ組3人との距離感」を彷彿とさせているのだが、抑々論として何故「自ら堰を造る」様な事を彼女が思い立ったのかは不明である。

 また、これまでの扉絵と大きく違うのは「夏を直接的に感じさせる要素の代わりに、冬優ちゃんが得意とするチェスの駒が散りばめられている事」だと捉えており、これが意味する事は正直見当もつかないのだが、強いて言えば冬優ちゃんが得意とするものが目立つように散りばめられていると言う事で、「ブラバ組の要は冬優ちゃん」と言う仮説が立てられなくもなく、根拠としても「ラビットハウスにおける高校1年生組のお泊り会」や「ブラバ組のブロカント」を筆頭に、それ相応に担保性がある場面は挙げられるが、それでも今月号の扉絵にチェスの駒が散りばめられている事に対して、絶対的な自信を持った見解は残念ながら持ち合わせていないとしか言えない。何とも残念な結果だが、今回の扉絵が3人分しか写っていないにもかかわらず、ピースサインが4人分ある事をみて、そのカラクリを知った上で「これって心霊写真?」等という、実際にその通りなら全然笑えない(何なら普通に背筋が凍る)ジョークを考える様な人なので、それはある意味当然の宿命なのかもしれない。

 今月号はその構成上、前半と後半で見方も推し量り方も大きく異なる手法を用いる必要があると考えており、この様な構成自体は原作10巻終盤から11巻序盤にかけてのお話とほぼ共通している。ただ、あの頃と違うのは「悲観的な雰囲気が少なく、良い意味で前向きな雰囲気が目立っている事」だと捉えており、これ自体は「各々が後悔なき未来を歩む為の意気込み」とも「自分自身と真剣に向き合っている事の表れ」の結果とも取れるが、何れにしても原作10巻終盤から11巻序盤を経て、彼女達には何か己の人生観にさえ多大なる影響を与える様な変化があったのは紛れもない事実だと考えており、今回もそんな短期間で大きな変化を遂げていく彼女達の事を、出来る限り率直に書き出していきたい。因みに私はジョークや人生観と言った要素は好きであり、出来るなら後者だけでなく、前者も(笑える範囲内で)ちょくちょく入れていきたい所存である。

2.購読した感想・考察

今回の内容全体の感想・考察

 まずはここ最近のブログ記事にて共通項となりつつある「今月号全体について及びそこから読み解ける事実」を中心に書き出していきたい。

温泉プールを謳歌するブラバ組と衝撃の幕開け

 今回は前回までの主軸たる「海シスト編」とは少し異なり、温泉プールをブラバ組3人(この後すぐに結良ちゃんも登場)で楽しむ局面からスタートしており、物語前半は「7人が海シストを探求する中で、ブラバ組はどの様な軌跡をたどっていたのか」と言う、いわば「もう一つの物語」と言うべき構成となっている。また、それ故に序盤ではブラバ組が温泉プールを謳歌するのが中心的である一方、ブラバでアルバイトをしていながらも、その立ち位置は依然不明瞭さが際立つ存在*1でもある狩手結良ちゃんもブラバ組にガッツリ関わっているのだが、ここでの結良ちゃんは相変わらず不穏な雰囲気を見せる事もありながら、ブラバにて先にアルバイトを始めたと言う意味で「ブラバの先輩」と称賛する神沙姉妹2人を目の前に、満更でもない様な面持ちで顔を赤らめると言う一面も見せており、結良ちゃんが実は照れ屋なのではないかと思う理由にもなっている。

 物語後半は前回までの主軸である「海組7人」が中心となるが、海シストの基本的な事項は前回までで既にほぼ完遂していた為、今回はその延長線上とも言うべき構成になっており、故に雰囲気も普段の日常とさほど変わらないものとなっているが、普段の日常と変わらないと言う事で、折角の休暇であるにもかかわらず、自分達の職場の宣伝を考えようとして、ティッピーに軽くお灸を据えられると言う場面があり、良く言えば「職場愛が強い」、悪く言えば「職場癖が抜け切れない」と言うべきこの場面は、何処に行っても変わらない7人の思想や関係性を色濃く表していると言える。

 そして、物語の終盤では心愛ちゃんが自分の実家に寄る事を突然カミングアウトしており、タカヒロさんは把握済みだとは言え、それを聞いた残りの面々が、心愛ちゃんが実家に帰省する素振りを一切見せていなかった事も相まって戸惑いを隠し切れなかったのはとても印象的であるが、更に衝撃的なのは、心愛ちゃんが以前発していた言葉を心に刻み込んでいた智乃ちゃんが、なんと心愛ちゃんと一緒に実家に寄る選択をした事で、ここから智乃ちゃんとしても自分で自分の道を切り開くと言う意味で大きく成長していると言え、そこには彼女とて「最早戻る事のない日々を後悔のない様に」と言う想いが強く存在している。

 全体的に見れば、今月号は「前半ではブラバ組が温泉プールにて更に親睦を深め、後半では『海組』が変わらない関係性と雰囲気を見せ付け、今月号終盤にて心愛ちゃんが衝撃的な事実をカミングアウトする」と言う、大きく分けて3つの柱が存在していると言え、故に場面における起伏がかなり激しくなっているが、前述の通り起伏が激しい事でイメージされる「シリアスな雰囲気」は、今月号においても鳴りは潜めており、全編にわたってほのぼのしながらも深みに溢れると言う、近年のごちうさが得意とする色を存分に謳歌する事ができる様になっている。

 因みに心愛ちゃんの実家に7人で行かなかった理由については、私自身仮説が1つあるのだが、それについては後述。

結良ちゃんの温泉プール謳歌

 ここからは今月号前半の要たる「ブラバ組の温泉プール編」において、未だ立ち位置が不明瞭な側面がある狩手結良ちゃんの立ち振る舞いについて書き出したい。抑々狩手結良ちゃんとは、お嬢様学校の吹き矢部長としての肩書きを持って登場したキャラであり、初登場は原作4巻だが、名前が判明したのは原作7巻であり、それまでは「吹き矢部長」の名で通っていた。また、理世ちゃんとは昔からの幼なじみ且つ(判明している限りでは)高校も大学も同じ所であり、大学生になる前後で結良ちゃんが理世ちゃん宅の使用人と言う立場になった事で、2人の距離感がより近くなりつつある。

 性格は一言で表すと「掴み所がなく飄々とした人」であり、自分の本心を相手には簡単に見せようとせず、何の前触れもなく現れたと思えば、意味深な言葉若しくは行動をもってごちうさ本編にも大きな影響をもたらすと言う、一種のトリックスター的な立ち振る舞いを主とする人だが、その一方で原作9巻の様に理世ちゃんが心愛ちゃん達に影響されるのを見て、影響を与えた存在である心愛ちゃんに思わず嫉妬の感情を覚えたり、今月号の様に自分の事を「ブラバの先輩」と称賛する神沙姉妹2人を前にして、思わず照れくさそうに顔を赤らめたりする等、その素性は割に感受性豊かであり、更に言えば何を考えているのか分からない人ではあるが、不器用ながらも友達や後輩を気遣う優しい側面もある。

 飄々とした雰囲気故に立ち位置が不明瞭な節があり、本格的に登場した後もどのコミュニティに属するのかが良く分からず、その意味でも頭を悩ませる存在であるが、現在は理世ちゃんとは幼なじみである事と、ブライトバニーでアルバイト勤務をしている事から、結良ちゃんは「リゼユラ」「ブラバ組の一員」と言う形でコミュニティに属していると考えるのが筋だと言える。

 ブラバ組である冬優ちゃんと神沙姉妹2人との関係については、結良ちゃん自身普段は掴み所のない不穏な雰囲気を纏っている事と、情報を手に入れるネットワーク網が広すぎる事もあって、元来他人に対する警戒心が強い冬優ちゃんからは「警戒すべき対象」と見做されている節がある(今月号にて多少は改善)が、神沙姉妹2人は冬優ちゃんと違って結良ちゃんに対する警戒心は殆どなく、せいぜい「雰囲気が独特な人」と言うイメージに留まっていると思われ、それは結良ちゃんに対して思わず頬を赤らめた顔をさせた事からも窺える。

 そんな結良ちゃんだが、今月号においてもその飄々とした掴み所の無い雰囲気は健在であり、元々自分に対してただならぬ警戒心を持たれている冬優ちゃんを揶揄ったり、神沙姉妹2人に対して自分がブライトバニーのバイト採用のイスに座った人物である事をカミングアウトしたりと、正に「結良劇場」と言わんばかりの立ち振る舞いを見せ付けており、その際どこか恐怖を感じさせる雰囲気を見せるのも変わっていないのだが、他方でこれまで何度も叙述した様に、自分の事を尊敬の眼差しで見詰めてくる事に対して、思わず照れくさそうな表情を見せると言う、これまでの結良ちゃんがあまり見せなかった立ち振る舞いをも見せ付けており、故に今月号にて「結良ちゃんはちょっと変わった所はあっても、根は優しくて尚且つ普通に可愛い一面を持っている人」と言う見解がまた一歩実を結んだと言える。

 そして、このブラバ組と温泉プールを謳歌していく内に、結良ちゃんもブラバ組と親睦を深めていき、最終的には神沙姉妹2人に誘われる形で結良ちゃんもブラバ組の正式な一員として歓迎される事になるのだが、そこでも結良ちゃんは「写真に自分のピースサインだけを写す」と言う所業に出ており、これは暗に「私(結良の事)はまだブラバ組を知らなければならない段階にいる(3人と同じステップにはまだ立てない)」と言っている様にも感じられ、これが真実なら如何にも飄々とした彼女らしい思想だが、何れにしても彼女はこの温泉プールで「ブラバ組の一員」としての籍を正式に築き上げた訳であり、故に今後のブラバ組は、既存の3人に加えて結良ちゃんを含めたコミュニティとして更なる飛躍を遂げていくと言えよう。

終盤の展開に対する私なりの見解

 次は今月号終盤にて明かされた「心愛ちゃんの唐突な実家帰省宣言」に係る事例として、前述した「何故7人で行かなかったのか、何故智乃ちゃんだけはついていく道を選んだのか」について細かく説明したい。その前に何故この「海シスト編」での主舞台だった海の街を訪れる為に鉄道を利用する事に目を付け、心愛ちゃんがこの機会を逃さまいと、海の街から木組みの街に直接帰らずに実家に帰省する事を「これは細かく説明するべき事象」だと判断したかと言えば、心愛ちゃんの実家帰省と言う物語は、このごちうさの物語に置いて何か重要な意味を付与させる可能性が非常に高いと推察した為である。

 ここから本題に入る。先ずは「心愛ちゃんの実家に何故7人で行かなかったのか」に対する私の見解だが、これは前提として今回までの「海シスト編」がキーポイントとなる。この「海シスト編」では、ごちうさの登場人物の新たな一面や現状が垣間見えたお話だった事は周知の事実であり、例を挙げるなら「飛び込みに対する意気込みや姿勢から見える各々の価値観」「海シストを探求する事で、不安が残る未来に対して希望的観測を掴み取った事」が挙げられると思われるが、忘れてはいけないのは海の街へと出発する前段階の事であり、ここで明らかになった、現時点でも心愛ちゃん達は既に「バイトや学校、そして受験の事等で多忙となり、大人数で集まる事がかなり難しくなっている事」こそ、「何故7人で心愛ちゃんの実家に行かなかったのか」に対する私の見解の柱となる重要なキーポイントである。

 何故この見解が重要になるのかと言えば、ここからは私が考える私なりの理論となるが、この「海シスト編」の時点で心愛ちゃん達7人が既にバイトや学校、受験勉強等々で多忙になり、大人数で集まる事が難しくなっている事実が存在しているのは、これまででも説明した通りであり、実際に今回の「海シスト編」でも、最終的には7人が揃って海シストを探求する事が可能になったのは「ブラバ組の尽力があったからこそ」であり、もしブラバ組の尽力が無ければ、作中でも描かれている通り少人数での探求は何とか可能だったとしても、7人で探求する事はまず不可能だったと思われる程だが、裏を返せば今の心愛ちゃん達にとってそれらの現状は「大人数で集まって何かをする事自体が貴重な機会であるが故に、どんなに些細な事でも当人達にとってかけがえのない大切な思い出となり得る」と言う事でもあり、それは「海シスト編」でしっかりと証明されている。

 しかしながら、現実問題として「友達と休みのタイミングを合わせる事」と言うのは、学校なら共通の休みである休日や長期休暇*2に合わせたり、受験勉強ならスケジュールを上手く調節すれば何とかなるものだが、バイトに関してはそう簡単では無く、ごちうさの世界観におけるバイトのシフトの組み方がどうなっているのか良く分からない為に断言こそ出来ないが、常識的に考えてみて近況のシフトをコントロールをするのは基本的に不可能なのは恐らく間違いないと言え、実際に今回の「海シスト編」でもバイトのシフトのタイミングが、7人で行く事の出来ない最大の壁として立ちはだかったと言っても決して過言ではないと思う程で、それ故にブラバ組の尽力が大きな意味を持ってくる訳なのだが、当然ながらブラバ組に長期間バイトのシフトを代替してもらうと言うのは、幾ら親しき者同士の仲とは言っても、代替してもらった側としては、長期にわたってシフトの交代を懇願するのはやはり申し訳ない事である為、代わってもらうのは1回若しくは精々2回が限度だと思われ、今回の「海シスト編」が1泊2日の日程だったのも、恐らくそれらの事情を鑑みた結果、その日程が一番妥当だと判断した結果だと思われ、勿論単純に「1泊2日が一番丁度良いから」と言うのもあっただろうし、寧ろそちらの方が的確だろうが、その背景には上記の様な事情もあったと考える事も十分可能であるし、実際に心愛ちゃんも「実家に帰省する日程を合わせたくても、皆の用事の都合上不可能だった事」を示唆する発言をしている為、それなりに論拠はある訳である。

 また、これはシナリオ構成そのものに論点を見出した見解になる上、本筋の見方からはかなり逸脱しているのかも知れないが、心愛ちゃん達が現状でも様々な事情により、大人数で集まる事が困難になっているが故に「大人数で集まる事自体が貴重な機会であり、かけがえのない宝物となり得る事」に着目して、海の街では7人でシストを探求したのに対して、心愛ちゃんの実家には心愛ちゃんと、心愛ちゃんの言動に強い影響を受けた智乃ちゃん(とティッピー)だけが行く事で、結果的に「海の街に7人で行けた事が、いかに奇跡の賜物であったのかを印象付けている」と言う見解も出来るのではないかと推察しており、前述の通り本筋からはかなり逸脱した推察とは私も思うものの、大人数で集まる事自体が難しくなりつつある現状を思えば、強ち的外れとも言い切れないとは考えている。

 つまり、心愛ちゃんの実家に何故7人で行かなかったのかに対する私の見解は、大きな軸として「海の街でのシスト探究から連続して心愛ちゃんの実家に帰省する為に必要な休暇期間が、7人全員一緒にではバイトのシフトや各々の用事の関係でどうやっても不可能だったから」と、脇の視点として「海の街で集まれた事実が如何に奇跡の賜物であった事を示す為」と言うものがあり、他にも単純に心愛ちゃんが唐突に自分の実家に帰省する事実を、正に帰省する直前にカミングアウトしたからと言うのもあるが、何れにしても心愛ちゃんの実家帰省まで7人共に行動する事は、各々のスケジュールの都合上最初から事実上不可能だったと言え、そこには心愛ちゃん達の現状が大きく関係していると言える。

 ただ、それならば何故智乃ちゃんだけは心愛ちゃんの実家帰省についていく道を選んだのかとなるが、その理由は心愛ちゃんが以前発していた「『夏の間はお互いの行動を見張る』と言う発言を心に強く刻んでいた為」であり、当の心愛ちゃんは智乃ちゃんに指摘されるまで心当たりがなかった様だが、智乃ちゃんはその発言をしっかりと心に刻んでおり、その背景には「心愛ちゃんが高校を卒業した暁には、木組みの街を一時的に離れる決意を秘めている事」があると考えられ、智乃ちゃんとて心愛ちゃんとのかけがえのない時間を1秒でも無下にしたくないと言う想いが強くあり、その想いを添い遂げる為なら、例え向こう見ずであっても咄嗟に心愛ちゃんについていく事も厭わないと言う、一昔前の彼女ならまず持つ事は無かったであろう程の凄まじい理念が見え隠れしており、そこには智乃ちゃんの精神的な成長と、彼女とて心愛ちゃんと一緒に過ごせる時間が何時までも続くものでは無かった事を受けて、「後悔が残る様な決断はしたくない」と言う理念が芽生えている事を示唆している。

 因みに前述する様な「直前になって長期休暇を取るのが中々に難しい」と言う状況下の中で、何故心愛ちゃんだけは海の街から自分の実家に帰省できるだけの休暇が取れたのかについても私自身見解を持っており、それは心愛ちゃんのバイト先が、自身の下宿先でもある「ラビットハウス」であり、そのラビットハウスにおける事実上のオーナーがタカヒロさん*3である事から、多少無理を言う形になったとしても、タカヒロさんが許可を出してさえくれれば、一応は直前での急な休暇申請も通してもらう事が可能だからと言うものであり、これは下宿先のオーナーとバイト先のオーナーが同じだからこそできる芸当である為、当初は心愛ちゃんだけが行く予定にしていたのも一応説明は付く訳である。尤も、実際には心愛ちゃんに加えて、彼女の発言に強く感化された智乃ちゃんも同行するのだが、これは最早「休みが云々」と言う問題すらも超越する程の智乃ちゃんの理念がそうさせたとしか言いようがないだろう。

今回の内容について思う事

ここからはここ数回の感想・考察ブログ記事と同様に、主観的な展望や想いを中心にして書き出したい。今回は前半部分がかなり真面目且つ硬派な書き出し方となった為、ここからは多少なりとも軟派となる様なテイストで記述したいと思う。尤も、そう言いながらも私の書く文章自体が相当に硬い為、効果は希薄かも知れないが……。

ブラバ組のもう1人のお姉さん

 小タイトルからして「一体何だ?」となるだろうが、これは「狩手結良ちゃん」を指す概念であり、それで「もう一人のお姉さん」と称する理由は、結良ちゃんがブラバ組3人よりも年上である事と、結良ちゃんがブラバ組に正式加入した時点で3人には既にお姉さん的存在がいるからであり、後者に関しては神沙夏明ちゃんのお姉さんであり、3人の中でも特におっとりしたお姉さん気質が強い神沙映月ちゃんを指している。因みに冬優ちゃんは、神沙姉妹2人を率先する行動が多い事と、人を惹き付けて離さない魅力を持っている事から、3人の中でも独自のカリスマ性を持ったリーダー的存在、夏明ちゃんはブラバ組の中で末っ子になる事と、溌溂(はつらつ)さと精細さを特に併せ持った人である事から、3人の中でも元気さと精細さ、そして甘えん坊気質を持つ存在と捉えている。

 話を本筋に戻して、私が結良ちゃんの事を「ブラバ組におけるお姉さん」と思うのは、先述の様に3人よりも年上である事と、本編においても冬優ちゃんが結良ちゃんの事を「普通のお姉さん」と称している事に依る所が大きいのだが、今までごちうさを読み続けている人なら分かる通り、結良ちゃんは「誰にも染まらない様な独創的且つ、見る者の不安や恐怖を掻き立てる不穏な雰囲気」を持ち、その上で「人付き合いに関して、心愛ちゃん達とは明らかに方向性が違う価値観を持っている人」なので、今月号でいきなりお姉さんと言われても、ミステリアスなイメージが強い結良ちゃんのイメージとは正直かけ離れ過ぎていて、どの様にして受け止めれば良いのか分からないと言うのは私としてもなくはなかった。尤も、結良ちゃんは冗談や揶揄いが好きそうな人なので、彼女にしてみればある意味これも想定の範疇かも知れないが。

 ただ、結良ちゃんはミステリアスな雰囲気を主とする一方で、実は結構なお節介屋だと思える程に面倒見が良い節があり、何を考えているのか良く分からない人であるが故に少々不気味に映る事もあるが、理世ちゃんが旅行に行く際には、理世ちゃん宅を警備(と言うより奉仕)する役目を担ったり、ブラバ組のブロカントでは、最後まで売れ残っていた商品を買い取ってあげたりと、何だかんだ言って優しいお姉さん的な役回りを担う事も少なくなく、また神沙姉妹2人から2つの意味*4で先輩としてチヤホヤされた事に対して、照れくさそうにしながらも割に満更でもない反応を見せていた*5為、本人としても「ブラバ組を見守るお姉さん」と言う立場である事を自負している可能性は十分にあると言え、何より結良ちゃんが「お姉さん」と言われる事自体割に様になっている事も相まって、結良ちゃんの事を「ブラバ組のもう1人のお姉さん」と称しても良いのではないかと思った次第である。

 色々ややこしい内容になってしまったが、ざっくり言うなら「私は結良ちゃんの事を『ブラバ組におけるもう1人のお姉さん』と思えるだけの理由がある」と言う事であり、作品でも随一の癖を持つキャラクター性とのギャップを見逃す事は出来なかった訳でもある。

ココチノが歩む直近の道筋仮定

 次はココチノ2人が行く「心愛ちゃんの実家帰省」に係る事であり、趣旨は今月号では出発するまでの所で終わっている事に着目して、ココチノの2人は心愛ちゃんの実家でどの様な道筋を辿るのだろうかと仮説を立てるものであり、故にこれらは全て「私の仮定論」となるが、個人的に今月号終盤にて心愛ちゃんが実家に帰省する(結果的には智乃ちゃんも同行)と判明して、多少なりとも気になるのはある意味当然の摂理なので、内容が多過ぎると冗長的なものとなってしまうので、ざっくりとしたものにはなるが、現時点で私が考えているちょっとした展望を紹介したい。

 抑々ココチノの2人が実家に帰省する事で最も気になるのは「実家にモカさんがいるのかいないのか」であり、モカさんは原作9巻終盤にて、自身の妹たる心愛ちゃんに後れを取らない為にも、旅行編にて心愛ちゃん達が滞在していたホテルにて研鑽を積んでいる事が判明しているのだが、その後の動向は現時点まででも全く判明していない事から、今でもモカさんは例のホテルで研鑽を積んでいるのか、それとも実家に戻っているのか、はたまた別の道を歩んでいるのかが分からないのが現状である。ただ、前提としてモカさんは言うまでも無く心愛ちゃんの価値観に多大なる影響を与えている人物である為、今回の実家帰省でモカさんがいるのかいないのかとでは、ココチノの実家帰省において辿る道筋が全く違ってくると考えており、今回はモカさんがいる場合といない場合でどの様な違いがあるのにかも軽く触れてみたいと思う。

 まずは「実家にモカさんがいる場合」であり、この場合は「心愛ちゃんにとっては目標の再認識」となるのではないと考えている。と言うのも、心愛ちゃんは自身の姉であるモカさんの事を昔から憧憬且つ目標としているのは最早周知の事実だが、最近ではこれに加えて「姉と対等だと思えるだけの存在になる」と言う明確な目標が彼女には存在しており、彼女が高校卒業後に木組みの街を離れる決意をしているのもその目標があってこそなのだが、その前段階とも言えるタイミングで、心愛ちゃんの一足先を行くモカさんの現状を知る事で、心愛ちゃんが目標とする指標がどこにあるのかを、改めて彼女が推し量るきっかけになるのではと言う事であり、それに伴って心愛ちゃんの意思は以前より更に堅牢なものとなり、それを間近で見る事になる智乃ちゃんとしても、心愛ちゃんの堅牢な意思に何かしらの触発を受けると考えている。

 ただ、1つ懸念なのが心愛ちゃん自身実はそこまで打たれ強くない事であり、モカさんの現状を知る事で更なる飛躍を誓えれば良いのだが、心愛ちゃんはこれまでも不確定要素の強い現実に対して少なからずショックを受けていた光景が存在していた為、現実を見せられる事で不安や恐怖が掻き立てられる可能性も否定できない懸念材料があるが、その時こそ心愛ちゃんの妹たる智乃ちゃんの存在が大きいと考えており、どんなにめげそうになる事があっても、自分を応援してくれる人は間近にいると言う事実が、これまでも心愛ちゃん達を幾度となく導いてきた様に、もし心愛ちゃんが本当にめげそうになった暁には、その時は智乃ちゃんがきっと心の支えになってくれる。そう思えるだけでも、気の持ち様はかなり変わるものである。

 次に「実家にモカさんがいない場合」であり、この場合は「実家帰省を通してかけがえのない経験を積むココチノが中心」になると考えている。ただ、私自身正直に言うと、今回の実家帰省においてモカさんが全く絡まないとは思えない為、具体的に何をするのかが正直殆ど想像できず、強いて言うなら「心愛ちゃんの生まれ故郷を智乃ちゃんが知る事で、これまででは得られなかった何かを得る」等が挙げられるが、これもモカさんがいる場合においても当てはめる事ができる為、独自性にはかなり欠けている訳だが、今月号までではモカさんの動向が探れない以上、実家帰省時にモカさんがいない可能性を否定する事は出来ない事から、たとえ五里霧中でも何か見識は引き出すべきだと考えた所存である。

 ここまで私が考える「ココチノの実家帰省に係る展望」を書き出してきたが、これらは全て私の想像である為、もしかすれば私の想像の遥か上を行く衝撃的な展開が待っているかもしれないし、或いは後に答えを知った時に「見るに堪えない程見当違いな事を考えていた」となってしまう可能性もあるが、少なくとも「今回の実家帰省は、2人にとって有意義な経験になる事は間違いない」と見ており、もっと言うと今回の実家帰省は、心愛ちゃんにとって「己の夢や展望と否が応でも向き合う事になる」とすら思っており、何れにしてもただの実家帰省で終わる事は最早ないのだろうと考えている。ただ、そこはごちうさなので、何だかんだ言っても最終的には「更なる堅牢な意思と覚悟を築き上げる」のだと思う。

後悔なき未来の為に

 最後に近年のごちうさひいては私が好きとするマンガやアニメを読んだり観たりする中で、私が特に意識している価値観について説明したい。とは言っても、価値観自体は実に多岐に渡るものを持っており、当然の事ながら作品によって比重を置く価値観はそれぞれ違う為、これから書き出す内容は必ずしも全てにおいてそうと言う訳では無い事は言っておきたい。ただ、程度の差はあっても私が意識する事の多い価値観なのは紛れもない事実である。

 肝心の価値観の内容についてだが、これは小タイトルにもある様に「後悔の残らない選択をする為に、私はどうあるべきか」と言うものであり、ハッキリ言うと私が持つ「どう足掻いても過去は変えられないと分かっているなら、後悔を残さない決断をする様に」と言う人生観に強く裏付けされた価値観でもある。とは言っても、普段から常に意識していると言うよりかは、主に心に強く感銘を受けた時にギアを一気に上げると言ったものであるし、マンガやアニメにおいては「後悔の残らない選択肢を登場人物が選んでいく事を、私はどの様にして受け止めるべきか」と言うべきだが、何れにしても付け焼き刃で培った価値観ではない事は確かな上、その価値観を「人生における指針の1つ」としているのも確かである。

 本題として何故近年のごちうさに対して上記の様な価値観を持つ様になったかと言えば、ひとえに近年のごちうさ「各々の人生観や今後の進路にも多大なる影響を与える決断や選択が見え隠れする場面が増えているから」であり、その決定打となったのは、心愛ちゃんと紗路ちゃんが将来的に「研鑽を積む為に木組みの街を離れる」と言う決断を秘めていた事にあり、ここから私は「どんな決断を下しても、それが自分にとって後悔のないものであって欲しい」と言う価値観を、ごちうさにおいても決定的なものにしたのだが、抑々論として絶対的な正解がない中でも絶対に向き合わなければならない事に対して、自分が最も成し遂げたい選択肢を貫き通したいと言う姿を見ておきながら、心の内では何も思わないと言うのが私にとっては土台無理な話であり、故に今回紹介した様な価値観では無かったとしても、私は恐らく何らかの価値観を築き上げていたと思うのだが、何れにしてもここで大事なのは「自分の意思で何かしらの価値観を築き上げる事」であり、そうして築き上げた「後悔なき未来の為の決断を受け容れる事」と言う価値観は、私のごちうさに対する大きな原動力となっている。

 また、上記の他につい最近改めて意識した価値観として「どんなに壮絶な運命を背負う事になっても、自分にとって後悔の残らない選択肢を受け止める心の強さ」と言うのも存在しており、これは私が好きとする「プリマドール」と、最近一気見をしたリコリス・リコイル」と言う、何れも執筆時に正に佳境を迎えているアニメ作品で意識した経緯があり、どちらの作品も「重い運命を背負う中でどの様な選択を決断するのか」が非常に重要な意味を持つ場面が印象的なのだが、私はその選択と決断を見て「どんなに壮絶な運命であっても、それが本人にとって一番後悔が残らない選択肢だと言うなら、それを受け止めるだけの強さがある事の凄さ」をまじまじと思い知らされており、無論その過程では「壮絶な命運に対する激しい動揺と葛藤」がある事は百も承知だが、それでも逃げずに受け止めるだけの器量を持つ事ができる意思と覚悟に、私は己の人生観にさえも影響を受ける程の強い感銘を受けている所存であり、それはごちうさに対する価値観にも影響を与えている。

3.あとがき

 以上がきらま2022年11月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察である。今月号はここ数回のごちうさの主軸たる「海シスト編」の後日談及び別視点手の物語がメインテーマとなり、終盤はうって変わって「心愛ちゃんが自身の実家に帰省する事を突然カミングアウトする」と言う衝撃的な展開が待っていたと言う構成であり、それ自体は原作10巻終盤における「元来の高校生組4人による将来の進路回」を思わせるが、あの時と違うのは「楽観的な展望を脆くも打ち砕く程の事実が二段構えで待ち構えている訳では無かった」と言う点であり、前向きな意思も相まって、原作10巻までとは一味違う心愛ちゃん達を見る事ができる様になっている。

 今回は海組が海シストを探求している間に温泉プールにて親睦を深めていた「ブラバ組」がキーポイントだと見ており、ここではそれまで立ち位置が定まり切っていなかった結良ちゃんが正式にブラバ組の仲間入りを果たし、結良ちゃんの人となりを知らないが故に彼女に対する恐怖意識が否めなかった冬優ちゃんも、彼女の人となりを知って多少なりとも親近感を覚える等々、ブラバ組の今後の発展を印象付ける局面として機能していると考えており、特に結良ちゃんがブラバ組の一員として、既存の3人と親睦を深めた事が大きいと捉えている。

 また、今月号終盤にて智乃ちゃんが見せた思い切った行動は、それ自体が彼女の成長を物語るものとして体現されているだけでなく、彼女の中にある「心愛さんとの約束は固く守る」と言う想いや、彼女とて「心愛さんとの時間を大切にしたい」と言う想いが強く表れていると見ており、それは心愛さんと過ごせる時間が限りなく至高のものだった事を知った彼女の意思でもあると捉えている。

 そして、本筋の最後にて紹介した「価値観」についてだが、これは私にとっては近年のごちうさを読む上での大きな指針且つ道筋となっており、ここ最近のブログ記事の内容も、実の所今回紹介した様な私の価値観に大きく影響されている面がある位だが、このタイミングで書き出した理由については、最近になって色々な漫画やアニメと触れていく内に「自身の価値観を意識する機会が増えてきた事」を受けて、ここで1つ書き出しておこうと思い立ったからであり、そこにはごちうさに対する想いを率直に書き出したいと言う想いと、最近私が視聴している「プリマドール」リコリス・リコイル」で培った価値観を少しでも書き出したかったと言う想いが詰まっている。

 今回は前回までの流れに加えて、私が持つ独自の価値観についても言及する格好になったが、私のごちうさに対する想いは徹頭徹尾一貫していると言う事をもって、この感想・考察の締めとしたい。

 

 

おまけ

今回の文量は全て合わせてのべ400字詰め原稿用紙38枚分である。今回は前回と比べて割とサクサク書き進められた感触があり、内容も比較的コンパクトに収められ、何より1週間足らずで書き上げられた事が、今回のブログ記事の中で一番手応えがあったと捉えている。

*1:端的に言えば、どこのコミュニティに属するのかが良く分からないと言う事。

*2:「海シスト編」なら夏休み。

*3:「事実上のオーナー」と称したのは、ラビットハウスの大元のマスターが智乃ちゃんのおじいちゃんであり、タカヒロさんの親父さんである事は明白である一方、作中時間軸におけるマスターは、バータイムにて表立って顔を出す存在であるタカヒロさんだと思われる中で、智乃ちゃんは作中においては基本的にマスターの定義を「自身の祖父」を指して発言している事から、ラビットハウスの「現オーナー」がタカヒロさんなのか、それとも智乃ちゃんのおじいちゃんなのか、どちらを指すのか良く分からない為である。

*4:自分達が通う高校の先輩とブライトバニーのバイトの先輩と言う意味。

*5:これは結良ちゃんとしてもお姉さんと言う立場に多少なりとも憧れがあった事が関係していると思われる。

きらま2022年10月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察

 こんにちは。今月号で私がきらまを購読し始めてから2年となり、このごちうさ感想・考察ブログも今まで16カ月連続(累計すると19回)して書いており、今回で連続17か月目となりますが、今の所はどんなに私生活が多忙になっても、感想・考察を書く筆を止めるつもりはありませんので、どうか宜しくお願い致します。尚、私はプリマドールに登場する、皆のお姉さん的存在であり、まめに日記を付けている「箒星」の様な「筆まめ」ではないのですが、文章を書くのは何だかんだ言っても好きなので、気付いたら「筆まめ」みたく、継続してブログを書く様になっていたのです。

 さて、今回はまんがタイムきららMAX2022年10月号掲載のごちうさの感想を書きたいと思います。今回も前回からの「海回」の続編となっておりますが、今回は過去のごちうさに登場した要素が再登場する、所謂「セルフオマージュ」が豊富な回であり、故に初期のごちうさから知っている人にとっては所々に懐かしさを感じられる構成となっていますが、一方で過去の内容を知らなくても今月号の内容は十分に楽しめる様になっていますし、もっと言うと今月号の内容だけでもごちうさが何を重要視しているのか」が良く分かる様になっているので、この「既存のファンと新規ファンのニーズを両立させる構成」は流石Koi先生だと思います。

 尚、今回も前回同様全体的な文章構成は「きらファンメインシナリオ第2部における感想・考察」と同じものでいきたいと思います。やはり16カ月も連続して書き続けていると、書式も度々変化していくものですが、個人的には「きらファンメインシナリオ第2部における感想・考察」で採用している書式が一番やりやすいので、しばらくはこの書式で一貫すると思います。

※注意※

最新話及び原作10巻以降のネタバレを含むものなので、その辺りをご了解お願い致します。また、ここで書き出した推察や考察は個人的な見解です。そして、今月号は海を謳歌すると言う事で、「飛び込み」や「海での遊び」が登場しますが、現実においてこれらは言うまでも無く当日の気象条件の確認は必須であり、且つ安全性を確かめた上で無理のない範囲で楽しむものなので、今一度ご注意下さい。

1.はじめに

 今回のお話は前回に引き続き「海シスト編」の続編であり、故にシストの目的が記載されている街からスタートするのは前回と同様だが、前回と大きく違うのは「先月では未登場だったブラバ組が登場する事、過去に登場した場面や台詞のセルフオマージュが豊富な事、終始海を謳歌する7人がお話の中心である事等」であり、全体的な雰囲気も前回より更に過去(個人的には特に原作3巻から6巻辺り)ごちうさを思わせる傾向が強いものとなっており、近年のごちうさにしてはシリアスな雰囲気がかなり少ないのもそれに拍車を掛けている。

 今月号の扉絵は、前回に引き続き季節が夏と言う事で、ハイビスカスを思わせる要素が散りばめられている中で、千夜ちゃんと恵ちゃんの2人が、海に浸かりながら頬を寄せ合っていると言うもので、個人的には「常夏の雰囲気」をも感じさせる扉絵だと認識しているが、それ以上に私が気になったのは「千夜ちゃんの瞳がどこか不安げに見えた事」であり、瞳が不安げに見えた事自体は私の感想に過ぎない為、言ってしまえば「思い込み」が多分に含まれているのだが、他方で千夜ちゃんがそう遠くない未来に対して少なくない不安を抱いているのは紛れもない事実である為、何とも言い難い感触を覚えている。因みに今月号の扉絵にて千夜ちゃんが鍵を持っている点も気になると言えば気になるが、私はそれ以上に「心なしか不安げに見える千夜ちゃんの瞳」が気になった為、鍵についてはさほど気に留まる事はなかった。尤も、私はごちうさの扉絵における「鍵」については、正直しっかりと注目した事があまり無いのだが……。

 今月号は終始7人が海を謳歌するのが中心である事と、過去のセルフオマージュが豊富な事から、一つのお話を広い視野で見渡す事が重要だった前回とは異なり、過去との対比や意味付けの違いから何を見出せるのかが重要になると認識しており、故に前回と比べて物語を深く推し量る事が多少なりとも難しくはなっているのだが、近年のごちうさセルフオマージュを用いたキャラの成長や変化も描かれているケースも少なくない事から、コツさえ掴めば推し量る事は案外すんなりと出来るとも認識している。今回もそんな「精巧な工夫が凝らされた」ごちうさに対して思った事を率直に書き出したい。

2.購読した感想・考察

 まずは先月の感想・考察記事の時と同様に「今月号全体について及びそこから読み解ける事実」を中心に書き出していきたい。

今回の内容全体の感想・考察

海を謳歌せし局面

 今回は前回において遂にシストに記載された目的地に辿り着いた7人が、海を思いっ切り謳歌する場面から始まる物語であり、基本的に今回のお話は「7人が海を楽しむ」事に集約されているが、今月号で重要なのは「局面ごとに見える要素が異なっている事」であり、序盤は「飛び込みから見える新世界」が主なテーマなのだが、ここでは「勇気を出して、一歩を踏み出す事で見える世界がある事」を体現していると言える。また、ココチノの飛び込みの際には、最早ココチノでは常套句と化している「肝心な局面でのすれ違い」がここでも使われており、初期から知っている人にとっては懐かしさもある場面となっている。心愛ちゃんにとっては少々不憫ではあるが。

 中盤は浜辺ならではの事を各々が行う図式が中心であり、砂浜での追いかけっこや砂遊びがその最たる例だが、ここでは紗路ちゃんのはっちゃけぶりと千夜ちゃんの奇抜な提案が特に目立っており、千夜シャロそれぞれが持つ尖った個性が目に見えて分かる訳だが、もう一つ重要な要素として「今回のシストの宝物が何かという展開にも繋がっている事」が挙げられ、物語の中継ぎとして重要な役目を担っていると考えている。

 後半になるといよいよシストの宝物の真相について踏み込んでいく事になるが、その正体にはシストを手掛けた人の「粋」な想いが詰め込まれており、その後再び登場するソーダ組とレモン組、そして木組みの街において温泉プールを謳歌していたブラバ組をも併せて「形を残る思い出作りとは何か」を体現する様な構成となっている。因みに今回の「海シスト」の制作者も最後の最後に判明しており、今回の物語(ひいてはごちうさそのものの物語)において非常に重要な意味を担っている。

 全体的に見れば、今月号は「豊富なセルフオマージュと、各々の思い出作りを楽しむ回」だと考えており、故に全体的な雰囲気は過去のごちうさを思わせるものとなっている一方、思い出作りに対する向き合い方を覗かせる様な描写は正に近年のごちうさそのものであり、一昔前の雰囲気と現在の雰囲気の両方を感じる事ができる貴重な回だと考えている。

 また、今月号では近年のごちうさにしてはシリアスな雰囲気が殆どないのも特徴的であり、それ故に私が先月号時点で懸念していた「凄まじいシリアスさが襲い掛かってくる」という事態は今月号でも避けられているが、今月号は展開がやや特殊である為に、今後どこかでシリアスが襲い掛かる懸念が完全に払拭できた訳ではなく、気になる点ではある。尤も、今回に限っては変に気にしても仕方が無いのだが。

飛び込みから見える新世界

 ここからは今月号序盤に行われていた「飛び込み」について考察したい。抑々今月号は「理世ちゃんと麻耶ちゃんの2人が海に向かって飛び込むシーン」からスタートしており、その後に紗路ちゃんを除く4人*1が順番に飛び込みをする訳だが、飛び込みは当然ながら比較的高所から水面に向かってダイブする行為を指す為、作中においても安全面は当然ながらきちんと確保されているとは言っても、高所恐怖症の人や飛び込みの経験がない人にとっては多少なりとも恐怖を覚えるものであり、実際に千夜ちゃんと恵ちゃん(後にココチノ)は最初の場面で飛び込みに対して露骨なまでに恐怖心を剥き出しにしていた事からも、いかに飛び込む事が多少なりとも恐怖を伴う行為であるのか分かるだろう。

 そんな飛び込みだが、ここで重要なのは「どの様な条件下になれば飛び込む決心が付くのか」だと考えており、最終的には全員が飛び込みを実行する中で、真っ先に飛び込んだと思われる紗路ちゃんと、飛び込みに対してそこまで躊躇が無かったと思われる理世ちゃんと麻耶ちゃんを除いて、各自がどの様にして恐怖心をコントロールし、飛び込みと言う行為に一歩を踏み出したのか。それを考察するのが今回の意義である。

 まずは千夜ちゃんと恵ちゃんである。この2人は当初心臓が激しく鼓動を打つほどの恐怖心が隠し切れていなかったのだが、千夜ちゃんは紗路ちゃんが何かあっても助けてくれると分かると途端に躊躇なく飛び込みを行い、恵ちゃんは直前まで恐怖心を捨て切れずにいたが、最終的には恐怖心を抱え込んだまま勢い任せに飛び込みを行うと言う、ある意味「誰よりも度胸がある行動」に出ており、結果的には千夜ちゃんは信頼出来る人が助けてくれるなら躊躇なく飛び込みを実行できる事が分かり、恵ちゃんは恐怖心があっても、覚悟を決めればそれすらも抱え込んだまま、飛び込み実行できるだけの強さがある事が分かったと言える。

 そして、これが意味する所は、千夜ちゃんは「信頼出来る人の為なら躊躇なく実行できる力がある事」であり、恵ちゃんは「決心さえ整えば、どれ程躊躇する事でも己の意思だけで実行できるだけの丹力がある事」だと考えており、これだけでも千夜ちゃんが何故紗路ちゃんの進路選択に無理でも合わせようとしたのか、恵ちゃんが高校生になって着実に成長を遂げているのかの説明はある程度でも出来るのだが、何れにしてもこの飛び込みから千夜ちゃんは「友達や幼馴染を心から信用している事」が、恵ちゃんは「恐怖心すらもコントロールできるだけの強い意志を自ら生成できる事」が分かったと言える。

 次はココチノである。この2人は千夜メグ同様に当初は恐怖心故にお互いに先手を譲ろうとする場面もあるが、最終的には心愛ちゃんは「思い切れば楽しい」とワンクッション置いてから先に飛び込みを行い、智乃ちゃんは「おじいちゃん(ティッピー)に決意表明した上で思い切る形」で飛び込みを行っており、ここからこの2人は千夜メグとは違う決心の仕方をとっているのが見て取れるが、特徴として心愛ちゃんは「恐怖に思う事でも、思い切れば案外楽しいのではないのか」と思った上で実行する事があり、智乃ちゃんは「心愛ちゃんの決心の仕方を参考にしつつ、自分なりのルーティンで決意を固めている事」が挙げられ、ここから心愛ちゃんが如何にしてあらゆる物事を楽しいに変えられるだけの力があるのか、智乃ちゃんがいかに心愛ちゃんを信頼しているのかが良く分かる様になっている。

 そして、これが意味する所は、心愛ちゃんは「不安や恐怖に思う事があっても、思い切って実行してみれば案外楽しいと思える価値観を持っている事」であり、智乃ちゃんは「心愛ちゃんの価値観に影響を受けつつも、あくまで自分なりの決心の付け方を大切にしている事」だと見ており、ここから心愛ちゃんのあらゆる一面を智乃ちゃんは誰よりも知っているからこそ、ブラバ組に対して昔の智乃ちゃんなら出来なかったであろう先導者としての役割を智乃ちゃんは担える様にもなれたと言え、ひいては「信じてくれている人がいるから、一歩を踏み出せる事」にも繋がっていると言える。

 まとめると、心愛ちゃんと智乃ちゃん、千夜ちゃんと恵ちゃんの4人では、同じ「飛び込みに対する決心の付け方」でも大きく2つのタイプに分けられると見ており、具体的には心愛ちゃんと恵ちゃんが該当する「自らの力で恐怖心や躊躇いを律し、思い切って飛び込むタイプ」と言うものと、智乃ちゃんと千夜ちゃんが該当する「信頼出来る人がお手本若しくはサポートをしてくれているなら、恐怖や躊躇いをもはねのけられるタイプ」と言うものであり、それぞれのペアで対比関係となっている点も興味深い。尚、先行して飛び込みを実行した3人に関しては、抑々比較基準が異なってくるために難しいが、新しい事に対して変に怖気づく前に飛び込む辺り、どちらかと言えば心愛ちゃんと恵ちゃんに近いタイプだと思われる。

 余談だが、作中において飛び込んだ先に見える世界の事を「新世界」と形容されていたのを見て、クラシック音楽好きの私はドヴォルザーク作曲の交響曲第9番 ホ短調 Op.95/B.178 「新世界より*2が頭に思い浮かんだものである。また、大阪環状線新今宮駅大阪環状線ホームにおける発車メロディーにも採用されている「新世界より」だが、ここで採用されている楽章は第4楽章であり、同曲において特に有名なフレーズがあるのもこの楽章である。因みに「家路」として知られている楽曲も「新世界より」であり、楽章としては第2楽章にあたる。

置かれし宝物の意味

 次は今月号後半において遂に明らかとなった、今回の海シストにおける「宝物」についてである。通常シストは「地図に記載された目的地に宝箱が置かれており、その宝箱に入っている好きな宝物1つと、今自分が持っている一番の宝物1つを交換する」と言うのが原則なのだが、今回のシストは宝箱には手紙のみが入っており、且つその宝箱に自分の宝物は置いていかなくても良いと言うイレギュラーなものであり、手紙の内容自体も「この海の街に訪れた事自体が宝物であり、それは物によって確立される」と言わんばかりの内容である為、この地図を書いた人は中々に粋な想いを持っている事になる訳だが、今月号終盤にて明かされる作者を知れば納得ものである。

 肝心の海シストにおける宝物の意味についてだが、これは「海で思いっ切り楽しむ事自体が宝物」だと言う意味と「遠征先での思い出を形に残す事で、1日の思い出はずっと残るものとなる」と言う意味があると考えており、前者は作中でもある様に、ここのところバイトなり勉強なりで皆で一緒に羽を伸ばす機会が少なくなっていた中で、7人で一緒に羽を伸ばせる貴重な機会として機能していると言え、後者は云わば「7人で思い出の品を出先で作る」と言うもので、それをする事で「この日の思い出を形に残し、忘れない様にする」と言う意味合いがあったと言え、どちらをとっても「思い出を形に残す事も宝物」と言わんばかりの構図が成立する訳である。

 纏めると、今回の海シストにおける宝物は、手紙の内容にもある様に「シスト探求の軌跡そのものにある」と言え、そこには「友達と一緒に羽を伸ばせる事も貴重なひと時」とも見て取れる訳だが、それ以上に「何気ない日々の延長線上にある出来事も、工夫を凝らせば一生ものの思い出になる」と言う意味が込められている様に感じてならず、そこには海シストの制作者の熱意と粋な想いが込められていると言えよう。

今回の内容について思う事

ここからは前回同様主観的な展望や想いを中心に書き出したい。今回は前回程では無いとは言え、多少なりとも刺激がある内容も含まれているのでそこは了解して欲しい。

豊富なセルフオマージュ

 今月号を語る上で私が外せないと考えている要素として「近年のごちうさでも特に豊富なセルフオマージュ」と言うのがあり、抑々近年のごちうさは、嘗て登場していたお話を思わせる雰囲気や、過去にも登場していた台詞や言い回しを再登場させている場面が所々に存在するのだが、今月号は全体的に過去のごちうさに登場した展開や台詞が使われている場面が豊富且つ印象的であり、特にチマメ隊の3人全員が、現在の高校に通う重要な切っ掛けとなった台詞」「初期からの雰囲気を強く踏襲しているココチノの掛け合い」は、私としては特に印象的なセルフオマージュであり、過去のごちうさを知っている人ならニヤリとなる場面であり、過去のごちうさを知らなくとも、場面構成からごちうさにおいては何か意味を持つ場面」だと、何となくでも洞察できる上質な場面だと認識している。

 そんなセルフオマージュだが、このセルフオマージュがもたらす重要な要素として私は「過去と現在での描写の違いを思い起こす事で、登場人物や環境がいかに変化したのか読み解く事ができる」と考えており、これは「過去の物語の展開や、過去における登場人物の人物像」を少しでも知っている事が前提になるが、今月号においては前述の通り「勇気をもって、新世界に一歩を踏み出す事の意味を嚙み締める智乃ちゃん」と「2年以上の年月を経ても変わらないココチノ2人の擦れ違い」が特に分かり易い例だと考えている。

 前者の場合、智乃ちゃんは親愛なる人達と時間をともにしていくにつれて精神的にどんどん成長しているものの、新世界に一歩を踏み出す事に関しては未だ躊躇が多少なりともあった中で、嘗て麻耶ちゃんが中学生時代に智乃ちゃんに対して、後に麻耶ちゃんと恵ちゃん、そして神沙姉妹が新たに通う事になるお嬢様学校の紹介にて掛けた言葉でもある「飛び込まなければ分からないセカイもある」と言う後押しを今月号においても受けた事もあって、今月号において勇気を出した後に新世界に向けて一歩を踏み出した事に対して、彼女にしては珍しく不思議と笑いが止まらなかった事を鑑みると、智乃ちゃんも「新世界に一歩を踏み出す事の楽しさを知った」と言え、それは嘗ての彼女ならまずもって出来なかったと思われる事から、麻耶ちゃんが智乃ちゃんに対して中学生時代にも掛けた事がある台詞に対する智乃ちゃんの反応の違いから、智乃ちゃんの精神的な成長が読み解けると言ったものである。

 抑々麻耶ちゃんが智乃ちゃんに対して掛けた言葉である「飛び込まなければ分からないセカイもある」についてだが、これは元々お嬢様学校に対してどこか苦手意識があった麻耶ちゃんが、実際にお嬢様学校の紹介イベントに足を踏み入れた事で、麻耶ちゃんにとってお嬢様学校に対する見方が変わった事を智乃ちゃんに伝える為に発した言葉であり、故に智乃ちゃん自身がこの言葉を中学生時代に聞いた時は、恐らく「麻耶ちゃんがお嬢様学校に対する見方が変わった」と言う友達主体な考えを張り巡らせていたと思われ、それはある意味ごく自然な事なのだが、今月号においては麻耶ちゃんから直接自分の事を指す形で言われた事により、智乃ちゃんとしても「飛び込まなければ分からないセカイもある事の意味」を深く噛み締めたと思われ、嘗ての友達主体から自分主体の思想へと変化させた事で、智乃ちゃん自身も嘗て麻耶ちゃんが発した言葉の意味を嚙み締めると言う構図になっていると考えており、それが「嘗てのセルフオマージュ」から見えてくると言う訳である。

 一方後者の場合、抑々ココチノの2人は心愛ちゃんがラビットハウスに下宿している事から、基本的に一緒に居る時間が他の友達と比べて非常に長いにも関わらず、心愛ちゃんにとって何よりの悲願でもある「智乃ちゃんの笑顔や笑い声を、他の人がしっかりと見ている中で心愛ちゃんだけが何故か何時も見そびれたり、聞きそびれたりする事」が所以であり、これ自体は何故こうなるのかは一切不明であり、更に言えばこれ自体には前者の様な「良くも悪くも人の心情や思想さえも変えてしまいかねない*3程に絶大な影響力を持っている訳では無い」事から、どちらかと言えばコミカルな雰囲気が強くなっているが、今月号にてその様なセルフオマージュがあるお陰で、どんなに関係性が親密になったとしても、良くも悪くも変わらない部分はきちんと存在すると言う証明にもなっており、それは副次的に「彼女達の何時までも変わらない関係性」を表していると言える。

 ただ、今月号のココチノにおけるセルフオマージュは、心愛ちゃんにとっては智乃ちゃんが滅多に見せない表情をここでも見られなかったと言う、冷静に考えてみてもかなり気の毒なものであり、故に心愛ちゃんからしてみれば不憫な事この上ないと思われる訳だが、2年以上経過してもその辺りは全く変わっていないのはココチノらしいと言えばらしい為、微妙な所でもある。ただ、日頃からお互いを知っているが故に、肝心な時の擦れ違いも少なからずあるココチノとは言え、心愛ちゃんも何時かは智乃ちゃんの貴重な表情をこの目に収める日は必ず来ると思われるので、気長に待つのが良いのかも知れない。

変わらない関係性

 次は今月号における海を堪能せし7人から見える「普段と殆ど変わらない関係性」についてである。これは「何処に行っても普段と殆ど変わらない立ち振る舞いを見せる7人」に焦点を当てたものであり、今月号中盤における主体とも言える内容でもある。

 この中でも私が今回注目したのは千夜シャロとリゼシャロであり、どちらも紗路ちゃんが関わっていると言う共通点がある訳だが、これはひとえに紗路ちゃんの見せた立ち振る舞いがあまりにも特徴的だった為であり、その根拠は言わずもがな、紗路ちゃんはお嬢様学校時代からの先輩である理世ちゃんと、昔からお互いを知り尽くしている幼馴染たる千夜ちゃんの2人に対しては、普段の彼女とは一味も二味も違う一面が色濃く表れる事である。

 そして、そんな紗路ちゃんの普段と違う一面が最も色濃く表れる場面こそ「飛び込み」だと捉えており、その「飛び込み」でも象徴的なのは「千夜ちゃんの事をサポートすると公言した理世ちゃんを見て、先輩の手をかけさせないと言わんばかりに自分が千夜ちゃんのサポートに回る」と言うもので、これ自体は「良き先輩と後輩の関係」と言えるのだが、一方で紗路ちゃんには理世ちゃんに対する無性の尊敬だけでなく、先輩が居る場で自分の身に何かあったら尊敬している先輩に是が非でも助けてもらいたいと言う、良く言えば「先輩に対する信頼の表れ」、悪く言えば「独占欲すら醸し出す不純な動機」があるのも事実であり、紗路ちゃん自身が「飛び込み」をどの様なスタイルで行ったかの描写がない為に確実な断定はできないが、恐らく紗路ちゃんは理世ちゃんのサポートは借りていないと想定され、故に幼馴染たる千夜ちゃんが、私より先に理世ちゃんに助けて貰うのは、その様な思想は不純なものとは分かっていても、やっぱりどこか悔しいと考えていた可能性も十分に考えられる訳である。

 つまり紗路ちゃんが理世ちゃんに代わって千夜ちゃんのサポートに名乗り出たのは、単純に「先輩の手をかけさせない」と言う後輩としての使命感のみならず、幼馴染たる千夜ちゃんに、自分が尊敬する先輩の事で先を越されるのはどこか悔しいと言う「嫉妬心」が少なからずあった可能性も考えられるからと言う事であり、サポートを名乗り上げた際の紗路ちゃんの焦り具合が、紗路ちゃんには多少なりとも千夜ちゃんに対する嫉妬心があった事を助長させている。

 ただ、ここからが興味深く、千夜ちゃんは前述の通り「飛び込み」に対しては当初強い恐怖があった訳だが、幼馴染たる紗路ちゃんが何かあっても助けてくれると分かった途端、それまでの恐怖心が嘘の様に消えた様子で、一切の躊躇なく海面もとい紗路ちゃんに向かって飛び込むと言う荒業を披露しており、これには紗路ちゃんだけでなく、読み手である私もびっくりな訳だが、これはそれだけ「千夜ちゃんは幼馴染たる紗路ちゃんに対する信頼が人一倍厚い事」を意味しており、千夜ちゃんも理世ちゃんが傍にいる時の紗路ちゃんの心情は、人一倍洞察力のある千夜ちゃんの事なので恐らく分かっている筈なのだが、そんな状況下でも紗路ちゃんがどうにかしてあげると言えば、千夜ちゃんにとってそれに身を委ねる事に迷いはないと言うのは、千夜ちゃんが如何なる時でも紗路ちゃんの事を信頼している何よりの証と思えてならないし、それは正に「幼馴染の絆」なのだと思う。

 尚、この様に「千夜ちゃんは紗路ちゃんの事を心の底から頼りにしている」と考えると、千夜ちゃんが紗路ちゃんと将来一時的にであっても離れ離れになるかも知れない可能性があるのを誰よりも不安に思う事も、千夜シャロが違う高校に進学する事に対して千夜ちゃんがどこか不安げな表情を浮かべていた事も、紗路ちゃんが都会の国立大学に進学しようと検討している事を知って、誰よりも驚きとショックが隠せなかった事も、改めて整合性が取れる事になり、この事からも「千夜シャロは普段千夜ちゃんが紗路ちゃんを(形はどうであれ)引っ張っている事が大半である一方、実は精神的な意味では千夜ちゃんの方が紗路ちゃんを頼りにしている面も強い」*4と言えよう。

 また、もう一つの「リゼシャロ」に関しては、今月号中盤にて紗路ちゃん提案の下、先輩を相手にした正に「青春」*5を感じさせるやり取りがとても印象的であり、これに関してはセルフオマージュも多少なりとも関係しているとは思うが、それ以上に「何時までも先輩を憧れの対象であり続けている紗路ちゃん」と言う構図が強烈な印象を与えており、実際の所は寧ろ理世ちゃんの方が後輩である紗路ちゃんを頼りにしている面も意外と多いとは言え、理世ちゃんの高校卒業後も尚変わらない関係性であり続けるリゼシャロは正にごちうさにおける関係性の象徴」だと言える。

 因みに変わらない関係性と言うのは、今月号終盤にて木組みの街で温泉プールを謳歌していたブラバ組に対しても言える事であり、作中においてブラバ組3人が写真に写っている描写があるのだが、この際神沙姉妹は結構乗り気なのに対して、冬優ちゃんだけは明らかに怯えた表情を見せており、その違いとして考えられるのは、作中でも理世ちゃんが勘繰りをしている様に、冬優ちゃんにとっては苦手意識がある狩手結良ちゃんがブラバ組3人の写真を撮ったからだと思われる訳だが、ここから冬優ちゃんには未だ結良ちゃんに対してどこか恐怖を覚えてしまう傾向があると言え、それは初対面の頃から変わっていない為、結良ちゃんにとっては複雑だと思われる*6が、良くも悪くもブラバ組においても変わらない関係性は存在する事は証明されている。

粋な想いの象徴

 最後にこの海シスト編にて明かされた「粋な想い」について、私が思った事を言及したい。抑々この海シスト編において私が「この海シストには粋な想いが込められている」と思ったのは、ひとえに「今回のシストの作者が思ったよりも身近な存在だったから」であるが、その前に私は以前の記事でも言及した様に、私自身どこかで「今回のシストの作者の詳細は、もしかすると終ぞ分からないかもしれない」と思っていた事は書いておきたい。何故そう思っていたかと言えば、もし今回のシストの作者の詳細が判明しなかった場合、それはそれで神秘性がより増すのではないかと心の何処かで思ったからであり、今思えば如何にも自分が好みとする展開に対する願望がもろに出たものだと我ながら思うものである。また、ごちうさはこれまでも「重要な所は敢えて伏せる」傾向にある作品であった事から、今回の海シストにおいてもそれが適用されるのではないかと思ったのも理由として存在しており、一応客観的な根拠も持ち得てはいた訳である。

 しかし、実際に蓋を開けてみれば、海シストの地図の制作者は今月号の最後にてきちんと明かされ、しかも明かされた作者は思っていたよりずっと身近な存在だったと言うダブルパンチであり、私の予想は色んな意味で見事に外れてしまった訳だが、明かされた内容を思えば最早納得以外に道はないと感じた事から、故に予想が外れてしまった事に対して未練は一切ないし、時が進むにつれて粋な想いをストレートな形で表す事も増えてきたのに対して、どこか嬉しくも思う位である。

 肝心の海シストに込められている粋な想いについてだが、これはシストを書いた人が込めた「シンプルながらも奥深く洗練された想い」を見て私が感じた想いそのものを指し、言ってしまえば何の変哲もないごく普通の感想なのだが、抑々今月号のごちうさは、全体的にそれまでに登場した要素を今月号にて形を変えて再登場させる事で、ごちうさが大切にしている想いや成長、そして受け継がれていくものを改めて強調している面がある為、これまでも三度(みたび)ごちうさが大切にしているものについても想いを馳せてきた私にとって、自分の見解を改めて整理する良い機会になったのと同時に、最早どの様にして新たな見解を拵えれば良いのか分からなかった面があったのも正直事実であり、その結果が正直何の変哲もない様な感想に表れた訳だが、今回に関してはそれが私の許容範囲内での限界だった。もうどうやっても、今回の海シストの作者が明らかになった事に対して「粋な想いに溢れている」以上の事は、私の手では思い浮かばない。

 ただ、今回に限っては最早私の完全敗北は明確なので、今月号終盤で明らかになった内容を「粋な想いに溢れている」と言う形で受け取る事に抵抗はなかった。それ位、今回の海シスト編で見えてきた数々の軌跡は、シンプルながらもとても奥深く洗練されたものであった上、最終的な意味付けも納得がいくものだった。惜しむらくは、そんな美しき世界を十二分に説明できるだけの感性が私の手には及ばなかった事だが、何れにしても今月号終盤の展開は必見ものなので、ここは是非自分が読んで感じ取ったものを大切にして欲しい。

3.あとがき

 以上がきらま2022年10月号掲載のごちうさのを読んだ感想・考察である。今回も先月号以前から続いている海シスト編の流れを汲むものであり、その中でも今月号は終始海を謳歌している7人と言う構図と、セルフオマージュが豊富なのが特徴であり、それ故に過去のごちうさを思わせる雰囲気が色濃くある「海シスト編」の中でも特に過去の雰囲気が顕著に出ていたと思われ、古くからごちうさを知っている人なら「懐かしい」となり、他方で最近のごちうさから入った人なら「どこか新鮮」とも感じられる構図が大きな魅力でもある。

 今月号は過去のセルフオマージュが豊富な事が重要なポイントだと見ており、それはこれまでで説明してきた通りだが、何故ここまでセルフオマージュの説明に熱を入れていたかと言えば、私は昔からパロディや(セルフ)オマージュといった表現技法が好きだったからであり、他にも創作者のバイブルをも覗かせる様な表現美も好きだが、これらをしっかりと読み解く為には豊富な知識量と優れた洞察力及び連想力が必要になると私自身考えている為、私とて容易に推し量れる訳では無く、寧ろ推し量るのに苦労する事も少なくないが、それ故に読み解けた時の喜びは結構大きい且つ楽しいものであり、最近でも映画や音楽においてそれがカチッとハマった時の爽快感を嚙み締めている。

 また、今月号は構成上シリアスな雰囲気を醸し出す事も少なくない近年のごちうさにおいても特にシリアス色が薄く、豊富なセルフオマージュも相まって過去のごちうさを思わせる懐かしい雰囲気を多分に感じさせる内容だった為、私としても結構意外に思った訳だが、同時に私はシリアスな雰囲気がなくなる事はないとも思っている為、不穏な想いも捨て切れないのだが、何れにしても今月号においては、この懐かしい雰囲気を謳歌すべきなのだろう。

 そして、今月号においてもごちうさが昔から大切にしている「想いの継承」はここでも健在であり、特に今月号終盤にて明かされた「海シストの制作者」がその最たる例だと考えている。もっと言うと、セルフオマージュもある意味「想いの継承」に繋がっている側面もあると考えており、今月号は二重の意味で継承に溢れていると言えるのかも知れない。

 今回も前回に引き続ききらファンメインシナリオ第2部の感想・考察の書式を採用したが、今回で16カ月連続となるごちうさの感想・考察を書く事は止まらないと言う事をもって、この感想・考察の締めとしたい。

 

おまけ

今回の文量は全て合わせてのべ400字詰め原稿用紙34枚分である。今回は正直書き出すのに難儀する場面が少なくなく、それ故に比較的コンパクトな内容となったが、本来ならこの文量でも相当なものである為、16カ月連続して凄まじいまでの文量を書き続けてきた中で培ってきた感覚が、この文量でもどこか「コンパクト」と思わせるのだろう。感覚とは恐ろしいものである。

*1:紗路ちゃんは既に飛び込みを終えていたのか、作中において彼女の飛び込み描写は存在しない。

*2:ここでの「新世界」はアメリカを表している。

*3:尤も、ごちうさにおいては悪い方向に傾く事はまずもってないのだが、それでもあらゆる可能性があると言う事は、必ずしも良い方向ばかりに傾く訳では無い事を常々留意する必要自体はある。

*4:尚、この様な構図はごちうさにおいては割と見受けられるものであり、リゼシャロにもその様な傾向はある。

*5:余談だが、私が大好きなロックバンドである「↑THE HIGH-LOWS↓」にも「青春」と言う題名の楽曲があり、同バンドの名曲として知られている。

*6:ただ、結良ちゃんは「周りから驚かれる自分」や「闇を纏った自分」をわざと演じている節もある為、本当の心境は結良ちゃんにしか分からない。

ティッピーの魅力について

 こんにちは。今回はティッピーの魅力と、そのティッピーを演じていた清川元夢さんの演じる魅力について、個人的に思っている事を書き出したいと思います。この記事を書こうと思った理由は、ティッピーの魅力と演じ方について、ブログにて纏めて欲しいと言う提案があった事もありますが、一番は清川さんの突然の訃報です。尚、提案も清川さんの突然の訃報に係るものですが、私としては、自分がどの様にすべきなのか良く分からないと言うのが正直な所です。しかしながら、提案があった以上はブログにて書き出すべきだと私は考えているので、文量はシンプルなものとなりますが、自分が持つ想いをしっかり書き出したいと思います。

 

 では早速ティッピーの魅力、演じ方について書き出したい。ティッピーは、普段は正しく「人生の大先輩」と言うに相応しい雰囲気が魅力的な存在であり、喫茶店とコーヒーに対してただならぬ拘りを持っている事から、時に堅物屋に映る事もあるが、孫世代*1の事になるとコミカルな一面を見せる事もありながら、基本的には孫世代の事を優しく見守っている好々爺でもあり、嘗ては学生時代の青山さんに小説を書く上での助言を送った事も多々ある*2等、全体的にごちうさの中核にも関わる重要人物である。

 基本的にはラビットハウスのマスコットキャラ的存在であり、昼間営業の喫茶店スタイルの際は智乃ちゃんの頭の上に乗っている描写が多いが、智乃ちゃんが不在の時は心愛ちゃんの頭の上に乗るケースも多く、夜間営業のバータイム時にはタカヒロさんの横についているケースが多くなっている。

 また、初期においてはそれまで同年代の子達と馴染んだ経緯があまりなかった智乃ちゃんに対して、数々の助言やフォローをする描写が多く存在していたが、作中において智乃ちゃんが精神的に成長するにつれてその描写は減少傾向にある。ただ、ティッピーには「智乃ちゃんが精神的にも大丈夫だと確約できるまでは、智乃ちゃんの傍に居続ける」と言う信念がある為、自分の将来像を立てる上で必ず向き合わなければならない事が明確に表れている近年のごちうさにおいては依然として必要不可欠な存在であり、今後のストーリーにも深く関わってくるのは間違いないと思われる。

 尚、ティッピー自体はアンゴラうさぎであるが、作中では智乃ちゃんのおじいちゃんの声がする存在として描かれている。ただ、作中においてこの事実を明確に知っているのはごく限られた人物のみであり、更に何故この様な事をなったのかを知る者は、作中を見る限り基本的にはいない様である。しかしながら、細かな経緯は分からなくとも、ティッピーが今でも智乃ちゃんを始めとした孫世代を優しく見守っているのは紛れもない事実であり、その事実がティッピーの魅力をより引き立たせていると言えよう。

 そして、アニメにおいて清川元夢さんが演じていた声については、個人的には正に「人生の大先輩を体で表した演技」だと捉えており、コミカルな一面をのぞかせながらも、落ち着いた雰囲気を肌身で感じさせる声質と、孫世代を優しく見守っている事を体で表す声のトーンは正に至高の領域であり、多くの人の心を掴む演技だったと考えている。

 私としても清川さん演じるティッピーはとても印象に残っており、元々私が「声」そのものが好きである事*3と、ダンディな魅力を感じさせる声質も好みの一つである事もあって、アニメにおけるごちうさにおいて外す事の出来ない存在だと認識しており、特にアニメ3期たるBLOOMがその認識が一番強くある。何故BLOOMが一番印象に残っているかと言えば、私が初めてリアルタイムで視聴したアニメのごちうさだった事と、BLOOMにおけるティッピーの台詞が特に印象的だったからであり、非常に上質な物だったと捉えている。

 

 私も1人のごちうさファンとして、1人の声優好きとして、清川元夢さん演じるティッピーはとても印象的でありました。謹んでお悔やみ申し上げます。

*1:智乃ちゃんやその友達の事。

*2:その為、青山さんは大人になった今でもマスターに対して絶大な信頼を寄せている。

*3:これは私が声優さんが好きな理由の一つでもある。

きらま2022年9月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察

 こんにちは。最近も多忙な日々が続いていますが、夏の時期はまだ時間に余裕が生まれると思うので、9月までは一時期よりかは書き上げるスピードが上げられる様に努力したいと思います。因みに書いている時間帯は夜中が大半ですが、何時だって書いている時の想いは真面目且つ真剣です。ただ、たまに書いている内容が自分でも分からなくなる事がありますが、それに関しては夜中に書いている時だけでなく、真っ昼間に書いている時でも起こる時は起こるので、時間帯はあまり関係ありません。言ってしまえばただの処理パンクです。

 さて、今回はまんがタイムきららMAX2022年9月号のごちうさを読んだ感想・考察を書き出したいと思います。今回も前回からの「海回」の流れを引き継いだものになっていますが、今回は云わば「一部分だけで見るのではなく、全体を見る事が重要」になっており、そしてその全体像に隠された真意を読み解いた時、思わずアッとなる上質な構成が印象的でもありましたので、今回も今までと変わりなく想いを書き出していきたいと思いますが、今回からは書式を変化させて、全体的な文章構成を「きらファンメインシナリオ第2部における感想・考察」と同じ様に「初めに全体の感想を書き、後から個別の事象の考察を書く」と言うスタイルにしたいと考えています。勿論、内容そのものはごちうさ本編に準じたものなのでご安心下さい。

※注意※

最新話及び原作10巻以降のネタバレを含むものなので、その辺りをご了解お願い致します。また、ここで書き出した推察や考察は個人的な見解です。そして、最近のごちうさ感想・考察にはほぼ付き物となりつつありますが、今回も少々インパクトの強い考察や、ややショッキングな考察も含まれているので、十分に注意してください。尤も、他の人から言わせてみれば「私の冷酷さ等、世間一般で言われるものと比べれば大したものではない」と言われる事もあるので、何が本当の冷酷さなのか、私でも良く分からなくなりそうな時がありますが……。

1.はじめに

 今回のお話は木組みの街から飛び出し、海が見えてきた所で終了していた前回の直接的な続編話であり、故に今月号ではいきなりシストが記載されている街へ到着した場面からスタートしている。その為、前回のお話で木組みの街の住人7人に対して大きく貢献していたブラバ組3人は一切登場せず、あくまでも7人が主役のお話となっているのが特徴的であり、また今月号全体の流れを汲み取ると、この7人が如何にして自分達の選択を受け容れ、どの様な未来へと向かっていき、最終的にはどこに行き着くのか。その事を暗示しているとも考察できるのも特徴的である。

 今月号の扉絵は、夏らしく夏の風物詩を象ったアイテムが散りばめられた中で、紗路ちゃんと麻耶ちゃんが仲睦まじい様子を見せていると言うもので、紗路ちゃんは「レモン味の棒付きアイス」を、麻耶ちゃんは「コーンの上に異なるフレーバーを2つ乗っけたアイス」をそれぞれ持っているのだが、このアイスには、本来扉絵の考察をそこまで得意としない私でも重要な意味が隠されていると感じる事ができている。尤も、紗路ちゃんのアイスに関しては大体見当はついている一方、麻耶ちゃんのアイスに関しては今もぼやけた程度にしか理解が進んでいないのだが、何れにしてもこの意味を知った時、私は「こんな粋なメッセージを込めてくれるなんて。あれだけ意固地になって扉絵を深く考えようとしなかったのがバカみたいだぜ……。」と言わんばかりの痛い台詞が脳裏を過るのだろうが、それだけ今月号の扉絵には心を動かされたのである。

 そして、今月号は前述の通り「全体を見渡す事で重要なメッセージが見えてくる」と私自身考えており、そのメッセージがシストの目的地へと向けて、2つのグループに分かれて探し求める構図そのものに深い関わりがあると知った時には、それが彼女達にとっては多少なりとも寂しさと辛さを伴う事実だと言うのに、最早紡ぐ言葉が見付からない程の充足感と安堵感を抱いたのである。一見すると妙に思えてくるだろうが、視点を「分かれる事実そのもの」から「分かれた先に待っている未来」に変えてみると、きっとその意味がひしひしと伝わってくると考えている。勿論、視点を変えても「充足感と安堵感」の組み合わせは変に思うかもしれないし、人によっては「それでも辛いものは辛い」となるかもしれないし、それらに関しては私も重々承知している。でも、少なくとも私にとっては、それまで抱いていた彼女達が進む事になる進路に対する不安や恐怖が少しでも和らいだのは紛れもない事実であり、このメッセージから考えさせられる事も沢山あったのも事実である。今回は、そんな隠されたメッセージに込められた想いにも馳せながら、感想及び考察を書き出していきたいと思う。

2.購読した感想・考察

 まずはこれまでのごちうさ感想・考察とは異なり、きらファンメインシナリオ第2部の感想・考察にて採用しているスタイルでもある「前半は今月号全体についてと、その今月号から読み解ける事実を中心に書き出していく」のを採用したいと思う。その為、今までのごちうさ感想・考察とは大きく異なる構成となるが、内容自体は今までと変わりなく書き出していく所存である。

今回の内容全体の感想・考察

海へと続く道とその道に隠された意味

 今回はシストの目的地たる「海」がある街に辿り着いた場面から始まる物語であり、序盤は新境地たる街の雰囲気を楽しむ姿が中心だが、ほどなくして今月号最大のキーポイントとなるソーダ組」と「レモン組」に分かれて、実は2枚存在したシストの地図の解明に挑む事になる。因みにこの分かれ方は単に「食べたい味を各々が選んだ結果」なのだが、図らずもこの分かれ方には副次的な意味が複数隠されており、それは単純に「大人と子供」と言う分かれ方だけでなく、「7人が必ず向き合わなければならない事」とも「それぞれが選んだ進展地」とも言うべきものだったと言えよう。

 2つのチームに分かれて以降は、各々がシストの目的地に向けて突き進んでいく事になった訳だが、その時の行動パターンもそれぞれの個性が色濃く反映されており、そこも見所の一つだと言える。そして、最終的にはどちらもチームも目的地にたどり着くのだが、実はあの2枚の地図には「目的地までの行程が異なるだけで、最終的に行きつく場所は共通していた」と言う仕掛けが施されており、仕掛け自体はシストの地図を記した人のちょっとした遊び心と思われるが、これも7人にとってはある意味「各々が選んだ将来の選択に対して漠然と存在する不安や恐怖を少しでも緩和する要素」として機能しており、確約された事では断じて無いとは言え、7人が進む道の新たなる可能性が見えてきた訳でもあろう。

 最終的には7人揃って目的地に存在していた浜辺を思い切り堪能する場面で今月号は締められており、それ故にシストに記載されていた宝物が結局何だったのかはお預けになったのだが、木組みの街の立地上海とは基本的に縁がなかったであろう7人にとって「海を楽しめるかもしれない」と言う事実はやはり魅力的であった筈だし、現に結局7人全員が水着を予め服の下に着用していた事からも、彼女達が「海で泳いだり、楽しんだりする事を大いに望んでいた事は明白」だと言え、故にそれが現実のものになって楽しまない選択肢なんて毛頭無かった(=絶対に海を楽しみたいと思っていた)のはある意味当然と言えるため、個人的には今月号の結末には彼女達の想いを鑑みれば納得ものである。

 全体的に見れば、今月号は「今回の物語全体を広い目で見渡す事が重要な回」だと考えており、故にちょっと独特な展開だとも感じているのだが、それでも新境地においても普段と殆ど変わらない7人*1や、それぞれのチームに分かれて目的地に向けて探究する姿等、今回も「いつもと変わらない」と思わせる雰囲気は随所にちりばめられており、近年のごちうさにしてはシリアス色が少々鳴りを潜めていた事も相まって、今月号は比較的読みやすい展開だったと捉えている。尤も、今月号にて判明した事実に衝撃が無かった訳でも無いが、今までと大きく違うのは「衝撃的な事実に対してそこまで後ろ向きになっていない事」であり、各々の成長がここでも見る事ができる。

 また、前回で仄めかされた謎*2は、今回のお話では基本的にお預けになっており、この事は今月号においてシリアスさが薄まっている要因の一つとなっているのだが、これはこれで少々懸念している事が私にはあり、それは「反動から次回以降凄まじいまでのシリアスストーリーが襲い掛かってくる事」であり、ごちうさシリアスな時は普通に容赦がない事からも、中々に戦々恐々している訳だが、何れにしてもこの懸念は次回以降に対してである為、今考えても仕方が無いが、肝に銘じておかなければならないのも事実なのだろう。

ソーダ組とレモン組

 ここからは今月号において随一のキーポイントと見ているソーダ組」「レモン組」について考察してみたい。抑々「ソーダ組」と「レモン組」と言うのは、今月号序盤にて人数分購入したアイスの味によって分けられたグループであり、メンバーはソーダ組が「心愛ちゃん、紗路ちゃん、麻耶ちゃん」の3人、レモン組が「智乃ちゃん、理世ちゃん、千夜ちゃん、恵ちゃん」の4人で構成されており、グループ分けそのものの意義は「2枚存在する宝の地図を手分けして探すため」なのだが、前述の通りこのグループ分けには2つの副次的意味が存在していると見ている。

 まずは「大人と子供」と言う構図からである。これは智乃ちゃんが今回の「ソーダ組」と「レモン組」に分かれた構図に何かしらの意味がある事を恵ちゃんが汲み取っていた際に、理世ちゃんが提唱した構図であり、理世ちゃんとしては「精神年齢が子供なソーダ組」「精神年齢が大人なレモン組」と恐らく考えていたらしく、これには千夜ちゃんも「ソーダ組は放っておけない雰囲気がある」と言う形で理世ちゃんの意見に同調していたが、私としては「ケースによって精神年齢と言う意味での大人組と子供組は入れ替わる」と見ており、普段は確かに「レモン組」の方が大人みたく精神的に落ち着いた雰囲気を持っており、「ソーダ組」は子供みたいな無邪気さと好奇心旺盛さを持つ雰囲気を持っているが、こと「将来の進路に対する展望や覚悟、ここぞと言う時の精神的な強さ」で言えば、今度は「レモン組」の方が子供らしさを思わせる弱さや不安が目立つ事となり、ソーダ組」の方が大人っぽさを感じさせる覚悟や展望を備えている事になる為、理世ちゃんの言う「精神的な意味での大人と子供の違い」は、それ自体は的を射た考えだと言えるものの、私としてはそれに加えて「その違いは時の場合によって変化する」と見ている。

 因みにソーダ組の中で紗路ちゃんは、普段はどちらかと言えば大人びた雰囲気を持っている為、上記の区分けに当てはまっていない節もあるが、紗路ちゃんはカフェイン酔い時や両親との時間を過ごしている時を筆頭に、彼女とて子供っぽい面をハッキリ持っているのは事実である為、半ば無理矢理だとは言っても強ち間違いではないとは言える。

 次は「7人が必ず向き合わなければならない事」についてである。これは「ソーダ組」と「レモン組」の分け方が、図らずも前者が「将来的には木組みの街を一時的にでも離れる未来を立てている者」と、後者が「木組みの街に留まり、研鑽(けんさん)を積む事を考えている者」に分かれていた事から、将来的に7人は今の様に容易に集まる事が難しくなる事を必ず受け入れなければならないのが改めて浮き彫りになった事を指しており、逃れられない運命の厳しさを体現している。ただ、今月号においては既にこの事実を何度も突き付けられてきた経緯がある為か、7人共にこの事実に対してある程度冷静に向き合っている姿を見せており、唯一千夜ちゃんだけは理世ちゃんの反応を見るに「思い出すとショックが蘇る」と言う懸念がある様だが、千夜ちゃんの場合自分にとっての幼なじみたる紗路ちゃんだけでなく、長らく心の拠り所となっていた人である心愛ちゃんの2人が街を離れる事になる為、他の人以上にショックが大きい事情がある事は容易に察せられるし、故にデリケートな状態が長く続いても全然おかしくないとは思うものの、彼女とて真正面から受け止めなければならない事実なのは変わりない為、その意味では千夜ちゃんに対する心配は多少なりともある。

 尚、今月号において理世ちゃんは「千夜ちゃん自身、心愛ちゃんと紗路ちゃんが街から離れる事を気にしている事」を気にかける場面があり、実際に千夜ちゃんがいる目の前でその話題が飛び出したため、理世ちゃんとしてはかなり不安そうな顔をしていたが、当の千夜ちゃんは得意のメニューの名付けに夢中になっていた事から、結果的には理世ちゃんも杞憂だと判断していたが、私としては、これだけでは千夜ちゃんとしても、2人が街を離れる事に対してある程度でも気持ちの整理が付いている証明がなされた訳では無い事から、杞憂はなくなっても懸念はなくならないと考えており、元来メンタルがあまり強くない事も相まって、色んな意味で千夜ちゃんの未来が本気で心配になってくる。しかしながら、千夜ちゃんとてメンタルは弱くてもその意志は寧ろ強い方で、親しき者の動向に合わせがちな面こそある*3ものの、親しき者の期待や願望の為なら、自分から簡単には意思を曲げない強さと親しき者の為に全力を尽くせる意思を彼女は持っている事から、千夜ちゃんも紆余曲折を経ながらも最終的にはきっと乗り越えられると信じている。

 因みにソーダ組の3人の中で心愛ちゃんと紗路ちゃんは木組みの街を出る決断は既に確定しているが、麻耶ちゃんは「将来の選択肢として『木組みの街を離れて、世界を駆け巡ってみたい』と言う願望もある」と言う形に留まっており、故に麻耶ちゃんとしては2人の様に「この時期になったら必ず木組みの街を離れる」と決断している訳では無い様だが、麻耶ちゃん本人の意図や恵ちゃんの分析を見るに将来的に恐らくは木組みの街を離れる決断をする可能性は高いと言え、麻耶ちゃんらしい展望と言える。しかし、その一方で彼女は決断こそ思い切りが良いが、実はチマメ隊の中でも一番将来に対して早い段階から不安が目立っていた過去もある程に精細且つ不安に駆られやすい面があり、故に現時点では木組みの街を離れて外のセカイをみてみたいとは考えていても、いざそれが現実に実行できる時期が迫ってくると、途端に不安が増大して意思が揺れ動く可能性も否定できず、故にその動向は慎重に見る必要があると思われる。ただ、麻耶ちゃんとて1度人生における進路選択を経験した高校生であり、中学生時代からは現時点でも一回りも二回りも成長した事から、最早彼女に迷いはそれ程ないのかも知れない。

 この様に「ソーダ組」と「レモン組」からは「精神年齢が(環境によって)大人組と子供組に分けられる事」と「将来的に木組みの街を離れる未来を選択しているのか否かの違い」と言う2つの副次的意味があると見ており、後者は今後のごちうさにも深く関わってくる要素として特に重要視している。因みにこれは完全に余談だが、「ソーダ組」と「レモン組」はそれぞれ「ボケ担当とツッコミ担当」がバランス良く分かれた構成にもなっており、技量の差を抜きにすれば、普段からボケツッコミ両方そつなくこなせる人がそれぞれ1人ずつはいるのも良きポイントである。

それぞれの道の結合点

 次は「実は2枚存在したシストの地図を探し求める中で見えてきたもの」についてである。これは「シストの地図に記載された目的地に『ソーダ組」と「レモン組」に分かれて向かっていく事そのもの」に意味を見出した考察であり、前述の「『ソーダ組』と『レモン組』が、木組みの街を離れる組と留まる組に分かれている事」も重要なキーポイントの一つである。

 では、上記の一体何が重要なのか。結論から言えば「2枚存在したシストの地図の目的地は2枚共に同じであり、その道中が違っていた事実」を鑑みて、視点を変えると「将来的に「ソーダ組」が木組みの街を離れても、また何時かは「レモン組」もとい木組みの街に留まる組と再び集結する時が来る事の示唆なのではないか」という事であり、要するに「7人はバラバラになってもいつかまた集結する」と言う事をシストの地図に記載された目的地を探す過程から見出せるのではと言う訳である。そして、この事実は嘗て原作10巻終盤で青山さんが発していた台詞とも大きく関わっていると見る事もでき、彼女達は「例え歩む道はそれぞれ異なっていても、やがては再び集まる時が来る」という事実にまた一歩近付いたとも言えよう。

 ただ、肝心の再集結時期に関してこれだけではハッキリ言って全く分からない。一番想像しやすいのは「『ソーダ組』が新たな拠点先で一定の成果を見出した時」と思われるが、これも具体的な時期を見出すには程遠く、それが数年後なのか、10年後なのか、はたまたもっと未来の話なのか。そればかりはどうやっても分からない。無論、その「具体的な時期が分からないと言う事実」が、心の不安をより掻き立てる事になってしまっているのは百も承知だが、分からないものは分からないとしか言いようがないし、分かりもしない事を適当に言った方が更に傷が深くなる事を思えば、下手に喜びを掻き立てる様な出鱈目(デタラメ)だけは彼女達の為にも言ってはいけないとすら思えてくる。

 しかしながら、具体的な時期こそ分からないとは言え、大人になってから再び集結する未来を見据えられる事自体に大きな意味があると考えている。何故なら、いま彼女達が過ごしている何気ない日々が実は奇跡の賜物である様に、何年後かに再び集結できる未来が見据えられる事もまた奇跡の様な賜物だからであり、故に決定的根拠は何も存在していなくても、ただ「私達ならたとえ一時は離れ離れになってもまた集結する時がやってくる」と思えるだけでも相当に凄い事だと考えており、それは7人がそれぞれ信頼し合っている証なのだとも感じている。

今回の内容に対して思う事

ここからは主観を中心的とした展望や想いを中心に書き出していきたい。その為、ここからはやや刺激の強い内容も多少なりとも含まれているので注意して欲しい。

ほのぼのさとシリアスさ

 今月号を読み進めていく中で私が真っ先に思ったものとして「今月号は近年のごちうさとしても、前回と比べてみてもシリアスな雰囲気が薄めで、嘗ての様なほのぼのした雰囲気が中心的だった」と言うのがあり、今月号においてもシリアスな展開はなくはなかったとは言え、かの原作10巻終盤から11巻序盤の回や「銀河鉄道回」のシリアスさと比べるとその印象はかなり薄く、代わりに嘗てのごちうさの中心たる雰囲気だったほのぼのとした感触が多くあったと感じている。尤も、比較対象がごちうさの中でも特に異質だった回な訳だが、私としてはその異質なまでのシリアスさが良くも悪くも基準となってしまっており、故にちょっとやそっとのシリアスさでは驚くに驚けなくなっているのである。

 そんな印象が私の中にある今月号のお話だが、私の中でシリアスさの基準がかなり高い事を抜きにしても、麻耶ちゃんが将来的に木組みの街を離れる展望がある事が判明した以外は基本的にほのぼのした雰囲気が漂っており、特に「千夜ちゃんのおっとりした雰囲気に押され、目的そっちのけで飲み食いばかりするレモン組」「良くも悪くも大雑把な道筋を選ぶ傾向にある心愛ちゃんと麻耶ちゃんに振り回される紗路ちゃん」完全に日常の延長線上にある雰囲気であり、これらからも「何時かは簡単には見られなくなる光景」と言う形でシリアスさを見出す事も一応できなくもないが、当然ながら「可愛い」を売りにした、正に日常系を体現している作品たるごちうさにおいてそこまでしてシリアスさを見出さなければならない理由はどこにもなく、故に「今月号はシリアスな雰囲気も多少あるが、全体的にはほのぼのした雰囲気が中心」と言う印象が私の中で存在している。

 また、今月号は全体的に「心に沁み渡る発言」がそこかしこに散りばめられている印象もあり、これは「何時かは7人が再集結する未来」「分かれた道は再び一つになる」と言うのがその代表格と見ているが、これらは粋な良さを持った発言と見るのが適切であり、シリアスとはまた別物である為、やはり今月号にシリアスな雰囲気は少ないとなるが、この「心に沁み渡る発言」には、彼女達の精神的な成長を色濃く感じる事ができ、シリアスとは別ベクトルながらも考えさせられる言葉として機能していると捉えている。

 この様な事から、今月号は「麻耶ちゃんが将来的に木組みの街を離れる事も視野に入れている事があきらかになった事」を筆頭にシリアスな雰囲気そのものはあるが、それ以上に彼女達7人の日常の延長線上とも言える雰囲気がそこかしこに漂っていると言え、その事からも「今月号はシリアスよりもほのぼのした雰囲気が中心的」だと捉えている。

 しかしながら、前述の通り私はそれ故に恐れている事があり、それは「次回以降に反動として凄まじいまでのシリアスさが襲い掛かってくる事」である。抑々この「海シスト編」においては前回のお話の時点で多少なりとも気になる要素が私の中で存在しており、それは「海が目的地のシストに記された宝物が表す意味」「海がある街に向かう際にティッピーが発した意味深な発言」の2つなのだが、今月号においてはそのどちらも詳細は明らかにはならず、次回以降にお預けとなった為、その正体が分からなかったのは当然の事ながら、正体が分からなかった事で「この明かされなかった2つには、もしかすると途轍もないまでのシリアスが待ち構えているのかも知れない」と言う、最早恐怖に近い不安が掻き立てられる事にも繋がっており、故に今月号のラストで「7人が思い切り海を堪能する」と言う描写を見た時でさえも、後々になって「あれもシリアスが襲い掛かってくる前の、ひと時の幸せなのかな……。」と、とんでもなく不吉な事を考えてしまっていた自分がおり、勿論私としてもそんな事は望んでいる筈も無い(なって欲しくない)訳だが、「もしかすると……。」と言う懸念が払拭し切れない事実に今でも多少なりとも恐怖が過る。

 更に言えば、私がシリアスな物の見方を普段からあらゆる物事に対して意識しているのも、今回に限っては多少なりとも暗い影を落としている要因となってしまっており、それは嘗て私がごちうさに対する向き合い方をめぐって悩んでいた時期を思い出す様な感覚だが、あの頃とは違って今の私は「どんなにシリアスな展開でもそれを受け止める覚悟」を持っている為、私が挙げた2つの未確定要素がどんな属性を持っていたとしても、私としては真正面から受け止めるだけである。

麻耶ちゃんが秘めし展望

 次は麻耶ちゃんが明かした彼女自身の将来の展望に対して思った事である。麻耶ちゃんは今月号にて「自分が知らないあらゆるセカイを探究する為に、将来的には木組みの街を飛び出すかもしれない事」を明かした事は今までに説明した通りだが、私としては確かに衝撃こそあったものの、麻耶ちゃんが7人の中でも好奇心旺盛である事と、彼女はあらゆる未知のセカイを以前から追い求めていた事を思えば、麻耶ちゃんがこの様な意思を持つのはある意味当然の道理と私自身考えており、故に前向きに彼女の展望を応援したいと思えている。勿論、不安もなくはないが、麻耶ちゃん自身がその様な展望を持つと言うのなら、それを尊重して受け止めてあげるのが私に課せられた役目だと思っている。

 ただ、幾ら麻耶ちゃんが持ち前の好奇心旺盛さ故に、まだ見ぬセカイを探究する為に木組みの街を離れる決断をする事さえ想定できる事だと言っても、それを受け止める事が誰にとっても容易ではない事もまた真実だと悟っており、それ故に麻耶ちゃんには木組みの街を離れては欲しくないと思うのもごく当たり前な事だと私も考えているし、私とて麻耶ちゃんまでも木組みの街を離れる検討をしている事に寂しさを覚えている事にも正直違いはない。それだけ慣れ親しんだ木組みの街において、かけがえのない仲間がいる中で街を一時的にでも離れる決断をする事は、それ相応に辛さや痛みを抱えなければならない事だと私も認識している訳である。

 しかしながら、何故麻耶ちゃんがその様な辛さをも伴う「一時的にでも木組みの街を離れると言う検討」をしている事を知った上で、それでも私が前向きに応援したいと思えたのか。その理由としては、今月号において麻耶ちゃんの幼なじみである恵ちゃんが既に麻耶ちゃんの将来の意思に勘付いていた様に、私としても「麻耶ちゃんがその様な展望を秘めているなら、たとえそれが多少なりとも痛みを伴うものであったとしても、彼女が持つ本気の意思を心から受け止めてあげたい」と思えているからであり、そこにはこれまでも飛躍的な成長を遂げてきた彼女達の軌跡や、原作10巻終盤において麻耶ちゃんより一足先に木組みの街を離れる決断を表明した心愛ちゃんと紗路ちゃん2人の「さらなる成長を目指す為に街を離れても、決して木組みの街を見捨てる事はない」と言う意思も大きく関わっており、要は「彼女達が持つ無限の可能性と、彼女達が秘めし木組みの街を愛する感情を私は心から信頼しているからこそ、麻耶ちゃんの大きな展望を知っても心から尊重できる」と言う訳である。

 勿論、私としても麻耶ちゃんがこのまま順風満帆の道筋を辿っていくとは正直想像できないし、故にこれから幾多の苦難や現実を知っていく中で、麻耶ちゃんの意思が揺れ動く事は確実にあると思っており、麻耶ちゃんは心愛ちゃんと紗路ちゃんよりも年下である為、云わば「先輩が直面する事になる現実を目の当たりにする運命」である事も拍車を掛けている。ただ、麻耶ちゃんには持ち前の好奇心に裏付けされた抜群の行動力があり、幾多の不安を解消できるだけの仲間が沢山おり、何より彼女は勇気を出して飛び込む事で見えるセカイがある事を中学生時代の進路選択の時に知っている。それを思えば、少々の不安があっても麻耶ちゃんを信じ抜こうと思える大きな原動力として最早不足は無いと思う訳である。

残された懸念事項

 最後に私の手では今月号時点では十分に読み解けず、且つそれが今後のごちうさにも関わる事として私が気になっている懸念事項について書き出したい。これは単刀直入に言えば「今月号時点でも私にとっては分からなかった謎」であり、私の中では「先月号で見せたティッピーの意味深な発言」「『海」が目的地のシストが示していた宝物」の2つがそれに当たっている。

 まずは前者である。このテーマが私の中で謎のままになったのは、抑々今月号においてティッピーが台詞を発する場面が基本的に無かったからなのだが、これに関しては私自身別に分かった事があり、それは「智乃ちゃんとしてもティッピーもといおじいちゃんに話しかけたい願望が、現時点でもかなり少なくなっている事」である。智乃ちゃんは元々自分の中で整理が付かない事があると、大抵はおじいちゃん相手に相談をしていた傾向があり、それは「おじいちゃんを自分の中での一番の拠り所としていたから」だと思われ、時期としては智乃ちゃんが周りの友達に対してまだ十分に心を開き切れていなかった頃に良く目立っていたと見ている。しかしながら、智乃ちゃんも心愛ちゃんを始めとしたかけがえのない友達に対して少しずつでも心を開いていく中で精神的に少しずつ成長していき、その過程で徐々におじいちゃんだけを頼りにする事も減少していき、今となっては自分にとってかけがえのない家族同然の親友をまずは頼りにする事が彼女の基本となった事で、結果的にティッピーもといおじいちゃんと会話する事もかなり少なくなったと考えており、故に今月号においてティッピーの台詞が基本的に無かった事は、間接的に智乃ちゃんが嘗てとは見違える程に精神的に成長している事の証でもあると見ている。

 ただ、それによって智乃ちゃんが絶対に向き合わなければならない事として「おじいちゃんが完全にいなくなる事を受け容れなければならない事」があり、先月号におけるおじいちゃんの意味深な発言は、正にこの「来たる時に必ずやってくる別れ」を想起させる内容であったために、私としても今月号においてティッピーの台詞が基本的には存在しなかった事で、今月号を読んだ後でも謎が残る懸念事項として残り続けている。そして、これに関してはいつどのタイミングでその時が来るのか私自身殆ど分からないため、長らく懸念事項として燻り続けている大きな要因でもあり、正直私はこの事例をどの様にして向き合うべきなのか、良く分からなくなる事もあるのだが、それでも私はこの事例から逃げずに今後の動向を見守り続けたいと考えている。何故なら、ここまでごちうさを愛し続けたのなら、この事例も最後までしっかり見守らなければ、後から私は知ろうとしなかった事を絶対に後悔する事になると私自身考えているからであり、言ってしまえば自分で自分の思想に縛りを付けている訳だが、それだけ私にとっては絶対に知らなければならないと思っているのである。

 次は後者である。後者が私の中で謎のままになった理由は「果たして浜辺そのものが宝物」なのか、はたまた「浜辺周辺を探し求める事で見つかる宝物」なのか、今月号だけではその判断が付かなかった為であり、これに関しては本来そこまで懸念する必要も無いのだろうが、前述の通り私には「次回以降今月号の反動として凄まじきシリアス展開が襲い掛かってくるかも知れない恐怖」がある為、普段ならさほど気にせず流せる事も嫌に気になる懸念事項としてのし上がってくる訳である。尤も、これに関しては流石に次回明らかになると思われるので、そう長い事悩む事も恐らくはないと思われるが、その明らかになる内容がシリアスでない保証などどこにもない為、不安は心の片隅ながらも確実に燻り続けている。しかしながら、ごちうさに対するこの手の不安は別に今に始まった事でも無く、故に不安で己のごちうさに対する「好き」という気持ちを食い潰してしまう危険性はまずもってなくなっている現状である事から、やはりそこまで神経質になる必要も無いのかも知れない。

 余談だが、私がごちうさの中でも相当に異質且つ奇特な雰囲気を醸し出す狩手結良ちゃんや、作中でも特にシリアスさが顕著な原作10巻終盤や「銀河鉄道回」において、恐怖に慄く事はありながらも挫ける事はなかったのは、私自身普段からごちうさに対してもシリアスな思想を内在化させているが故に、いつの間にかシリアスに対する耐性が強くなった為で、シリアスな雰囲気が顕在的に表れる事も少なくない近年のごちうさにおいてはそれなりの効果をもたらしているが、当然ながら一筋縄ではいかない内容も大いに含まれる概念である事から、時に自分でも良く分からないままに、悪魔の様な感情に心をかき回される感覚に苛まれる事が度々あるのも事実である。尤も、それは人間なら誰しもが持つ感情に揺さぶられている事を意味するのだが……。

3.あとがき

 以上がきらま2022年9月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察である。今回は先月号からの直接的な地続きの物語となっている事から、ごちうさでは珍しい「海」が序盤から物語に深い関わりを見せており、また先月号では正しく「陰の立役者」を演じたブラバ組の3人も今月号では一切登場していない事から、先月号よりも更に原作9巻以前のごちうさを思わせる趣が強くなった印象があり、それは一時的なものであっても深く心に残るのは言うまでも無いだろう。

 今月号は「『海』がある街に辿り着いた7人が、如何にしてシストに掲載された目的地を目指し、その目指す過程で何を思い、何を手にしたのか」が重要な要素だと見ており、「ソーダ組」と「レモン組」と言う、元々は食べたいアイスの味がどっちだったのかが発端だったグループ分けに隠された副次的意味や、7人が向かうべき道筋に待つ一種の試練やその先の結合点がそれに当たる訳だが、私にとってそれらの内容に対してより一層現実のものとなった一筋の希望も、未だに払拭できない一抹の不安もあったのは紛れもない事実であり、故にその心情は決して一つの色には染まらないのだが、それも「7人が必ず向き合わなければならない事が源流」だと言うのなら、期待も不安も全て抱え込む覚悟を私も一緒に持つまでである。

 また、今月号においては麻耶ちゃんが作中において、将来的に「新たなるセカイを見つけるため」に木組みの街を一時的にでも離れる事も視野に入れている事実が明確になった訳だが、これに対して私としても「少々寂しくなるものだ」なり「好奇心旺盛な彼女ならあり得る選択肢」だの、色々な想いが駆け巡ったが、それらをひっくるめて私から言える事は「麻耶ちゃんらしい展望である一方、彼女の想いは紛れもなく本物」だと思った事であり、故に私が麻耶ちゃんの展望を無理にでも止めなければならない道理が最早なくなった事を悟り、彼女の意思を全面的に尊重したいと思うのに時間はそれ程掛からなかった。勿論、彼女に対する不安が完全に消えた訳では無いが、彼女の底知れない想いの本気度を鑑みるならば、私にとって彼女の意思を尊重する以外の道はないと考えているのである。

 そして、今月号では一部を除いて近年のごちうさにしてはシリアスさが少々控えめであり、故に先月号の感想・考察にて私が立てていた「凄まじい展開」は登場していなかったが、何度も言う様に今後に反動として凄まじいまでのシリアスが襲い掛かってくる可能性もある上、私も今月号では解消し切れなかった2つの懸念事項がある事から、楽観的になれる程の感触は無いのだが、それでも新しいごちうさは毎月のようにやってくる事と、たとえ私が立ち止まってもごちうさは待ってはくれない事を思えば、あらゆる感情を秘めながらも走り続けるまでである。

 今回は私が書いているもう一つの分野でもあるきらファンメインシナリオ第2部の感想・考察の書式に合わせたスタイルを採用している為、今までのごちうさ感想・考察文とは異なる部分も多々あったと思われるが、書式が変わっても熱意は変わらない事をもって、この感想・考察の締めとしたい。

 

 

おまけ

今回の文量は全て合わせてのべ400字詰め原稿用紙36枚分である。今回は書式を変えているので単純な比較は難しいが、書式を変えた事で以前にも増して私の秘めたる想い(特にシリアスな雰囲気に関する事)が書き出せる様になったのも事実であり、良くも悪くもより自分に正直な内容にはなったと考えている。

*1:恐らく旅行編での経験が彼女達をそうさせるのだろう。

*2:海が目的地のシストの全貌、ティッピーの意味深な発言の真意等。

*3:これも彼女が実は寂しがり屋なことと、彼女は友達の為に一念発起できる人である事の表れでもある。

きらま2022年8月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察

 こんにちは。私自身更に多忙となり、先月もブログ記事を完成するまでにかなりの時間が掛かってしまいましたが、これは私の時間の使い方が上手くなかった為で、今月はそれなりにスケジュール調整を立てた上で書き進めようと考えていますので、時間こそかかるとは思いますが、先月よりかは早く進められるように努力したいと思います。

 さて、今回はまんがタイムきららMAX2022年8月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察を書き出したいと思います。今月号は先月号のブロカント(古物市)において、心愛ちゃんが購入したものから古いシストの地図が見つかった事で始まる回であり、テーマとしてもごちうさではとても珍しい「海」が登場したり、シストをめぐって今後の展開の布石になっていたりと、全体的に今後の展開を位置付ける重要なお話の雰囲気があり、それ故に今月号も思わず琴線に触れる様な事柄が多いので、今回も今までと変わらない想いを書き出していきたいと思います。

※注意※

 最新話及び原作10巻以降のネタバレを含むものなので、その辺りをご了解お願い致します。また、ここで書き出した推察や考察は個人的な見解です。そして、今回は比較的マイルドとは言え、やや暗い考察や重めの内容もなくはないのでご注意下さい。

1.はじめに

 今回のお話はシスト*1を発端にしたものであり、主軸となるメンバーも木組みの街の住人7人と、原作9巻中盤付近までのごちうさを想起させる様な構成になっているのがポイントである。その為、今月号はブラバ組を除いた既存メンバーに中心的な焦点が当てられているのだが、今月号はその既存メンバーの事情をめぐって中々スケジュールの折り合いつかないと言う描写が存在しており、最終的には丸く収まるとは言え、全体的な流れの見方によっては「原作10巻終盤から11巻序盤で明かされた『運命のターニングポイント』をどことなく意識している」とも見て取れ、それは「何れは向き合わなければならない命運」を暗示しているとすら思えてくる。

 今月号の扉絵は、先月号や先々月号の様な「扉絵の構成もその回のストーリーに深く絡んでくる」と言ったテイストから、「その時の季節に合わせた雰囲気が盛り込まれている」と言ったテイストになっており、故に今月号の扉絵は、私としては今月号全体のストーリーも鑑みて「今後の展開を暗示するとともに、作中の季節と現実の季節を採り入れた内容になっている」と捉えている。尚、ごちうさの扉絵は昔から意味付けが豊富なので、故に今月号の様な描写も至って普通に存在しているのだが、なまじ先月号までとテイストが変わっていたので、初めて見た時はそのテイストの変化っぷりに驚いた。

 そして、今月号を読んでいく中で私が特に気になったのは、良くも悪くも嘗てとは一線を画す雰囲気が増えてきた近年のごちうさにおいても、ハッキリと描かれている印象がさほど無かった「蠢く不安や後悔に対する向き合い方が、限定的とは言え今月号は割とハッキリ描かれていた事」であり、これは恐らく原作10巻から11巻にかけて描かれていた「高校3年生組が決断している進路選択に伴う運命の岐路」*2が大きく関係していると考えており、これを汲む事で今後の展開がある程度読めてきそうなものだが、ここでは「その『不安や後悔』に対する向き合い方がどの様なものか」を中心に書き出していきたい。

2.購読した感想・考察

新たなる世界への誘(いざな)いと厳しい現実

 今月号は「『海』が目的地のシストの地図を手にした心愛ちゃんが、皆を誘って『海』に向けて出発するまでの物語」が中心となっており、故に今月号では海は登場していないのだが、今回は『海』に行くまでの物語も非常に重要であり、そこには多くの苦節が見え隠れしている内容になっている。と言うのも、心愛ちゃんと紗路ちゃん、そして千夜ちゃんは現時点で高校3年生であることと、現時点でも結良ちゃんを含めた11人全員がアルバイト勤務を行っているもしくは検討を開始している為、抑々「皆でどこかに遠出する事」そのものが容易な事では無くなっているからであり、この事実は私が今月号に対して強く感じている「不安や後悔、そして運命のターニングポイント」にも深く関わっている。

 この様な背景もあってか、今月号前半はごちうさでは比較的珍しめの「現実はあくまで厳しいと思わせられる内容」が割とストレートに描写されており、ギャグ要素も散りばめられているとはいえ、全体的に見れば10巻終盤から11巻序盤程の異質さでは無いが、普段のごちうさの様な雰囲気とも言い難い構成になっているのは事実である。ただ、冷静に考えてみても殆どのメンバーが既に学業とアルバイトと言う二足の草鞋を履く環境下にあること、心愛ちゃん、紗路ちゃん、千夜ちゃんの3人は高校3年生故に進路選択を迫られていること、神沙姉妹にしても将来的にアルバイト勤務を視野に入れていることから、現時点でも「全員揃って外出する事が難しいのはどう考えても明白」であり、それ故に今月号の展開も正直「何時かは必ずぶつかる事が分かり切っていた壁」とも言えるのだが、その壁にぶつかった時の心愛ちゃんの凹み具合は相当なものであり、その威力たるや、心愛ちゃんの涙ぐんだ反応を見せられたが故とは言え、少々の苦難・苦行ではまずもって動じない理世ちゃんですら思わず涙を見せる程だった*3為、私としてもその心中は中々に複雑なのだが、それでもこれまでのごちうさには早々無かった新鮮味溢れる展開は特筆すべきポイントであり、前半ではそんな新鮮味溢れる展開と、心愛ちゃん達が見せた絡みから見えてくる概念について書き出したい。

「海」へと導く道しるべ

 今月号前半の重要キーポイントは、何と言っても心愛ちゃんが先月号のブロカントで買った品物から見つけた「目的地が『海』のシストの地図」であり、これに関してはそれまでのごちうさでは殆どなかった『海』が登場してきた事もあって心愛ちゃん達の驚きと衝撃が入り混じっていたのも印象的だし、私としても「遂にごちうさでも海が登場してきたのか……!」と思ったものである。因みにシストの地図はかなりの年代物らしく、故にそれ相応の年季の入ったものが地図に記された所に眠っている印象が見受けられていたが、そうなってくると私としては心のどこかで「今回の地図は誰からの贈り物なのだろうか?」となってくる訳だが、当然の事ながら今月号時点では分からず仕舞いであり、今後のお話においてもそれが明かされるかどうかは正直不透明だと言うのが私の考えである。しかしながら、作中においてブロカントは「誰かの想いが熱烈に込められた物の交流場」と言う一面が強く存在しており、それは先月号のブロカントや原作5巻のブロカントを見れば一目瞭然な訳だが、私としてはそれ故に「今回の地図にも誰かの想いが熱烈に込められている」と思ってやまず、しかも目的地がそれまでのごちうさでは殆ど見かけなかった「海」ときたのだから、もし仮に誰が記した地図なのかは終ぞ分からなくても、その地図に記された場所に何か強い想いが込められているのは読み解けるし、ひいては「このシストの探究を通じて、彼女達は更なる高みへと躍動していく」とも思っている。

 そんな「海」への道が記されたシストの地図だが、これにはメッセージアプリを通じて情報が送られてきたマヤメグの2人もびっくりであり、フルールでバイトをしている麻耶ちゃんはその場に居た紗路ちゃんと夏明ちゃん2人に、甘兎さ庵でバイトをしている恵ちゃんは千夜ちゃんと映月ちゃん2人にそれぞれシストの事を伝えているが、神沙姉妹は2人してプライベートビーチで「海」を楽しんでいた過去がある為か、「海」に対してさほど興味がない様子*4であり、紗路ちゃんにしても予定が合わないと言わんばかりの趣旨の反応を示しており、千夜ちゃんに至っては新作メニュー名の創作に没頭且つ苦心惨憺*5していた為、抑々話を聞ける状態になかった(後に電話で不参加を表明)と言う結果であり、また冬優ちゃんにしても「海は苦手」という事で事実上の不参加表明をしており、これには智乃ちゃんも納得していたが、何れにしてもこの時点で「皆で集まって遠出をする事」が昔と比べて難しくなっているのは明白であり、結局この時点でラビットハウス3人だけで海を目指す事がほぼ確定し、理世ちゃんが気を利かせて結良ちゃんを誘ってみるも、彼女も不参加を表明する結果に終わる事となった為、この時点では完全にラビットハウス3人組だけでのシストとなってしまったのである。

 この様なシビアな現実が見え隠れした展開に対して私としてはごちうさにしては珍しい展開」とは思ったものの、前述した様に心愛ちゃん達は基本的に「学業とアルバイトを両立している身」である事から、全員でどこかに遠出する事が難しいのは明らかな事実であり、実際に今までのごちうさでも、誰かがバイト若しくは学校の都合で集合できない若しくは遅れてやってくると言う展開は度々存在していた事から、私自身「何時かは必ず直面する事だった」とも「今までがある意味奇跡だった」とも思わなくもなく、それ故に今回の事例に対してごちうさにしてはシビアな展開だが、彼女達が勤勉実直な事を鑑みれば、何時かはぶつかる事にならざるを得ない壁だった」と言うのが私の正直な想いだが、それでも今月号の様に「殆どの人が都合が付かずに行けないと言う意思表示をする」と言う展開はほぼ皆無であった為、シビアな現実そのものに対しては一定の理解を示せたものの、ラビットハウス3人組以外の予定が全く合わなかったと言うのは只管に衝撃的であり、この時点でも正直そこまで直視できる様な展開では無かったのだが、私が更なる衝撃を受けたのはこの先にあったのである。

落胆と再起

 ここまででもかなり衝撃の振れ幅が大きい展開であったが、私が衝撃を受けたのは皆が容易に集合できなくなっていると言う事実に打ちのめされた心愛ちゃんが力なく発した言葉にあり、その言葉からは普段の楽観的且つ前向きな心愛ちゃんの姿はなく、そこにあるのは「大人になる事の哀しみと悲愴感」をもろに感じさせる程に傷心した心愛ちゃんであった為、これだけでも相当なものだが、加えてそんな心愛ちゃんを励まそうと声を掛けた理世ちゃんでさえも、心愛ちゃんの痛い所を突く一言を涙ながらに訴えかけられた事で、普段滅多な事では弱らない彼女でも途端に涙目になっていた事も殊更に衝撃的であり、理世ちゃんとしても友達と集まれないのは寂しいとともに、心愛ちゃんには弱っていて欲しくないと思っているのが窺える場面でもある。

 心愛ちゃんが呟いていた「大人になる事の悲しみと悲愴感」について私としては、これはどう足掻いても「それが現実の厳しさ」だと言わざるを得ない内容だと思う程に、心愛ちゃんが核心を突く様な発言をしていた為、正直どの様に言及するべきなのか良く分からないのだが、事実問題として心愛ちゃんは自身の姉であるモカさんと対等だと思える存在になる為にも、高校卒業後に木組みの街を離れ、パンの修行に出る決断を内に秘めている事が原作10巻終盤において明らかになった訳だが、その決断をする事で否が応でも木組みの街にいる友達とは容易には集まれなくなる事も覚悟しなければならないのは自明の理である事から、今回の心愛ちゃんの発言に力が無かった事や、友達と容易には集まれない事に対して寂しさを覚える事自体は、人間なら誰しもなり得る事なので十分に理解及び納得できる訳だが、その一方で心愛ちゃんが立てている将来像を目指す為には、この様な厳しい現実もきちんと受け入れなければならないのも事実である為、やはり私としては「それも乗り越えなければならない試練」と思わざるを得ないのだが、この様な厳しい意見を持っているのは心愛ちゃんが本気で叶えたい夢がある事を知っているからであり、故に迷いはあってもその意思は堅牢である。

 また、心愛ちゃんの涙ながらの発言を聞いて思わず涙を浮かべていた理世ちゃんについても、理世ちゃんが情に脆い一面があるとは言っても、普段は直ぐに切り替えて気丈な振る舞いに戻り、心愛ちゃん達をフォローする役回りをする事が大半な為、今回の様に相手の感情に感化されたままその感情を引き摺るのは珍しく、故に中々に衝撃的だった訳だが、この様な事になったのは、恐らく理世ちゃんにしても心愛ちゃんの力なき発言が的を射た内容だと理解していた事と、フォローを入れようにもそれを確約できるだけの保証がどこにもないも分かっていた事から、彼女も心愛ちゃんと同じ様に友達と容易に集まれない事に対する寂しい気持ちが、心愛ちゃんの涙目を見た事で一気に増大したためだと考えられるが、何れにしても心愛ちゃんも理世ちゃんも「大人になるなら必ず背負わなければならない事実の一端」を今月号にて突き付けられた事に対して、かなりの寂しさと悲愴感に襲われていた訳であり、それは普段の2人からは想像だに出来ない程の痛々しさを感じさせる雰囲気となっている。

 ここまで悲しみに暮れる雰囲気が続く展開だが、ここで心愛ちゃんと理世ちゃんのやり取りを見ていた人が喝を入れ、そこから再起する流れとなっていくのだが、その喝を入れた人が智乃ちゃんなのかティッピーもとい智乃ちゃんの祖父なのかが私にはハッキリ分からず、多少なりとも困っているのだが、台詞の勢いや口調を見るに恐らくはティッピーだと思われ、その喝の内容は正に「酸いも甘いも噛み分ける様な人生を送ってきた智乃ちゃんの祖父の、正に『人生の大先輩』だからこそ言える事」と思うに相応しいものである。そして、その喝によって心愛ちゃんと理世ちゃんはネガティブな雰囲気からすぐに脱し、再び『海」が目的地のシストに対して邁進(まいしん)するのだが、冷静に考えてみてもかなり凹んでいた2人を一瞬にして元の2人に戻すだけの言葉を送れるティッピーはやはり凄いと思うし、ラビットハウスの良い関係性が良く分かる場面だとも思う。

 この様に今月号前半は場面によって登場人物の気持ちの浮き沈みが激しい面があり、故にどこを読んだり考察したりするかでその印象は大きく変わる訳だが、その中でもインパクトが大きいのは「新たなる目的地たる海に向かう事実に心を躍らせる場面」「友達と集まって遠出をする事が決して当たり前の様に出来る事では無かったと思わされ、その現実に少なからず意気消沈する場面」だと思われ、何れも今までのごちうさでは見られなかったインパクトを伴っていた印象があったが、この様な事実を突き付けられた上で更に複雑な気持ちにさせるのは、10巻終盤から11巻序盤で明かされた心愛ちゃんと紗路ちゃんの「自分の夢の為に木組みの街すらも離れる覚悟」が描写されている事を鑑みると、今回の苦難も「将来を見据えるなら必ず受け止めなければならないと否が応でも分かる事」であり、ストレートに現実の厳しさを物語らせる描写は見ていて心に刺さるものがあるが、一方でティッピーの「酸いも甘いも噛み分けてきた人生に裏付けされた喝」によって再び気概を取り戻す勇ましい場面もあり、故に今月号で垣間見えた厳しい現実は「例え受け入れ難い程の現実でも前を向いて進まなければならない時もある」とも「立ち止まっていては何時までも成長はしない」と言った厳しいテイストにも感じられる訳だが、これを一連の流れとして捉えると「厳しい現実に一度は気後れするものの、ティッピーの喝を受けて、現実を受け止めた上で再び歩みを進める」と言う流れになり、この場合単なる厳しさだけには留まらず、その厳しさをどの様に受け止めていくのかも見える様になる為、ここでも新たな「成長(と言うより覚悟)」が見て取れる訳である。

後悔なき選択と新たなる未来

 ここから今月号後半と行きたい。今月号後半では前半の「厳しい現実を目の当たりにされる」のとはうって変わり、数多くの「粋な計らい」によって一度は諦めた7人でのシストの探究が再び現実のものになったり、その前段階でもラビットハウス3人組のみでも前向きになっていたり、その過程で理世ちゃんが「今後のごちうさにおいては非常に肝要」となる発言をしていたりと、前半とは別ベクトルで胸を打たれる展開となっているのが特徴である。その為、後半では最近のごちうさではよく見かける「友達との繋がり」「一つ一つの出来事を大切に想う心意気」なるものがひしひしと感じられ、10巻終盤から11巻序盤で明かされた大きな決断を嚙み締めながら想いを馳せると、その想いはより一層大きなものとなるだろう。

 尚、今月号では「シストの目的地へ向けて出発するまで」に重点が置かれている為、今回のお話では「海」は最終局面で登場する程度の端役となっているが、その出発をめぐって今回は目立ったハプニングは発生していないものの、ティッピーの意味深長な発言が、最後の最後に一縷の不安を掻き立てているのが印象的であり、やはり「来たる現実からは絶対に逃れられない」と言う訳なのだろうが、一方でティッピーの発言は、それだけ「智乃ちゃんが精神的にも成長した証」でもある為、何とも言い難い感触はあるが、それは今後の展開に譲ると言う事なのだろう。

理世ちゃんの展望と後悔なき未来

 前述の様な紆余曲折を乗り越え、何時もの調子を取り戻したラビットハウス3人組は、遂に出発当日を迎える事になるのだが、そこで智乃ちゃんの父であるタカヒロさんが見せた立ち振る舞いが正に粋な計らいを地で行く印象があり、元々茶目っ気ある一面を見せていたタカヒロさんだが、今月号にてもそれは健在な事をまざまざと感じさせてくれている。そして、まずはココチノの2人がラビットハウスを出発し、後から理世ちゃんと合流するのだが、その時に理世ちゃんの口から明かされる、彼女が何故このシスト探究に参加しようと思ったのか。その理由が個人的には相当に感慨深かったのである。

 理世ちゃんが明かしたその理由とは、云わば「些細な事でも後悔が残らない決断を意識したい」と言うもので、これは普段の理世ちゃんならまず言い出さない事である上、客観的に見ても親密な仲柄相手に言い出すのは結構照れくさいのは明白な為、心愛ちゃんに指摘された際に理世ちゃんは思わず必死になって照れ隠しな行動に出ていたが、私としてはこの理世ちゃんの発言は「ある種の真髄」とすら受け取っており、照れくさいのも十二分に分かっていたが、それ以上にそう遠くない未来にやってくる「一旦は離れ離れの道を歩む事になると言う現実」に対して、「その現実が分かっているなら、私はその時までのきっかけ全てに対して後悔なき選択をしていきたい」と言わんばかりの彼女の強き想いに心を打たれたのである。

 今振り返ってみれば、ごちうさ「心愛ちゃんを中心にしてセカイがどんどん拡張されていき、その拡張はとめどなく続き、またそのセカイは永遠たるものである」と言う印象が強くあった様にも感じており、特に原作4巻以降心愛ちゃん達の親密度が更に濃いものになった事により、その印象はより鮮明になっていき、最初はそんなセカイに対して戸惑いと苦悩が隠し切れなかった私も、時が経つにつれて戸惑いも苦悩も消えていき、何時しか心の何処かで「このセカイはずっと続いていくもの」だと思う様になっていた。そして、原作8巻から9巻にかけての旅行にて後のブラバ組たる冬優ちゃん、夏明ちゃん、映月ちゃん3人との出逢いを果たし、9巻後半で木組みの街に来訪してからはその3人を含めたセカイの拡張となり、10巻では理世ちゃんの同級生兼幼なじみである狩手結良ちゃんも含めて、セカイはさらに拡張の一途を辿り、これからもそれが続いていくかと思いきや、10巻終盤から11巻序盤で明かされた事実は、そんな希望的観測を容赦なく打ち砕いたと言わざるを得なかった内容であり、そこで「今までのセカイは決して『当たり前』なんかではなく、何一つ欠かす事の出来ない要素の上に成り立っていた、云わば『奇跡の日々』だった」と改めて思い知らされた。尤も、その事実が全く予想できなかったと言えばそれは嘘になるし、事実原作10巻終盤で明かされた事実も、今までのごちうさを振り返ってみると「きちんと筋が通った堅牢な決断」だと分かる様になっており、もっと言うなら原作10巻終盤以前も「今のセカイは決して確約されたものではなく、幾つもの奇跡と運命的な選択の上に成り立っているもの」と分かる描写そのものはあったのだが、それでも原作10巻終盤の「2度にわたって時間差で衝撃的な現実を唐突に突き付けられる」に比べれば全然可愛いもので、あの衝撃に勝るものは正直無かったと思う。

 しかしながら、原作10巻終盤にて「今の優しさと幸せに満ちたセカイは、数々の奇跡と運命的な選択の上で成立していた、正に『奇跡』の日々であり、それはなにも確約されたものでは決してなかった」とハッキリと分かった事で、「その奇跡の様な日々に対して後悔の無い様にしていきたい」と言う想いがより鮮明に伝わるとも考えており、理世ちゃん自身がこの様な現実に対してどこまで考えているかは分からないものの、少なくとも「今の日々を後悔が無い様に過ごしたい」と思っているのは事実であり、そこには彼女なりの「これからやってくる現実との向き合い方」如実に示している様にも思えてくる。 

 ここまで色々と書き出してきたが、纏めると私が理世ちゃんの発言に対して「ある種の真髄」とまで思った背景には、彼女が原作10巻終盤にて「今まで当たり前の様にあったセカイが、実は奇跡のバランスの上に成り立っていた賜物だった」とハッキリ突き付けられ、今月号においてもそれを裏付ける様な現実に見舞われる中で、心愛ちゃんに触発されて涙を見せる一幕がありながらも最終的には「己の信念を強く反映した考えを構築していた事」が大きく、また理世ちゃんの「些細な事でも後悔なきように」という信念が、私自身が持つ信念とシンパシーを感じたのも理由として存在している。そして、理世ちゃんがその様な信念を掲げた理由として私は「これから必ずやってくる現実との向き合い方を示す為」とも認識しており、現時点ではまだそこまで重要ではないとは考えているが、今後の展開次第では重要になってくるとも認識している。

集結の時と粋な計らい

 紆余曲折がありながらも元の気概を取り戻したラビットハウス3人組とティッピーだが、ここから良い意味で衝撃の展開が続く。と言うのもラビットハウス3人組とティッピーで、シストに描かれていた「海」へと歩みを進めた矢先、まずはマヤメグの2人が合流し、そのあとすぐに千夜シャロの2人も合流する事で、一度は断念せざるを得なかった「7人でのシスト探究」が何と叶えられる事になったからであり、これには只管に驚きものだが、これにもちょっとした粋な計らいが存在しており、それは抑々千夜シャロとマヤメグが当初シストの探究には行けそうもなかった最大の理由として「バイトのシフトが上手く噛み合っていなかった事」があった中で、これを知ったブラバ組の3人が「代わりにバイトのシフトに入る」と言う形で4人の都合を付けられる様にして、7人でシストの探究を出来る様にしたと言うもので、ブラバ組3人にとっては「ありのままの私達を受け止め、理解ある友達として、私達に色々としてくれる事に対するお礼」だそうだが、私としては「これ程粋でかっこいい事も早々無い」と思うまでにブラバ組の行動は凄いと考えている。尤も、肝心の仕事の能力に関しては、神沙姉妹の2人して冬優ちゃんから「大丈夫ではない」と心配される面もあったが、何にしてもブラバ組の粋な計らいは相当にかっこいいと思う。

 ところでブラバ組の粋な計らいについては私自身相当に美しいものだと捉えているが、何故ブラバ組がこの様な事を行ったのかは気になる点であり、作中では「普段のお礼」として描写されているが、私が気になるのは「ブラバ組の3人は、木組みの街の住人7人が抱えている『現状や未来』を詳しく知っていたのかどうか」であり、最早容易には集まれなくなっている7人の現状を踏まえて、今回の様な粋な計らいを見せたのか、それとも純粋に普段の恩返しがしたくてこの様な計らいに出たのか。結論から言えばどちらであっても「ブラバ組は友達想いの優しい人が集まっている」となるのだが、この2つではブラバ組が木組みの街の住人7人に対して与える意義に若干の差異が生ずるため、何れの場合もブラバ組の人柄の良さを証明しているのは疑いない事実だとは言え、私としてはどちらであるのか少々気になった所存である。

 何れにしても肝心なのは「ブラバ組の3人がどちらの考えを重視しているのか」だと考えており、私は今月号の流れを踏まえた上で、冬優ちゃんは木組みの街の住人7人が抱える現状や未来の進路選択を目の当たりにしていることと、神沙姉妹2人は普段から7人に対して相当な恩義を感じていることを鑑みて、冬優ちゃんは7人の未来を見据えた思想寄りの、神沙姉妹2人は7人に対する恩義のお返し寄りの思想をしていると捉えており、これを組み合わせる事でブラバ組全体としては「7人の未来を見据え、普段からの恩返しも兼ねた粋な計らい」になっていると捉えている。勿論、冬優ちゃんも神沙姉妹2人の様な想いは絶対にあると考えているし、逆もまた真なりと考えているのは当然だが、冬優ちゃんと神沙姉妹2人とでは木組みの街の住人7人からもたらされたものの過程に若干ながら違いが存在している事から、今回はその7人から特に授かったものを冬優ちゃんと神沙姉妹2人、それぞれ強調して定義付けした次第であり、根底は同じ想いでも、何を強調して伝えたいのかは冬優ちゃんと神沙姉妹2人では少々異なっていると思う訳である。

新たな歩みと意味深長な言葉

 この様にして木組みの街の住人7人とティッピーは無事に全員で「海」が目的地のシストの探究に向けて歩みを進める事が可能になり、それに浮かれる様にして心愛ちゃんが智乃ちゃん目掛けて自分のテンションの高さをぶつけていたのは印象的だが、それを見ていた千夜ちゃんは少しばかり調子に乗り、紗路ちゃん目掛けて明らかに当たったら痛いであろう勢いで突っ込み、紗路ちゃんを若干怒らせている一幕があり、私としても「千夜ちゃんは変わっていないなぁ」と思った訳だが、何故千夜ちゃんが紗路ちゃんに対して心愛ちゃんが智乃ちゃんに対してやった様に優しく突っ込まず、突っ込まれた方が明らかに痛いと分かる威力で突っ込んだのかは全くもって謎であり、分かっている事は「千夜ちゃんの行動には悪戯心はあっても悪意はない事*6と言うものだけである。因みに千夜ちゃんが突っ込んでいく様は格闘ゲームや対戦アクションゲームにおける「DA(ダッシュ攻撃)」を思わせるものであり、そりゃそんな姿勢で突っ込んだら紗路ちゃんが痛がるのも無理ないとはなるが、何度も言う様に千夜ちゃんが何故にそんな姿勢で紗路ちゃん目掛けて突っ込んだのかは不明であり、強いて言うなら「幼なじみ相手だからこそ仕掛けられる悪ノリ若しくは悪戯」となるのだろうが、何れにしてもその様な行動を何故に取ろうと思ったのか。その理由は作中からは殆ど窺い知れない為、考えたとて暗礁に乗り上げるだけなのかも知れない。ある意味「小悪魔」もとい「鬼畜和菓子」ここに到来である。

 そんな一幕もありつつ、一行は海に向かうべく列車に乗り込むのだが、その道中ボックスシート*7に揺られながら理世ちゃんが発していた「後悔なき未来への展望」を心愛ちゃんが皆に向けて話している場面があり、理世ちゃん本人はかなり照れていたものの、皆は理世ちゃんの考えに全面的に賛同しており、やはり「当たり前ではない、かけがえのない日常を一つ一つ大切にしたいと言う想いは皆同じ」と言うのが良く分かる。

 しかし、私が気になったのはこの先の「ティッピーと智乃ちゃんのやり取り」であり、理由としてその展開は少しばかりとは言え、二ヶ月前に想像を絶する程の衝撃をもたらしたかの銀河鉄道回で語られた内容」に通ずる雰囲気さえ持ち合わせている内容だったからであり、その場面は丁度遂に「海」が見えてきたタイミングだった事から、本来なら喜ばしいと思うのは当然だし、実際に智乃ちゃんとティッピーのやり取りからも「海が見られた事を智乃ちゃんが嬉しく思っている雰囲気」は存分に感じられる上、そこからは「智乃ちゃんの優しさ」さえも大いに感じられるのだが、如何せんティッピーが切り出した内容が内容だった為、私はそんなティッピーの意味深長な言葉に対してどこか「一抹の不安」を抱え込みながら、今月号の顛末を見守っていたのである。無論、不安を払拭する様に心がけて読む方法もあっただろうし、そうでなくても必要以上に不安を拡幅する必要も無かったのだろうが、元々私はごちうさに対しても良くも悪くも対比的な物の見方(早い話が光と影)を意識している事から、ここでも例外なくそれを意識した物の見方をした訳である。

 ただ、ティッピーの意味深長な発言が何時どのタイミングで確固たる現実となるのか。それについては私自身最早予測がつかない。何故なら、今後どの様な展開になっていくのかが、現時点でも全くと言って良い程分からなくなっているからであり、現に今月号だけでもあの「銀河鉄道回」から僅か2ヶ月後の掲載タイミングで、木組みの街を飛び出して「海」に向かう展開になったのも正直「全く予想だにしなかった展開」だったし、その過程の中で「ティッピーの意味深長な発言」が飛び出してくる事も当然全く想像つかなかった内容であり、挙句今月号にて心愛ちゃんと理世ちゃんの口からあの様な言葉が飛び出してくる事も、内容自体は予測できる下地こそあったとはいえ、今月号の段階で表立って出てくるとはやはり想像も出来なかったと、私にとって今月号は「想像だにしなかった事のオンパレード」である事を思えば概ね理解して貰えるだろう。

 しかしながら、今後のお話の展開予測そのものに関しては最早私の手には負えなくなっているのは事実でも、それぞれが歩んでいく未来や歩んでいく道筋の大まかな予測や、描写された現状を分析して、今のお話が未来に何をもたらし、どの様にして繋がっていくのかの考察に関しては十分可能であり、言うならば「新しいお話の展開そのものの予測は難しくても、明らかになったお話から、彼女達が置かれている現状を分析したり、彼女達の未来や将来像を考察したりする事は十分可能であり、そちらに注力する」という事であり、これが私の感想・考察のスタイルでもある。

 説明が長くなったが、これらを踏まえてティッピーの意味深長な発言を考察するなら、私としてはやはり「おじいちゃんは何時か智乃ちゃんの元から離れる時が来る」という事をあの意味深な発言から読み取っており、かの銀河鉄道回」で語られた内容は、嘘偽りのない真実である事が改めて確約されたとも見ているが、もう一つ重要な事として、おじいちゃんがティッピーの元から離れるのは、少なくとも「智乃ちゃんがおじいちゃんがそばにいなくても大丈夫なまでに精神的に成長した時である事」があり、故に最近のお話でこの様な話題が度々上がると言う事実は、それだけ智乃ちゃんが精神的にも大きく成長を遂げている事の証ともなっていると認識しており、現状智乃ちゃんはまだその事実に対して気持ちが揺れ動いている段階にあるが、何時の日にか必ずその現実と向き合わなければならない時は来ると思うし、そのタイミングの正確な予測については前述の通り私にとっては難しいものの、少なくとも心愛ちゃんの新たなる旅立ちのタイミング辺りまでには向き合う描写があるとは感じている上、今後のごちうさにおいても非常に重要な内容だと考えている。

3.あとがき

 以上がきらま2022年8月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察である。今回は「シストに記載されている目的地たる『海』へと向かう」と言う流れから、舞台設定上「海」とは殆ど縁のなかったごちうさにおいてはかなり異色な回であるが、その雰囲気は原作9巻中盤までのごちうさを彷彿とさせるものである事から、テイストそのものはやはり何時ものごちうさであり、何時もの雰囲気を残したまま新たなセカイへと旅立つ構成はとても秀逸だと思う。

 今月号は再三述べて来た様に「『海」が目的地のシストを探究する段階のお話」である為、今月号では海は端役となっているが、代わりに「木組みの街の住人7人の現状や、それぞれが秘めている信念」が重要になっており、その過程では心愛ちゃんの凹み具合や、それに感化された理世ちゃんの涙目など、些かえげつないと言えなくもない内容も含まれていたと思うが、その内容からは「それぞれが持つ成長に関する事や現実との向き合い方」をも感じさせている為、私としても全く心が痛まない訳では無いが、心愛ちゃんや理世ちゃんをはじめとした木組みの街の住人7人の精神的な成長や将来像を改めて知れたのは大きな糧だったと考えている。

 また、今月号終盤ではティッピーがかの「銀河鉄道回」を彷彿とさせる程の意味深長な発言をしていたのもポイントであり、これもやはりえげつない含みがあると言えばそうだと思う上、これに関しても「何れは向き合わなければならない事」であるが、これも智乃ちゃんの精神的な成長を如実に物語っているが故である為、先ほど同様全く動じない訳は無いのだが、これも「智乃ちゃんが何時かは絶対に向き合わなければならない事」だと思えば、私としても逃げずに智乃ちゃんが持つその意思や決断を最後まで見届けるだけである。

 そして、今後の「海」が目的地のシストについてだが、私には前述の様な理由があるが為に予想を付ける事は難しく、故に今後どうなるのかは正直良く分からないが、「このシストが彼女達にとって大きなターニングポイントとなる」とは認識しており、現時点では正しく五里霧中と言える程に謎が多く立ち込めているとは言え、来月以降の展開次第では凄まじい事になるのではないかとも考えており、その過程においては正直ごちうさの根幹をも揺るがしかねない程に衝撃的な内容も出現する可能性もなくはないと考えているが、それも「逃れる事は出来ない絶対的な運命」だと言うなら、私としてはやはり受け止めるだけである。

 ここ最近最後まで今までのごちうさ感想・考察とは一線を画す様な締め方になっているが、これも私がごちうさに対してあらゆる感情を表に出せる様になったという事をもって、この感想・考察の締めとしたい。

 

 

おまけ

今回の文量は全て合わせてのべ400字詰め原稿用紙38枚分である。先月と比べると比較的コンパクトにまとまったが、その想いの強さは全盛期と比べると若干落ち着いているとは言え、依然として高い熱意を安定して保っている状態となっている為、この先もコンスタントに書き続けていくと思う。

*1:木組みの街のどこかに隠された地図を発見する事から始まり、地図を見つけたら、その地図に記載されている場所を探しに行き、その場所に辿り着いたら、そこにおいてある宝物と、自分が大切にしている宝物を交換すると言うもので、木組みの街では昔から知られているものだが、以前のお話で木組みの街の出身ではない心愛ちゃんはシストが何かを知らなかった経緯があった為、少なくとも心愛ちゃんの地元ではそういったものは知られていなかったと考えられる。

*2:事情はそれぞれ異なるが、心愛ちゃんと紗路ちゃんは高校卒業後に木組みの街から離れる事になる進路選択を決断しており、これが意味する事を鑑みれば、今月号にある「不安や後悔の正体」は大分見えてくる。

*3:ただ、理世ちゃんは情に脆い所がある為、情に訴えかけられると一転して綻んだり、心が揺らいだりする事も多いが、大抵は直ぐに元通りになる為、今回の様に情に流されたまま涙ぐんでしまう事は、印象的ではあるが絶対的な回数としては少ない。

*4:但し、夏明ちゃんは麻耶ちゃんが自身の斜に構えた様な発言に対して、意地になって「ナツメは誘ってあげない」と返すと、夏明ちゃんは明らかに不満そうな顔をしていたため、夏明ちゃんにしても「友達と遊びたい」と言う想いは強くある様だが、夏明ちゃんと麻耶ちゃんはお互いの事になると、性格が近い事もあってか2人共に意固地になってしまう傾向がある為、この様な不器用な事になりがちである。

*5:くしんさんたん。非常に気苦労すること。

*6:尤も、冷静に考えてみればある意味それが一番怖いのだが……。

*7:向かい合わせになっている4人掛け座席の事で、嘗ては旅情の雰囲気を掻き立てるものの代表格だったが、今ではすっかり見かけなくなってきている。とは言え、ごちうさコルマールをはじめとしたヨーロッパの都市をモデルとしているので、現実の鉄道事情とはまた違っているのだろう。

きらま2022年7月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察

 こんにちは。最近色々とこなさなければならない事が増えていき、それ故に趣味事自体はできても、ブログ記事の様に腰を据えて取り組まなければならない事が中々捗らず、この記事も執筆開始までが今までと比べても相当に遅くなった*1訳ですが、ごちうさに対する熱意そのものは殆ど変わっていないので、ブログ記事にて感想・考察を起こす事に関しても、これからは時間こそかなり掛かるとは思いますが、今までと変わりなく行っていきたいと考えています。

 さて、今回はまんがタイムきららMAX2022年7月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察を書き出したいと思います。今月号は主に「ブロカント(古物市)」が中心となる回で、一見すると先月号と比べて比較的マイルドな印象を受けますが、今月号は何と言っても「ブラバ組*2の動向や経緯」がキーポイントになっており、その威力たるや、その観点から見ればかなりのインパクトを誇っているのは疑いないと思う程で、故に今月号も先月号とは別ベクトルで普段のごちうさとは一線を画している雰囲気を持っている事になる訳ですが、何れにしても今月号も印象深い事は間違いないので、今回も率直な想いを書き出していきたいと思います。

※注意※

最新話及び原作10巻以降のネタバレを含むものなので、その辺りをご了解お願い致します。また、ここで書き出した推察や考察は個人的な見解です。

1.はじめに

 今回のお話は神沙姉妹2人と冬優ちゃんの計3人で構成される「ブラバ組」に終始焦点が当たっている回であり、それは今月号を大きく見ると「ブラバ組の3人がブロカントに出店し、そこでラビハ組や年上組を始めとした木組みの街の人々と交流していく」と言う構成になっている事からも窺える。要するに「今月号のメインはブラバ組3人」と言う訳であり、その中でも神沙姉妹の切実な過去が明かされる点はとても重要である。因みにブライトバニーで新たにバイトを始めた狩手結良ちゃんについてだが、結良ちゃんは今月号終盤にてブラバ組3人とコンタクトをとっており、冬優ちゃんは彼女の事を(勤務先が同じ事から)知っていた様子を見せていたものの、神沙姉妹は結良ちゃんとの接点が無かったためか、2人共に知らなそうな反応を見せていた。この事から、今月号時点において結良ちゃんと神沙姉妹の接点はまだまだ途上と言えるが、将来的に神沙姉妹もブラバで勤務する様になった暁に、神沙姉妹が結良ちゃんを見てどの様な反応を見せるか。そこも気になるポイントである。尤も、現状の結良ちゃんと冬優ちゃんの関係性を見れば半ばお察しな面もあるが……。

 今月号の扉絵は、私としては「ブラバ組の結束を強く意識したもの」だと感じており、3人がそれぞれ別々のポーズをとりながらもその想いは共通していると言わんばかりの雰囲気は正に圧巻ものだが、よく見ると神沙姉妹の2人が手に旗を1つずつ持っているのに対して、冬優ちゃんだけ旗を2つ持っているのも、個人的には中々に興味深く、私としては冬優ちゃんだけ旗を2つもっているのは「冬優ちゃんがブラバ組を先導しゆく事を暗示している」とも「冬優ちゃんがブラバ組の核を担っている」とも受け取れると捉えており、何れの場合も「ブラバ組においては、主に冬優ちゃんが神沙姉妹の2人を引っ張っていくと私自身認識している」と言うのが共通している。

 また、今月号を読み進めていく中で私が特に気になったのは「神沙姉妹の切実な過去」「狩手結良の立ち位置とその心境」であり、前者はブラバ組がメインとなっている今月号においては半ば自然な流れだと言え、故に私としても自然と深く入り込んでいける感覚があるのだが、後者はただでさえ普段から特異的な雰囲気を持っていると言うのに、今月号における雰囲気も「何者にも染まらず、不気味なまでに思想も素性も掴めない」ものだった為、流石に戸惑いは隠せなかったが、それでもこの2つが気になった事に対して躊躇いは殆ど無かった。この事からも私の想いの広域さとある種の奇特さが見えてくる様だが、何があっても私としてはブラバ組も結良ちゃんも大好きなのである。

2.購読した感想・考察

ブロカントにおけるブラバ組の軌跡

 再三にわたって記述してきた様に今月号は終始「ブラバ組のブロカント」に主軸が置かれている為、必然的にブラバ組に視点が当たる事になる訳だが、同じブラバ組のブロカントでも中盤までとそれ以降では内容の趣旨がかなり違っており、特にココチノと出逢う部分が大きなターニングポイントとなっている。また、前半では3人共にブロカントに出店する事は初めてだと言う事で、3人共に緊張が中々解れずに苦戦していた様子も見受けられていたが、後半とりわけココチノと別れた後は、心愛ちゃんがお客さんが来る様な仕掛けを施した事もあって3人共に元来の性質こそそのままながらも、ブロカントに対して強い意気込みと抜群のコンビネーションを見せており、ブロカントを通じてブラバ組の3人が色々な意味でスキルアップを遂げているのが良く分かる様になっている。

 その様な事から、今月号は「『ブロカント』と言うブラバ組の何れもが初めてチャレンジする舞台上にて、3人がどの様な変化と成長を歩んでいくのか」を読み解いていくのがキーポイントになると考えている。また、今月号では最後のコマを除いて基本的に「ブラバ組がブロカントに来訪、出店していた時間軸がメイン」となっており、それ故に大きく見れば「夢」と「現実」と言う2つの概念が存在し、その「現実」においても細やかな時間経過が存在していた先月号とは対極とも言える様な構成になっているが、私としては「同一の時間軸で起こった内容が緻密に描かれている事で、ブロカントに出店し、実際に展開していく中でブラバ組がどの様な事を思い、どの様な事がきっかけで新たな一歩を踏み出したのか、それがより強調されている」と考えており、前半ではそんなブラバ組が見せたブロカントにおける軌跡からみえてくるものを、ココチノと別れる付近まで書き出していきたいと思う。

マヤメグとの交わりと神沙姉妹の切実な過去

 今月号では冒頭からブラバ組3人で初めてブロカントに出店する事になった事実に対する意気込みが語られており、それと同時にブラバ組の3人が、このブロカントに出店するにあたってそれぞれが持ち寄った品物について見せ合っているのだが、前者に関しては接客業を主とする業種にバイト先にしながら、元来人見知りな傾向が強い冬優ちゃんにとってとても勇ましい意気込みが語られており、これに関しては称賛の一言に尽きるのだが、その一方で後者が中々にクセモノであり、冬優ちゃんは下宿先のオーナーに頼まれたもの、神沙姉妹は現在使っていない物を中心に持参してきたまでは良いのだが、その中で冬優ちゃんは自分の私物としてドラスティックなセンスの部屋着を、映月ちゃんはファッションアイテムと称しながらも相当に尖ったアクセサリーと、人を寄せ付けさせない印象を与えるまでに物騒な題材を扱った本を持参してきており、図らずも見る者を圧倒させる様な印象を植え付けさせる事になっている。尚、映月ちゃんがこの様な装飾品や本を所有していたのにはそれなりの理由があり、それも中々にえげつない。その為かどうかは定かではないが、ブラバ組の3人は出店してからと言うもの、マヤメグと出逢うまでは正に閑古鳥が鳴く程の有様であり、現実の厳しさが垣間見えてくる様である。

 そんなブラバ組が決定的なターニングポイントとなったのはマヤメグとの出逢いであり、最初こそ何時もの絡みの延長線上な雰囲気がしているが、ブロカントの出品物たるフォトフレームに「昔の神沙姉妹の写真」があった事をきっかけに大きく変貌を遂げていく。何故なら、その写真に写っていた神沙姉妹は、現在の神沙姉妹とは異なり「昔は2人共に髪が長かった事を証明するものだったから」であり、これに加えて神沙姉妹の2人の発言から「双子故に区別がつかないと言われてきた事から、区別できるようにする為にあくる日夏明ちゃんが髪を突然バッサリ切った」のも明らかになっており、この衝撃的な事実に対してマヤメグの2人も結構衝撃を受けていたが、2人以上に衝撃を受けていたのが同じブラバ組たる冬優ちゃんであり、マヤメグの2人が衝撃的な事実を知った後も、ありのままの2人を受け止めると言わんばかりに神沙姉妹が持つ元来の優しさを汲み取った行動をとっている*3のに対して、冬優ちゃんは「同じブラバ組でありながら、神沙姉妹の切実な過去や事情を全くと言っていい程知らなかった事」を痛感していたのは、私としても見ていて考えさせられるものがあったのは言うまでも無かったが、同時に決して晴れる事のないモヤモヤが心を覆う感覚がどことなくあった。これに関しては、私としても「人間関係のもどかしさに関して、冬優ちゃんと同じ様な経験をしてきた事」もあったのだろうが、一番に「同じコミュニティに属しているからと言って、相手の事を何でも知れる様になれる訳ではない」と言うごくごく当たり前の事を改めて知らされたのが心痛かったのだろう。無論、頭では「ただ時間と空間を共にするだけで相手の事を理解する程、世の中そう甘くはない」のは初めから理解しているのだが、心の方はそうはいかないのである。

 また、私としてはマヤメグ2人とブラバ組の交流を見ていて、映月ちゃんは特定の過去をオープンにする事にさほど躊躇いがない一方、夏明ちゃんは何かしら気にしている特定の過去があると感じた場面があり、それは「夏明ちゃんが『双子故に区別がつかない』と周りから言われ続けていた状態を何とか変える為に、自分の意思で髪をバッサリ切った過去」である。これに関しては「『切った本人』と『それを見ていた人』と言う立場の違い」も大きく関係していると考えられるが、それ以上に夏明ちゃんとしては「この事実を明かす事で、自分自身はそこまで後悔していないにもかかわらず、信頼できる大切な友達に対して変な気遣いをかけさせてしまうのが申し訳ない」と考えているのが大きいと捉えており、誰にとっても長い髪をバッサリ切る事がどれ程勇気のいる事なのか、その事に対して後悔はないと思い続ける事の大変さがどれ程のものなのか、その重大性を良く分かっているからこそ、この様な思想に繋がっていると考えている。

 なお、夏明ちゃんの双子の姉たる映月ちゃんにしても、夏明ちゃんがひしひしと感じていた事情は彼女なりに分かっていると思われるが、それでもこの事実を打ち明ける事に戸惑いを見せなかったのは、映月ちゃんとしては「信頼できる大切な友達相手だからこそ、その様な過去を戸惑いなく話せた」という事情があった様にも感じている。但し、今月号を見る限りでは映月ちゃんがこの過去に対してどの様に感じているのか、それが明確に分かる場面は基本的に存在していないため、断定はかなり難しいのだが、前提として映月ちゃんは外面と本来の自分の乖離が夏明ちゃん以上に激しい一面があり、自身が心を開いていない人とコンタクトをとる際には、普段の大らかで明朗な雰囲気が一転して、自身の本質を徹底して隠し、普段の映月ちゃんからは想像だに出来ない程に全く違う自分を作り上げる傾向にあるため、もしマヤメグの2人や冬優ちゃんに対して少しでも心を開いていなかった(=外面な自分として接していた)とするなら、自身にとっても多かれ少なかれ切実な想いを抱える過去を3人に対して戸惑いなく明かす事は考えにくく、故に映月ちゃんが何を考えて自分達の過去を割にあっさりと明かしたのか。その本心については分からない部分が多いのも事実ではあるものの、少なくとも映月ちゃんは「信頼出来る大切な友達だからこそ、自分達の切実な過去を明かしたのは紛れもない事実」だと言えよう。

 この様にブラバ組とマヤメグの交流は、初めて故に出だしから躓いていたブラバ組にとってその後の躍進の切っ掛けを掴んだだけでなく、ひょんなことから明かされた神沙姉妹の2人が抱える切実な過去にも触れていく意味でも重要であり、故に出だしからかなり飛ばしにかかっていると言えるが、一方で全員が同級生と言う事で、全体的に気が置けない*4雰囲気があるのもポイントであり、5人の良好な関係性が良く分かる場面でもある。その為、この序盤では僅かながら不穏な雰囲気を覗かせながら*5も、全体的には明るい雰囲気が中心的な印象が強く、5人の普段とほぼ変わらないやり取りと、そこから見えてくる各々が持つ優しさは必見である。

千夜シャロが魅せる情熱と拘り

 ここからは千夜シャロとの出逢いを書き出していきたい。ブロカントにおける千夜シャロとブラバ組の絡みは、一言で表すと最近のごちうさでは少しレアとなりつつあるシリアスとは全く無縁の明るい展開*6であり、幼馴染の仲柄を存分に発揮した軽快な掛け合いと、それぞれが持つ熱意を十二分に発揮する千夜シャロの2人と、その雰囲気に半ば呑まれながらも、ブロカントに対する確かな想いを目の当たりにするブラバ組の3人の雰囲気は、見ていてどこか微笑ましいものがある。

 そんな千夜シャロとブラバ組の絡みだが、ブロカントにおける出逢いの始まりは中々にぶっ飛んでおり、その出逢いは「ブラバ組が出店していた出品物から『お宝』を感じて、紗路ちゃんが千夜ちゃんと共に一目散に駆け寄ってくる」と言うもので、その「お宝」と言うのはもちろん、紗路ちゃんが心から好きとするティーカップもとい「陶器」*7であり、流石は陶器に対して凄まじい拘りを持っている紗路ちゃんと言った所である。因みに千夜ちゃんは登場時こそ割と平静なものの、品物の売買交渉となった途端に巧みな話術で、冬優ちゃんを見事に誘導させている場面があり、勿論すぐに紗路ちゃんによって突っ込まれていたものの、その話術の技巧さは流石千夜ちゃんと言った所であり、2人共に「やはり血は争えない」と言わんばかりに、親の影響が色濃く反映された強烈な特性を発揮していたのは印象的である。

 その様な事から、千夜シャロの2人はブロカントに「出品者」として構えていたブラバ組に対しても相当な影響を与えている。例えば紗路ちゃんは、上質なティーカップ「適正価格が良く分からないから」と言う理由で、所謂ダンピング*8と言わんばかりの破格の値段で良物を売ろうとした映月ちゃんに対して「そんな値段で売ろうとするなんて信じられない!」と言わんばかりに凄まじい剣幕と衝撃を露わにし、半ば怒りの説教と言う形で「ブロカントにおいて、良い品物を相応しい人に相応の値段で売ることの大切さ」を説いており、これに対して映月ちゃんや冬優ちゃんは、千夜ちゃん以外にはまず見せる事はなく、今回の映月ちゃんの様に年下相手になら尚更その傾向が強い紗路ちゃんが、烈火の如く鬼気迫る雰囲気を醸し出していた事におどおどしていたが、その鬼気迫る雰囲気をしてまで紗路ちゃんが熱弁をふるっていたのも、ひとえに「彼女がそれだけ物の価値(特に自身がこよなく愛する陶器)を大切に考えているから」であり、自分が心から愛する特定のものに対して際限なき情熱と拘りを爆発させているその姿は、一見何事にも冷静沈着に取り組んだり、捉えていたりしている様に見えて、実は誰よりも自分や友達が現時点で心から好きなものや、自分若しくは友達が将来的には到達したいと考えている目標に対して凄まじい情熱と拘りを持っている(=熱血)紗路ちゃんらしいものであると思うし、今回の様に時には相手を図らずも圧倒する事もあるとは言え、紗路ちゃんの事を良く知っている人からすれば、どこまでもひたむきな情熱を持ち、ここぞと言う所でそれを遺憾なく相手に伝える事ができるのが彼女の良い所なのであり、故に驚きはあっても嫌悪感は一切無かった。何と言うか、私としても最早紗路ちゃんが魅せた気迫に圧倒されたのだろう。

 また、千夜ちゃんに関しても紗路ちゃんが見せた様な血気迫る気迫は無かったとは言え、ブロカントもといマーケットにおける戦略構築の巧みさや、言葉巧みに出品者もとい相手の心を掴み取り、自分のペースにうまく誘導するだけの話術の上手さ等々に、紗路ちゃんとは別ベクトルで千夜ちゃんの情熱さ(したたかさ?)が表れており、作中では冬優ちゃん相手に冬優ちゃんが普段着として来ていたかの「ドラスティックなセンス」を感じさせるTシャツを褒めちぎり、冬優ちゃんの心を見事に掴み取り、その上で冬優ちゃんが好む感性に直接届けにいく様な喋りでますます冬優ちゃんの心を鷲掴みにさせて、終いには自分にとって有利な条件を、ごく自然な形をもって冬優ちゃんに承認させると言う凄まじいまでの口八丁*9ぶりとしたたかさぶりを見せ付けており、最早一抹の恐怖すら覚える程の喋りの上手さは流石千夜ちゃんと言わんばかりの話だが、当然ながら紗路ちゃんはそんな年下を誘導する様な流れを良しと思わなかった様で、冬優ちゃんに対して「流されてはダメ」と警鐘を鳴らしている。その為、この「これが商談における人心掌握術」と言うのを地で行く千夜ちゃんの立ち振る舞いは、私としては「この展開にはある種の毒が含まれている」とも正直思ったのだが、冷静になって考えてみれば、千夜ちゃんも冬優ちゃん相手だからこそ出来た事だと思われるし、何より千夜ちゃんは良識をきちんと弁えており、本当に人を騙す様な事は絶対にしない(と言うよりできない)人なので、必要以上に深刻に考え込むのはいささかお門違いだった気もするが、何れにしても千夜ちゃんの喋りや交渉術はそれ程までに上手かったと言う訳であり、やはり千夜ちゃんはブラバ組が設営しているブロカントにおいてもただ者では済まなかったのである。

 最早自分でも何が言いたいのか良く分からなくなってきそうだが、端的に言えば「千夜シャロそれぞれが持つブロカントに対する拘りと情熱はあまりにも凄かった」という事に尽きる訳であり、そこからベクトルこそそれぞれ違っているものの、紗路ちゃんは「ブロカントにおいて、上質な物若しくは大切な物を売る時に必要な心意気」を、千夜ちゃんは「ブロカントもといマーケットでの立ち振る舞い」をそれぞれブラバ組に向けて伝えているのではないかとも捉えており、千夜ちゃんのはブラバ組の反応が良く分からないが故に少々無理矢理な所はあるが、何れにしても千夜シャロの2人が持つブロカントに対する情熱と拘りは本物であり、その強き想いは確実に存在しているのである。しかしながら、紗路ちゃんのはともかくとして、千夜ちゃんのは「使い方を絶対に誤ってはならない。もし使い方を誤れば必ず後悔する未来が待っている。」と言う条件付きであり、考え様によってはライトながらもある種のブラックユーモアすら感じる程である。単に私が考え過ぎなだけな気もするが……。

ココチノの視察と運命の転換点

 前半最後の項目は何と言ってもブラバ組にとって多大な影響を与え、今回のブロカントにおいても大きな転換点を担う事になるココチノの2人との絡みである。ココチノとの絡みに関しては、どちらかと言えば「ブラバ組の現状視察」の意味合いがあり、故に前半では単純にココチノの2人が「お客さん」としてブラバ組の出品物を吟味する面が強いものの、後半では心愛ちゃんが「立役者」としての強みを誇示し、その後のブラバ組のブロカントの繁盛に貢献し、ブラバ組自体も大きく躍動すると言う展開を迎える事になる為、ここがブラバ組にとって大きなターニングポイントとなっているのは間違いないと思われ、名実共に重要な役割を担っているのは言うまでもないだろう。

 そんなココチノとの出逢いだが、前半ではブラバ組の出品物を割と興味津々に視察するココチノの2人が存在しており、ここでは「ブラバ組にとっての先導者」と言うより「買い物をしに来たお客さん」としての印象が強くあるが、心愛ちゃんが選んだものが「冬優ちゃんのオーナーさんが大切にしていたコーヒーミル」と言う、喫茶店に勤務する者としても、一人のお客さんとしても中々にお目が高い選択をしている一方、智乃ちゃんは例の映月ちゃん持ち込みの「拘束具」が目に留まっており、その様なものが存在する理由に神沙姉妹の2人がそれぞれ「間違えて買った」だの「ジョークグッズ」だの、冷静に考えてみても「そんな理由があるのかよ……。」となる場面は、私としても笑って良いのかよく分からなかった。ただ、この手のものは「2人してそう言っているのだから、きっとそうなんだ」と思い、場合によっては笑い飛ばしてでも受け止めておくのが吉なのは分かっているが、それを一旦立ち止まって真剣にあれこれ考えようとする辺り、私はやっぱりどこか感性がズレた変わり者なのだと思う。

 後半においてはそれまでとは毛色が一気に変わり、ブラバ組にとってこれまでの状況は正直芳しくないと言う大真面目な話になっており、ここから一気に真面目な展開になると思いきや、それを知った心愛ちゃんが取った行動が「にこやかな表情を見せ、その後突然凄まじい大声でブラバ組の出品物に掘り出し物がある事を宣伝する」と言う、シンプルながらも中々にぶっ飛んだものであり、当然ながら智乃ちゃんとブラバ組はそんな心愛ちゃんの行動に対して目が点になるまでに茫然とした様子を見せ、私としても「良くも悪くも心愛ちゃんのそういう所は高校1年生の頃と全然変わっていないなぁ。」と思ったものだが、更に凄いのはここからであり、なんと心愛ちゃんは大々的な宣伝をした直後にブラバ組に対する応援の言葉を言い残して智乃ちゃん共々その場を去ると言う、俗に言う「鬼畜和菓子」*10や「鬼畜こけし*11もびっくりの奇想天外と言うほかない行動を見せており、流石の私も「えぇ……。」と思わず困惑する展開がそこにはあったのだが、この様な行動を心愛ちゃんが取った理由として、直ぐに智乃ちゃんがフォローを入れていた様に、心愛ちゃんとしても「ブラバ組3人の事を心から全面的に信頼していたから」ではないかと考えている。尤も、今月号を見る限りではブロカントに対してそこまで自信がなさそうに感じられるブラバ組ではあったが、それでも心愛ちゃんはこれまででもブラバ組がどれ程の成長を遂げているのか、その事を良く知っているが故に「今のブラバ組なら、繁盛する状況でも適応できるだけのチームワークとポテンシャルがある」と信頼しており、故にブロカントに対してどこか尻すぼみ気味になっていたブラバ組に対して「自分達が秘めている力はとても凄いんだよ」と伝えたくて、ブラバ組を否が応でも一念発起させる様な事を仕掛けたのではないかと言う訳であり、勿論「万が一上手く行かなかった時に生じる多大なリスク」を鑑みれば、一概に称賛するのはいささか考えものだが、それでも心愛ちゃんの行動がブラバ組にとって更なる成長を踏み出すきっかけとなった事と、ブラバ組と心愛ちゃんの間にある確かな信頼関係を鑑みれば、今回の一連の流れは十分に称賛できるだろう。

 この様にココチノ2人との出逢いは、ブラバ組にとって大きな転換点となっているだけでなく、その後一気に繁盛する事になるブラバ組が展開するブロカントにおいて、3人がどの様な行動を見せていく事になるのかも重要な要素であり、故にここから毛色が一気に変化していく事になるのだが、その端境(はざかい)となるこの場面では心愛ちゃんがとにかくぶっ飛んだ行動を見せていたのが印象的であり、正直その印象があまりにも強過ぎる感は私自身否めないのだが、冷静に考えてみてもあの心愛ちゃんの立ち振る舞いがあったからこそ、その後のブラバ組の躍動にも繋がっている事と、ブロカント自体も大きく繁盛する事を思えば、ある意味当然だったのかも知れない。

ブロカントでブラバ組が得たものと一抹の不穏

 ここからはブロカントの後半部分を中心に書き出していきたい。前半では主に「ブラバ組と木組みの街の住人の絡み」が中心的だったが、後半では「繁盛したブロカントをブラバ組がどの様にさばいていくのか」にスポットライトが当てられており、故に「中盤とそれ以降では内容の趣旨がかなり違う」と言及したのだが、そんな中盤以降は心愛ちゃんによって繁盛する事になるブラバ組のブロカントに対して、冬優ちゃんが主導となって3人のポテンシャルを存分に引き出したコンビネーションを見せけていたのが印象的であり、ブロカントを通じてブラバ組の3人がどの様な成長の一歩を踏み出したのか。その事を思えば思う程、心に来るものが大きくなる。

 ただ、今月号の後半は前半には無かった「異質さ」も存在しており、それは理世ちゃんの幼馴染にして、現在はブラバでバイトをしている狩手結良ちゃんその人が見せる「雰囲気そのもの」である。結良ちゃんは言わずもがな、ごちうさの登場人物の中でも一際異彩を放つ人物であり、そのミステリアスな雰囲気と、何を考えているのか全然読み解けない行動原理は、一部の例外を除いて彼女が登場する度に途轍もない緊張感と異質な雰囲気をもたらしてきているが、その実結良ちゃんには「誰よりも人間らしい人」とまで思う程に人間味に溢れている一面があり、ある意味「不器用な人」でもあるのだが、ここではそんな狩手結良ちゃんが見せた立ち振る舞いについて考察したい。

屈託なきコンビネーション

 心愛ちゃんのシンプルながらも中々にぶっ飛んだ方法の呼び込みにより、ブラバ組の3人が展開するブロカントが一気に繁盛する事になり、3人は必然的にその対応に追われる事になったのだが、ここでは冬優ちゃんが凄まじいまでの主導権を見せ付けており、冬優ちゃん自身も意識しなければ平静を保つ事は難しい状況ではあったものの、未曽有の繁盛ぶりに混乱していた神沙姉妹の2人を励まし、冬優ちゃん自ら「冬優ちゃんが会計、夏明ちゃんが品物の実演宣伝、映月ちゃんが品物の説明」と言う形で、3人それぞれの適役を神沙姉妹の2人に指示をしている姿は正にブラバ組の柱であり、内気で大人しい冬優ちゃんが、木組みの街の住人との交流を経て新たなに身に付けてきている一面が窺える様になっている。

 その様な事から、私としては自分なりに培ったリーダーシップを発揮し、ブロカントにおいてはブラバ組の要として絶大な手腕を発揮していた冬優ちゃんに対して「彼女はなんて凄いのだろう……。」と思う事に異存は無かった。何故なら、原作8巻にて初登場した頃は、初対面の人と話す際には腹話術を用いなければ上手く会話ができないまでに人見知り且つ恥ずかしがり屋で、故に今月号で見せた冬優ちゃんの様相とは全くの別物だったからである。無論、冬優ちゃんはそこから自分にとってかけがえのない存在となった木組みの街の住人7人との出逢いと交流を経て、嘗ての自分とはまるで別人とすら思える程の凄みを会得していく訳だが、私が特に凄いと思うのは「冬優ちゃんの呑み込みと成長の驚異的な早さ」であり、彼女自身はまだまだ成長の余地があると考えているとは言え、現時点でも「最早旅行編の時の冬優ちゃんとは別人レベルに成長した」と思える程の驚異的な成長ぶりを遂げているのが只管に衝撃的なのである。

 そして、そんな爆発的な成長を遂げつつある冬優ちゃんに対して、同じブラバ組として冬優ちゃん程では無いとは言え、それなりにハイスピードで成長を遂げている神沙姉妹の2人が見せた立ち振る舞いも重要だと捉えている。神沙姉妹の2人に関しては、冬優ちゃんとは異なり繁盛したブロカントに対してどうすれば良いのか終始あたふたしていたが、その様な状況下でも、夏明ちゃんと映月ちゃん2人共に的確な指示と熱意あるリーダーシップを執っていた冬優ちゃんに対して彼女のリーダーシップ及び指示を全面的に尊重する反応を示していたのが印象的であり、これは考え様によって様々な捉え方があると思われるが、私は純粋に「神沙姉妹の2人にとっても冬優ちゃんはかけがえのない友達であり、同じブラバ組の仲間でもある」と言う、2人の冬優ちゃんに対する心に秘めた想いが見え隠れしていると感じ取っており、ここから私はこのブロカントを通してブラバ組の3人は、改めて自分達の絆が強固なものであり、お互いに助け合いながら成長していく関係性である事を認識していたと捉えている。

 尚、心愛ちゃんの呼び込みによって繁盛していたブラバ組のブロカントに関しては、最終的には冬優ちゃんの的確な指示と安定したリーダーシップによって見事大成功を収め、その後一段落した際にブラバ組3人で会話をする様子があるのだが、その会話は「神沙姉妹の2人が、心愛ちゃん達以外の木組みの街の人々にもちゃんと受け入れられていた事」「冬優ちゃんにもまだまだ可能性が秘められている事」が読み解けるものであり、前者はそれまで自分達以外の世界が殆ど無かった2人にとって、漸く見つける事の出来た新しい居場所の確立を意味し、後者は冬優ちゃんのさらなる成長の余地を意味しており、ブラバ組もとい神沙姉妹の2人が木組みの街で明確に受け入れられている事、既に飛躍的な成長を見せている冬優ちゃんも今後さらに飛躍していく可能性がある事を示唆する重要な局面だと思う。

一抹の不穏とブラバ組の絆

 心愛ちゃんの突飛ながらも熱烈な呼び込みによって、ブラバ組のブロカントは大盛況を迎えた訳だが、その様な大盛況を迎えても映月ちゃん持ち込みの「拘束具」や「人を避けるための道具」は、やはりあまりにも人を選ぶものである事が災いしてか、他の商品が全て売れた状態でも最後まで売れず仕舞いであり、3人共に諦める方向性に舵を切っていたが、そんな折に登場したのがブラバでバイトを始めながらも、その立ち位置はブラバ組3人とは全く別物である狩手結良ちゃんその人であり、彼女は何時もの様にどこか不気味とすら思える程の影たるオーラを纏いながら、ブラバ組のブロカントの中で唯一売れ残っていた「拘束具」や「人を避けるためのグッズ諸々」全てを購入していき、購入した後には、その影たる雰囲気を少しも変える事無く、ブロカントから去っていったと言う、ある意味彼女の予定調和とも言える行動を見せている。因みにブラバ組の3人の内、冬優ちゃんは神沙姉妹の2人がブラバのアルバイト採用の椅子が1つしかなかった為に、2人の仲の良さを知った店長が「2人をバラバラにする様な決断をしたくない」と言うある種の優しさを持った決断を下したのもあってその椅子には座れなかった所、結良ちゃんが後からその椅子に座った(=採用された)事*12からも、彼女の事はある程度知っていた様子を見せていたが、神沙姉妹の2人は結良ちゃんの事を全くと言っていいほど知らなかった為、彼女の事を「良い人」だと称していたのは印象的である。尚、結良ちゃんは本当に「良い人」な側面もあるし、少なくとも「根っからの悪人ではない」のは紛れもない事実だが、如何せん普段見せている性質が性質なので、どうしても歪んで見えやすい傾向がある。

 この様な展開を見て私が気になったのは、勿論と言うべきかやはり「狩手結良ちゃんが見せたダークな雰囲気」であり、単純に考えてみてもその何を考えているのか全く分からない雰囲気は正に彼女の十八番と言うべきものだが、結良ちゃんは何も四六時中ダークな雰囲気を帯びている訳では無く、寧ろ普段の彼女は(掴み所が無い点を除けば)そこまで逸脱した雰囲気を持った人物ではないことから、私としては「何故今回は終始ダークな雰囲気を帯びていたのだろうか」と、やたらと気になって仕方なかったのである。そして、今月号の結良ちゃんが終始影たる雰囲気を帯びていた事に対して、私は考察の末に2つの見解を持つに至り、1つ目は「冬優ちゃんひいてはブラバ組にとって結良ちゃんはまだまだ未知の部分が多いから」と言うもので、2つ目は「結良ちゃん自身が誰にも染まらない独自の立ち位置と世界観を貫き続けているから」と言うものである。

 1つ目の見解から説明すると、1つ目は今月号の結良ちゃんは最終コマを除いてブロカントにおけるブラバ組との絡みしか登場していないのに着目し、ここから「今月号で結良ちゃんが見せた雰囲気は、殆どがブラバ組から見た結良ちゃんのイメージ」と言う性質を持ち合わせている事が前提として、神沙姉妹の2人にとって結良ちゃんとは殆ど面識がなく、冬優ちゃんは同じバイト先と言う事もあって面識はあるものの、心愛ちゃんや智乃ちゃんとは何もかもが違っている事もあって、警戒心が解き切れない存在である事から、ブラバ組の3人共に「結良ちゃんとの絡みが少ない(若しくは内面が窺い知れない)が故に素性が良く分からず、故に3人共に多少なりとも彼女に対して影たる雰囲気を帯びている様にも感じられる」と考えられる事から編み出した仮定論であり、端的に言えば「ブラバ組3人にとって結良ちゃんは素性が知れない部分が多い事から、その掴み所のない行動と雰囲気がどこか影の属性たるものに見えた」と言う訳である。

 2つ目の見解は、結良ちゃんはこれまでにも心愛ちゃんや理世ちゃん達とは一線を画す様な言動や立ち振る舞いが多かった事からも、彼女が他の木組みの街の住人とは一線を画す様な価値観を持っているのは明白な中で、ブラバ組に対してもその様な影たる雰囲気を崩さずに現れた事によって、結良ちゃん自身「心愛ちゃん達とは一線を画す価値観と立ち位置を保ち続ける事を暗示している」と言う仮定論である。抑々論として今月号時点においては、結良ちゃんとしてもブラバ組3人の事はまだまだ知らない事が多いと思われる中で、結良ちゃんが上記の様な異質な雰囲気を見せたと言う事は、彼女自身が持つ「心愛ちゃん達とは一線を画す様な立ち振る舞い」をブラバ組に対しても見せる意思がある事の証明とも考えられる訳であり、良くも悪くも「結良ちゃんの一線を画す雰囲気はなくならない」と言う訳でもある。

 ここまで私が今月号の結良ちゃんに対して考察した内容を2つ書き出したが、1つ目と2つ目どちらをとるにしても「結良ちゃんの価値観や雰囲気は、心愛ちゃん達のそれとは全くもって異なっているのを示唆している側面がある」と言うのが共通点として存在しており、この事からも今月号で結良ちゃんが見せたダークな雰囲気を私自身「何者にも染まらない独自たる雰囲気や価値観を持ち、尚且つそれを貫き通そうとしている事の表れ」と捉えている訳だが、結良ちゃんはごちうさの登場人物の中でも、おっとりしつつもミステリアスな雰囲気を纏う青山さんと並んで特に素性が掴みにくい人物*13である為、果たしてこの様な見解がどこまで真相に迫れているのかは私自身も良く分からないのが実情である。しかしながら、学生組の中でも特に異質な雰囲気を持つ結良ちゃんの雰囲気は決して無視できるものではない事は明白であると私自身考えており、故に今月号だけでブラバ組と結良ちゃんの関係性を断言は難しいとは言え、それ故に今後の「ブラバ組と結良ちゃんの絡み」は目が離せないとも言えよう。

 そんなブラバ組と結良ちゃんとの絡みだが、今月号においては「結良ちゃんがブラバ組のブロカントの出展物の中で最後まで残っていた品物を買ってくれた人物」と言う事もあってか、神沙姉妹2人からの心証はとても良かった訳だが、それにより映月ちゃん持ち込みの物が遂に本人の手元から離れた事を意味する為、その事に対して心配を思う心情を冬優ちゃんから投げかけられているが、映月ちゃんからしてみれば、例のグッズは「自分を尖らせてみせるため(早い話がグレる)に買ったもの」であり、それは映月ちゃんもとい神沙姉妹の2人にとっては「人間関係の事で変に傷つかないようにする為の防衛手段」を意味する為、変に自分を偽る必要性もなくなった今の自分達にとっては最早いつまでも取って置く理由がなくなっているのは明白であり、故に今回売りに出して、結果的に自分の手元から離れて次の持ち主に受け継がれた事に対しても寂しい感情は全く無く、寧ろ「過去の悲しき自分を象徴するアイテムを断ち切る事ができた」と言う意味でも、映月ちゃんは晴れ晴れした気持ちを抱いていたとすら思えてくる。

 ただ、そんな映月ちゃん御用達の「拘束具」含めた「映月ちゃんの尖った意思を反映させたグッズ」を結良ちゃんが買っていた事実はそう簡単に流せるものでは無い。何故なら、ここでも映月ちゃん理論を適用するなら、結良ちゃんが例のブロカントで映月ちゃんが持っていた「拘束具」諸々を購入していったと言う事は、それだけ彼女には親しき仲柄の人物を自分のものだけにしたいと言う、所謂「親密な人物に対する独占欲」があるのを意味しているとも考察できるからであり、これに対して作中では「冬優ちゃんが神沙姉妹の2人を手懐ける結良ちゃんを想像して、彼女に対する警戒心を更に強める」と言う展開があるが、私としては結良ちゃんが手懐ける(或いは操り人形)対象としているのは、寧ろ彼女にとっての幼馴染である理世ちゃんの方なのではとも考えており、確かに結良ちゃんが神沙姉妹の2人を手懐けるのも可能性としてはなくはないが、結良ちゃんは「育ちの経緯故に親密な関係性に対して多少なりともコンプレックスを抱いている節がある」ため、彼女にとって幼馴染と言う特別な関係性にある理世ちゃんの事を束縛しようとしていると考えるのが自然な流れではないかと思い、この様な見解に至った訳である。しかし実際には作中においても「結良ちゃんは必ずこの様な未来を辿る事になる」と確証をもって言及されている訳では無く、私としても「確証は正直どこにもない」ため、言ってしまえばこれらは所謂取り越し苦労なのかも知れないが、現状では「否定するにしろ肯定するにしろ、それを確約するだけの証拠が十分にない」事もあって、何度も言う様にたとえそれが取り越し苦労だとしても、この「否定も肯定もできない」が故に頭のどこかで「もしかしたら……!」と言う想像が絶えないのである。

 因みに例の「拘束具」一式を買っていった結良ちゃんだが、その日の夜に理世ちゃんに見せびらかして、彼女をビビらせると言う一幕があるのだが、ここでも結良ちゃんはあくまで「ブラバの面接に落ちたっぽい2人がいたから助けた」と言っており、これにより結良ちゃんは神沙姉妹の2人の事をある程度知っている可能性が浮上した訳だが、何れにしても彼女は「人助けの為に買ったまでであり、別に変な趣味は全く持っていない」という事なのだろう。ただ、当の理世ちゃんはその辺の事情を良く知らないが故に、完全にドツボにハマっており、それ故に結良ちゃんの話に聞く耳を持つ余裕が無かった為、どこか心配にもなってくるが、そんな状況下でも結良ちゃんは理世ちゃんに対して彼女を嗾ける様な事を発しているので、やはり深く考えても取り越し苦労に終わるだけかも知れない……。

 この様に結良ちゃんの行動をめぐっては、ブラバ組もとい冬優ちゃんの見解に代表される様に多少なりとも不穏な見解もなくはないのだが、その一方でブラバ組が出展したブロカントが大成功の内に幕を閉じたのは紛れもない事実であり、その際に神沙姉妹の2人が冬優ちゃんに対して「私達の個性を考慮した指示をしてくれた事に対して、驚きつつも喜ばしそうな感情を表していた」のが特に印象的である。何故神沙姉妹の2人がこの様な事を発したかと言えば、言わずもがなではあるが、「2人には双子故に見分けがつかないと言われていた過去があったから」であり、夏明ちゃんが髪をバッサリ切ったのもそれに起因しているのだが、そんな中でも冬優ちゃんは2人の事をしっかり理解した上で、それぞれの特性に合った形で的確な指示を下していたため、それが2人にとっては何よりも嬉しかったのだと考えている。尤も、冬優ちゃん自身は「心愛ちゃん達が来てくれなければ不可能だった」と謙遜しており、実際に心愛ちゃん達が来てくれたからこそ、冬優ちゃんは一歩を踏み出す勇気が持てたと思う事からも事実だと思われるが、それでも冬優ちゃんが2人の事を内面からしっかり理解しようと思わなければ、双子である神沙姉妹の2人に対してそれぞれの個性や特性に合った的確な指示を下す事は、例え心愛ちゃん達の存在があったとしてもまず不可能である為、冬優ちゃんが言う様に「心愛ちゃん達の来訪があったからこそ」なのは前提だとしても、冬優ちゃんの心の中に夏明ちゃんと映月ちゃんそれぞれをしっかり理解しようとしていた自分がいたからこそ、今回の様な事ができたのは紛れもない事実だと言えよう。

3.あとがき

 以上がきらま2022年7月号掲載のごちうさを読んだ感想・考察である。今回は先月号に比べると圧倒的なまでの衝撃的な展開は控えめとなっていたが、代わりにブラバ組の軌跡と成長がブロカントを通してはっきりと分かる回になっており、それ故に今月号も先月号と比べて、別ベクトルながらも全く遜色ないインパクを私自身感じ取っており、ブログ記事自体も今月号の方が文量が多い程である。とは言っても、先月号のインパクトは相当なものであった為、甲乙つけ難いとは正にこの事だと思う。

 今月号はブラバ組中心にして、ブラバ組がかけがえのない存在でもある木組みの街の住人*14とブロカントを通じてどの様に絡みを見せ、成長していくのかが重要であるが、一方で「ブラバ組と木組みの街の住人」の関係性がかなり色濃く描かれている点も同じ位重要であり、ブラバ組を軸にしてブロカントに訪れる木組みの街の住人との絡みと言うのは、ブラバ組3人にとってはそれまで無かった経験*15でもある為に読み手にとっても結構新鮮であり、また関係性が濃縮されている事からも、読んでいて中々に重要だと思う訳である。

 また、ブラバ組3人の中でも冬優ちゃんがブロカントを通じて深い観察力、優れた洞察力、高い成長力、そして柔軟な適応力を見せていた点も印象的であり、それをもってそれまで双子故に区別がつかないと言われていた神沙姉妹それぞれの特性を上手く掴み取り、夏明ちゃんと映月ちゃんそれぞれが得意とする分野の仕事を託したり、心愛ちゃんの呼び込みによって空前の繁盛を迎えた局面においても、智乃ちゃんの励ましがあったとは言え、最後まで冷静さを失わず、柔軟な適応力をもって上手くお客さんを捌いていたりと、自然な形でブラバ組の要としての存在感を発揮していたのは見逃せないが、それらを超える程に衝撃的なのはその様な強みを心愛ちゃん達と出逢ってからたった数ヶ月で自ずと発揮していた事実であり、その成長スピードの早さはブラバ組はおろか、ごちうさの登場人物全体で見ても一二を争う驚異的なレベルだと思う程だが、更に凄いのが「冬優ちゃん自身がそれでも自分はまだまだ成長途上(未熟者)だと考えている事」で、今月号時点でも既に嘗ての自分とは比べものにならない程の成長を遂げながら、それでも自分はまだまだ未熟だと捉え、精進を決して怠らないその姿は、将来的に冬優ちゃんは何かしらの大物になるとすら思う程であるし、そうでなくても周りから尊敬される様な人であり続けると思う。

 尚、ブラバ組3人の中で誰が中心的存在なのかは人それぞれだと思われるが、私としては「人を導くだけの力を持ち、何があっても軸がブレない強さを持つ」と言う観点では冬優ちゃんが別格の強さを持っており、神沙姉妹の2人もその意味でも冬優ちゃんの事を信頼し、とても頼りにしている場面は少なくないことから、「有事の際の中心は冬優ちゃん*16で、普段も冬優ちゃんが割と中心的な存在感を持つ」と捉えているが、当然の事ながらそれぞれが信頼し合っているからこそ、冬優ちゃんがその象徴として存在しているのは言うまでも無く、その意味では「誰一人として欠かせない存在」だと考えている。

 そして、今月号においても異質な雰囲気を持ち、ブラバ組にも大なり小なり影響を与えていた結良ちゃんに関しては、今月号における行動から「心愛ちゃん達とは一線を画す価値観を持っている事がほぼ確定した」と言う意味で重要だと捉えているが、それ以前に結良ちゃんはブラバでバイトを始めたと言う経緯からも、ブラバにそれなりの関わりを持つ人物である事は明白である為、「結良ちゃんもブラバ組の一員」と言う考えもできながらも、現状結良ちゃんはブラバ組の3人とは一線を画す存在である事も気になっており、これに関しては「結良ちゃんは3人とは別学年だから」とも「抑々現段階では結良ちゃんと3人の接点が殆どないから」とも受け取れるが、何れにしても今月号で結良ちゃんは「ブラバ組の3人と接点を持った」訳であり、それ故に今後の動向次第では結良ちゃんも正式なブラバ組の一員若しくはそれに準ずる立ち位置になる可能性もある事から、結良ちゃんの今後の動向からはますます目が離せなくなったと言えよう。

 先月号と比べてもかなり膨大な文量となり、それに伴い書き上げるまでに相当な期間を要したが、これもいつ如何なる時もごちうさに対する想いが強くある事の証ともって、この感想・考察の締めとしたい。

 

 

おまけ

今回の文量は全て合わせてのべ400字詰め原稿用紙50枚分である。先月と比べてもかなり字数が増えているが、これよりも更に字数が多かった記事は沢山ある為、何とも言い難い側面はある。因みに書き切るまでにかかった期間は2週間程度であり、書き始めの遅さと多忙さも相まって今回はかなり遅いペースだった。

*1:今までがあまりにも早過ぎたとも言えるが……。

*2:ブライトバニーの社長令嬢たる神沙姉妹2人と、そのブライトバニーでバイトをしている冬優ちゃんから成る、都会から木組みの街へとやってきた3人組の通称。

*3:これに対して夏明ちゃんはかなり恥ずかしそうにしていた。

*4:気を遣わなくても良い程に仲が良いこと。

*5:尚、覗かせているとは言っても結良ちゃんの雰囲気に比べれば幾分かわいい方である。結良ちゃんがあまりにも特殊だとも言うが……。

*6:但し、考え様によっては多少毒を含んでいる展開だと言う印象もなくはない。

*7:紗路ちゃんは作品の初期の頃から「陶器を心から愛する」と言う一面があり、これ自体は旅行編で明らかとなる紗路ちゃんの両親の職種の影響と思われるが、彼女の「陶器好き」はそれを考慮しても並大抵のものでは無く、所謂「マニア」と呼ばれるレベルを軽く超えていると思われる程。

*8:採算性を無視した価格で品物を叩き売ることであり、「不当廉売」や「投げ売り」とも呼ばれる。

*9:喋りが優れていること。

*10:心愛ちゃんの親友である千夜ちゃんが持つ、悪戯(いたずら)好き且つ揶揄い(からかい)好きな一面から放たれる数々の鬼畜行動を指す言葉であり、本人には悪意のないケースが殆どなものの、純粋に悪戯や揶揄いを楽しんでいる面が見受けられる所が「鬼畜」と呼ばれる所以なのだろう。尤も、私としては言う程「鬼畜」だと思った事がないのだが、感覚が少々鈍いのだろうか。一通り書き出してみたら「鬼畜」よりも「小悪魔」の方が似合っているとは思ったが……。

*11:きんいろモザイクに登場する大宮忍ちゃんを指す言葉であり、彼女の場合悪意は一切ないのにも関わらず、客観的に見れば相手を容赦なく攻撃する言動が少なくないが故に「鬼畜」と呼ばれている。とは言っても、私としてはそんな一面もひっくるめて忍ちゃんが好きなのだが……。

*12:その事から、冬優ちゃんは結良ちゃんが神沙姉妹の2人が落ちてしまったブラバの面接に受かった事実も知っている訳だが、神沙姉妹の2人には「自分が話す事で生じるであろう彼女達が受ける精神的なショック」も鑑みて、敢えて黙る決断をとっている。

*13:尚、青山さんが大人である事を鑑みれば、学生組の中で一番素性が掴みにくいのは結良ちゃんとなる。

*14:尚、現在の高校生組及び大学生組の中で理世ちゃんだけはブロカントに訪問している描写がなく、結良ちゃんとの絡みのみ描写が存在する。また、先月号では要だった大人組も今月号は基本的に登場していない。

*15:抑々ブロカント自体、3人共に初めてなのだが。

*16:自分達の居場所を守る為なら映月ちゃんの方が行動力、度胸共に上だが、あらゆる事態に対処できる安定性を持っていると言う意味では冬優ちゃんに軍配が上がる。

きらファンメインシナリオ第2部「断ち切られし絆」7章の感想・考察

 こんにちは。今回はきららファンタジアのメインシナリオ第2部7章を読み進めていく中で抱いた感想と考察について書き出したいと思います。この第2部に関しては、最早どの様な観点から捉えるべきなのか分からなくなる程に錯綜たる想いに駆られている側面がありますが、それでも私の中での嗜み方と信念は固く存在しているので、今回も「私が思う事」を大切にしながら書き出したいと思います。

※注意※

きららファンタジアメインシナリオのネタバレを含むものなので、その事を了解の上、読み進める事をお願い致します。また、内容も重めなので十分注意してください。また、本文中に出てくる「リアリスト」は「現実主義、写実主義」を意味するものではなく、「ゲーム内に登場する組織体」です。今回は括弧の有無に関わらず、特に脚注や注意書きが無い場合は全てゲーム内で使われる単語の意味合いを指します。

1.はじめに

「断ち切られし絆」の名を持つ、きららファンタジアメインシナリオ第2部。どの聖典にも載っていない謎の存在である住良木(すめらぎ)うつつと共に、きらら達はうつつの故郷を探す為に新たな旅に出る。だが、その道中はあまりにも悲愴的且つ壮絶な展開の連続であり、これまでも幾度となく数々の事実が明らかになってきたが、7章では途轍もない展開が待ち受けていたのである……。

 特徴は何と言っても大筋を支配しているシリアスなシナリオで、その威力はきららファンタジア全体の中でも随一である。そして、個人的にはそんなメインシナリオ第2部の中でも特に壮絶だと感じているのは「欺瞞に満ちた世界*1を正す為に禁呪魔法『リアライフ』に手を染めてまで暗躍するが、その根底には蠢く悲しき闇と決して消える事のない痛く悲しい過去が滲み出ている『リアリスト』そのものの存在」であり、知れば知る程に悲惨な実態や心境が見えてくる痛みは筆舌に尽くし難い。ただ、それでもうつつちゃんが見せる精神的な変化や、どんなに悲愴的な状況に陥っても決して希望を捨てないきらら達を見れば、胸が熱くあるのは当然の事ながら、聖典そのものが抱えている問題について深く考えていく事等、きらファンメインシナリオ第2部には「私にとっては心惹かれてやまない要素が多く存在」しており、それ故に新章が出る度に凄まじいまでの感想・考察を書いている所存である。

 今回もそんな読み応えのあるシナリオを読んだ感想・考察を書き出していく訳だが、前回の6章があまりにも肥大化し過ぎていた為、今回は幾分コンパクトにまとめようと考えている。勿論、コンパクトとは言っても書き出す内容に妥協をするつもりは無いのは当然である。

2.第2部7章の感想・考察

 まずはこれまで同様、7章そのものについてや、その7章から読み解ける事を中心に書き出したいと思う。内容はメインシナリオ第2部の例に漏れず重い内容になっているので、注意して欲しい。

7章全体の感想・考察

7章とは

 7章はメインシナリオ第2部2章及び4章同様、メインシナリオ第2部の世界観そのものが深く掘り下げられているものであり、冒頭から6章終盤に明かされた「リアリストの次なる標的は七賢者」に対する対抗策を練る場面から始まっている辺り、いよいよ激動の展開に突入していく事が窺い知れる。

 その様な事もあってか、この章は序盤から「神殿チームVS真実の手」と言う構図の激しい応戦が繰り広げられており、冒頭からいきなり波乱の展開を迎えている。だが、序盤は完全にリアリスト達が一枚上手であり、神殿チームは七賢者が新たに3人も毒牙に蝕まれ、きららちゃん本人に遂にサンストーンの手によって彼女が見えるパスが断ち切られ、更に6章時点で既に毒牙を喰らっていたカルダモンも毒が完全に治癒していなかった事から、一時は窮地に立たされる事になってしまう。

 正しく悪夢のような状況下に、ただ一人きららちゃんとの絆を覚えていたうつつちゃんは、自分の無力さと不甲斐なさに対して激しい自己嫌悪に陥ってしまうが、スクライブギルドのギルド長であり、うつつちゃんにとっての親友でもあるメディアちゃんの励ましによって再び希望を取り戻し、更にうつつちゃんに秘められていた強い想いが、彼女に新たな力を授ける事になった。そしてここから、七賢者の中でも特殊魔法の使い手であり、人の夢にも入る事の出来る力(夢幻魔法)を持つハッカの計らいによって、うつつちゃん達はきららちゃんを救う為にきららの夢の世界に乗り込む事を決意する。

 夢の世界においては、新たな力を会得したうつつちゃんの手によって、きららちゃんは自分の能力で絆を取り戻し、きららちゃん本人が見ていた悪夢から解放する事に成功する。因みにサンストーンからしてみればこれは大誤算だった様で、真実の手の面々は思わず憤りと焦りを隠せなかった様だが、直ぐに平静を取り戻している。また、7章中盤では「悪夢の魔法をかけられたきららと七賢者を助ける事」が主軸となっているが、ここでは敵のスズランが一目置く程の実力を持つ七賢者「ハッカ」の存在もあって神殿チームが反撃に転じる事に成功し、リアリスト側が徐々に追い詰められていく事になる。そして、リアリストの抵抗を乗り越えて遂に全員の悪夢を開放する事に成功するが、未だダチュラによって蝕まれた毒が残っており、依然として予断は許さない状況下にありつつも、神殿チームは解毒の為に奔走する事を決意する。

 解毒の為には高純度の星彩石が必要だと言うが、それは既に真実の手が1人であるダチュラの手に奪われていた。しかしながら、ロベリア達が企画していた作戦は失敗に終わったと本人の口から告白した辺り、リアリスト側も追い詰められているのが窺える。そして、神殿チームが黙って手を拱いている筈もなく、ダチュラを追う為に奔走し続け、その過程で真実の手が1人、エニシダと邂逅し、きらら達はこれを退ける事に成功する。ただ、敵の抵抗も凄まじく、道中幾多の困難がありつつも、きらら達は遂にダチュラの下に辿り着く事を果たし、ダチュラの手から星彩石を取り戻す事にも成功する。だが、ダチュラが見せた雰囲気は、今までのリアリストは無かった悲しみを帯びていた……。

 星彩石を手に入れた神殿チームは、早速ダチュラの毒に侵された面々を救う為に神殿に持ち帰り、無事に処置を果たす事に成功する。だが、その矢先にエトワリアのあちらこちらでリアリスト達が仕向けた刺客に襲撃されていると言う情報が入り、緊迫の展開のままに7章は唐突に終わりを告げる。つまり、7章は、言ってしまえば「『七賢者VS真実の手』におけるほんの序曲に過ぎなかった」訳であり、今後の章で更なる壮絶な展開が待っているのだろう……。

 全体的に見れば、7章は「真実の手VS神殿チーム」という対立構造が全編にわたって意識されている事からも、リアリスト側もいよいよ本気で聖典及び神殿を潰しにかかっているのがハッキリと分かり、それ故に全編にわたって高い緊張感が漂っている。また、7章は全体的に見て物語の進行スピードが、今までと比べて多少なりとも速くなっている印象があり、これも「7章は劇的な展開が休む間も殆どなく続いている」という印象に花を添えていると考えている。因みに7章のシナリオの雰囲気そのものについてだが、7章は凄まじいまでの悲愴的で過激な展開こそ無いものの、全編を支配する高い緊張感や、7章で本格登場したダチュラが抱える悲しき境地を鑑みれば、7章も今までの章と変わらない重さが含まれていると言える。

 また、7章では6章と違ってメインシナリオ第2部の根幹にも関わる程に重要な要素が明らかになる側面は控えめになっているのだが、それ故に「7章では七賢者に狙いを定めたリアリスト達が本気で襲い掛かってきている事実」ダチュラが抱える悲しみの境地」がより印象に残りやすくなっている。また、7章中盤においてうつつちゃんが更なる境地へと歩みを進めている描写もあるのも見逃せない点であり、ここからはこのメインシナリオ第2部7章で重要だと思った事を中心に書き出していくが、まずはうつつちゃんとダチュラについて書き出したい。

7章におけるうつつちゃん

 メインシナリオ第2部の重要人物たる住良木うつつ。どの聖典にも載っていない謎の存在であり、本人も「名前と年齢と女子高生である事」以外は全て記憶を失くしてしまっている。その為、現時点でも彼女は一体何者かは分からず仕舞いな訳だが、7章においてリアリスト達も彼女の奥底知れない特性に戸惑いを隠せなかった辺り、彼女の全てを知る者は殆どいないのだろう。

 性格は極端なまでのネガティブ思考であり、それ故に度々後ろ向きな発言をする事がしばしば見受けられるが、きらら達と冒険を重ねている事と、自分の事を心から理解してくれているメディアちゃんの存在や、出逢うクリエメイトの存在が、彼女を精神的に大きく成長させており、今でもネガティブキャラである事を自負しているとはいえ、フェンネルやアルシーヴからも一目置かれる程に立派な人物へと変化している。そして、7章では後述の通り、彼女の強い想いが彼女独自の強みを持つ事に繋がっている。

 物事を見つける際の視野の広さや、言葉選びの巧みなセンスが持ち味でもあり、7章においてはどちらも6章に比べると控えめとはなっているものの、高い緊張感が続く7章においても彼女が見せるその様な雰囲気によって多少なりとも緊張が解れるのは言うまでも無く、良い特性を発揮していると考えている。因みに彼女はその巧みな言葉選びに裏付けされた毒舌センスも度々感じさせているのだが、これも7章においては控えめになっている。尤も、彼女の毒舌は中々に切れ味が鋭い為、鳴りを潜めていた方が良い様な気もするのだが……。

 そんなうつつちゃんだが、7章においては数々の劇的な展開を迎える事になる。まずはアルシーヴとセサミが気付いていた「うつつは一定以上のネガティブ感情になると、本人の意思とは関係なくウツカイを召喚する」と言うものであり、この事実に彼女は思わず狼狽えてしまっていたが、アルシーヴは「それも(うつつ本人の事を知る上で)手掛かりになる」と付け加えた上で、ウツカイを召喚するからといって敵視する事はない(=うつつを変わらず信じ続ける)とうつつ本人に告げており、それ故にうつつちゃんとしてもその言葉に救われたものはあったと捉えている。

 次に「うつつちゃんにとってはかけがえのない存在でもあるメディアちゃんの励ましによって、彼女は新たな力に目覚めた」と言うものである。これは7章中盤において絶望的な状況下にも関わらず、自分には何もできない事に対して自己嫌悪に陥ってしまう中で、メディアちゃんに凄まじい勢いで励まされた事で自己嫌悪から脱し、改めて前を向く決断をした際に表れたものであり、その際にメディアちゃんとの絆を象徴する「2章におけるペンが光り輝いた」と言うのは、色々な意味で輝かしいの一言に尽きる。

 この様な事から、うつつちゃんは全体的に「7章においては、一度は闇に呑まれかけるものの、最終的には光を手にしていく存在」としての一面があると捉えており、彼女の変化は非常に輝かしいと言えるが、この事実はここから叙述していくダチュラ」が抱えている影との対比をより明確なものにしており、それは同時に運命の残酷ささえも示唆している。

ダチュラについて

 「真実の手」が1人であり、毒手の異名を持つ、リアリストが1人、ダチュラ。一人称は基本的に「ワタシ」であり、話し方が片言なのも彼女の特徴。その異名通り自分の手で毒を生産できると言う恐るべき特殊能力を持っているが、彼女はその能力故に自分ではどうする事も出来ない無情な現実にも立たされている。尚、毒の用途法は7章を見る限り様々存在する様だが、どうやら「強力になればなる程、準備の手間暇や生産性の効率低下が表れる様になる」という欠点がある様で、7章ではその弱点をカバーする為にダチュラ以外の真実の手の面々が協力して「毒で相手を弱らせ、スズランの夢幻魔法で悪夢を見せさせ、エニシダの歌声でどこまでも絶望に叩き落す」と言う陰湿且つ悪辣な手口を使っている。

 その能力故にリアリストの中でも実力はかなりのものとは言えるものの、当の本人は大の寂しがり屋で、スキンシップで得られる温もりを求めている一面がある。しかし、ダチュラが持つ能力は作中を見る限り「本人の意思で毒を体外に放散するかコントロール出来る」ものでは無く、「本人の意思とは関係なく、体外には常に毒を帯びている」ものである事が窺え、それ故に彼女には誰も触れる事が出来ないと言う。何故なら、ダチュラに触れようものなら毒によってそのまま命までも奪われてしまうからであり、リアリストの面々がダチュラの事を褒める事はあっても、ダチュラがどんなに雰囲気を醸し出していたとしても頑なにスキンシップに応じないのは、リアリストの面々もダチュラの毒に蝕まれてしまう事実が存在しているからだと見てとれ、それはエニシダが見せた反応が裏付けとなっている。

 この様な事情から、ダチュラ本当の意味で打ち解け合える仲間内がいない(即ち孤独)と言う状況に追い込まれており、それ故にリアリスト内でも孤独感を滲ませている。また、彼女は自身が立たされている境遇故に人と人の繋がりを激しく憎んでおり、故に人と人が密接に繋がっているのが狡いから世界を破壊したいと言う願望を強く滲ませているのも大きな特徴であり、その悲愴度はリアリストの中でも群を抜く。因みに特殊能力が原因でやり場のない怒りと悲しみを抱える事になってしまっているのは、ダチュラの他に「自身の歌声に呪いがかけられている」エニシダも該当するが、エニシダはまだ仲間を作ろうと思えば作れる余地は残されているのに対して、ダチュラ「毒故に触れる事さえできない」と言う特性上、仲間内を作る事すらままならないと言う境遇に立たされている為、ダチュラの方がエニシダと比べても遥かに悲愴的且つ無慈悲な運命を課せられていると言える。

 彼女はリアリストにおける「真実の手」の一員ではあるものの、悲愴的な命運を抱えている事や、他のリアリストとは明らかに違う境遇に立たされている事から、リアリストに対しては基本的に寛容的な態度を見せない*2きらら達も、7章で彼女と初めて直接対峙した際に彼女が見せた悲愴的な現実に思わず悲しみを覚えており、きらら達にとってもダチュラが抱える悲愴的な境地は痛々しいものであった事は明白である。その為、ダチュラはリアリストの中でも一線を画す存在だと言えるが、今後どうなるかは現時点では分からない……。

7章について思う事

ここからはいよいよこのメインシナリオ第2部7章で私が重要だと思った事、思わず心打たれた事を中心に書き出していきたいと思う。ここからも重い内容が含まれているので、注意して欲しい。

急進の展開と鬩ぎ合い

 まずは7章全体の印象について書き出したい。7章は大きく「七賢者VS真実の手」の構図が存在している為、序盤から波乱の展開が続き、それが終盤まで続く展開となっており、それ故に私としては終始その高い緊張感に呑まれながら、劇的な展開に痺れていくと言う構図が存在していた。ただ、私自身実際に7章を読み進めていく前は、正直この様なビジョンは見えておらず、それ故に驚きと戸惑いが隠せないままにどんどん進んだ印象があったのだが、元々私は今回の7章の様な展開を好みとしていた為、さほど支障は出なかった所存である。

 また、7章は劇的な事実や展開が立て続けに出てきたのも印象的であり、特に印象的だったのは「七賢者があっという間に『真実の手』の搦め手に嵌められる」・「きらら自身の絆がサンストーンによって一時的ながらに断ち切られる」・「紆余曲折を経て、うつつちゃんが更なる力を会得する」・「七賢者と『真実の手』がお互いに激しく削り合う」と言うものであり、とりわけきららちゃんの絆が断たれてしまった事と、うつつちゃんが新たな力を会得した事は衝撃的であり、正直展開が急進的すぎて良く分からなかったのも否めなかったが、この事実が今後のメインシナリオ第2部において多大なる影響をもたらす事はほぼ間違いないとみている。

 更に、7章において本格登場したダチュラの存在は、彼女が抱えている悲愴的な境地や命運を鑑みて、彼女はリアリストの中でも突出して悲しいものを抱えていると思うのと同時に、7章ではうつつちゃんが大きく光り輝いたものを手にしていたのを鑑みれば、うつつちゃんとダチュラ「7章における光と影の対比になっているのではないか」とも捉えている。尤も、これは完全に個人的な観点なのだが、7章ではきらら達が数々の危機がありつつも、協力して乗り越えて更に強いものを手にしている一方、リアリスト達は最初こそ優勢だったものの、徐々に劣勢を強いられて最終的には一時撤退を余儀なくされている事からも、何かしらの対比構造があるのは明確である為、今回この様な仮説を立てた訳である。

 この様な事から、私の中で7章は前回の6章と比べてコンパクトにまとめているとはいえ、今回も「終始激震走る目まぐるしい展開」と「新たな境地に達する者と(最終的に一時撤退しているとはいえ)追い込まれた者」を始めとして心打つ展開が多い印象があり、それ故にこの7章もメインシナリオ第2部に相応しいものが多く詰め込まれていると認識している。また、7章では神殿側、リアリスト側共にやたら気になる台詞が多かったのも見逃せないポイントであり、色々な意味で今後の章において表れるのが楽しみでもある。

輝きたる新境地

 7章を読み進めた上で私が感じた若しくは考えた事を叙述していくにあたって、7章で今まででも指折りの凄まじい成長と意気込みを見せた住良木うつつちゃんの事を省くわけにはいかないだろう。彼女は7章において、敵の策略によって自分が無力である事を自ら責める様な状況に追い込まれ、元来のネガティブ思考も相まって半ば自暴自棄気味の思考に陥ってしまった際、自分にとってかけがえのない存在でもあるメディアちゃんによって励まされた事と、その励ましによって、きらら達と一緒に旅をしていく中で育まれてきた強い意思を取り戻し、絶望的な状況を打開しようとしてありったけの想いを解放した所、その想いに呼応するかの様に、うつつちゃんがメディアちゃんと初めて出逢った2章で登場したあの時のペンが光り輝き、うつつちゃんは新たなる力を手にしているのだが、その時の流れが凄まじいまでに印象に残るものであり、後になって振り返ってみれば「あの時うつつちゃんは遂に自分の強い意思を具現化たるものにした」と思える様になった。それ位、あの時のうつつちゃんは凄かったのである。

 個人的にはうつつちゃんがこの様な力を手にした事実は、うつつちゃん自身が人を思い遣る事の出来る優しい心の持ち主である事、大切な人の為に自分が力になりたいと考えていた事、リアリストとはやはり共感できないと考えている事の3つが明確になったと捉えており、それは同時に自分に自信が無い一面が目立つうつつちゃんにとって確固たる信念の指標ともなり得るだけでなく、未だに彼女の素性が本人も含めて分からない中で、うつつちゃんはリアリストとは一線を画す信念を持つ事の証明にもなり得る。勿論、本当の所は明らかになってみないと分からないのは当然だが、それでも彼女にとって相当な心の救いとなっているのは間違いないと思われる。

 また、うつつちゃんは7章において確固たる想いを築き上げるまでに凄まじいまでの気持ちの乱高下を見せつけていた事から、私はそれをして「一度は闇に呑み込まれかけたうつつちゃんだが、メディアちゃんの励ましや自分が持つ強い意思の再認識もあって、闇を脱し確固たる光の輝きを会得した」と過程付けており、ここから私はうつつちゃんの事を「7章において光を手にした人物」という位置付けにしている。ただ、彼女は元来ネガティブ思考の持ち主であるが、ここで重要なのは「元々ネガティブな傾向が強かった彼女が、自らの想いと自らを大切に想う友達の想いをもってして、光り輝くものを手にしている事」である為、今回の事例はより一層意味のある事だと捉えている。

 ところで光があるならその対比の存在たる影(闇)があるのも当然の摂理だが、7章においては光り輝くものをうつつちゃんが担っていたのに対して、暗く闇を滲ませるものを感じさせていたのは、下記において詳しく書き出している「リアリストもといダチュラが抱える悲愴的な境地」であり、しかもその闇はまるで7章におけるうつつちゃんが手にした光に対比するものだと思う程に、どこまでも無慈悲で冷酷だったのである……。

心の甘さと非情な運命

 ここからは上記の項目で(詳しくは後述する)と書いた、エニシダがきらら達を称するうえで「彼女達は甘い」と言い放った事と、ダチュラが抱えている悲愴的な境地について思う事を書き出していきたいと思う。ここから非常に重い内容が含まれているので、特に注意して欲しい。

 

 まずはエニシダが仲間内に対して言い放った「彼女達(きらら達の事)は甘い」と言うものである。これはダチュラの毒を治す為の星彩石をダチュラの手によって奪われ、それをきらら達が取り返しに来るのを迎え撃つ際の作戦会議の中で言及されたもので、実の所言葉自体はそれ程スポットライトが当てられていた訳では無かったのだが、私としては「それは一体どういう意味だ?」と気になってやまなかった。尤も、エニシダが元来傲慢且つ高飛車な人なのは6章時点で既に分かっていた事であり、故にこの様な事を発するのはある意味既定範囲ではあった為、別に怒っている訳では無く、ただ単純に「きらら達の事を『甘い』と称する理由は何なのか?それを明らかにしなければ」と思い立っただけなのだが、何れにしてもエニシダがきらら達の事を軽く見ているのは事実である為、私なりに少し解き明かしてみたいと思った所存である。

 何れの場合にしても、ここで気になるのは「抑々きらら達がどの様な意味で甘いのか」という事である。これに関しては抽象的な題目故に断定する事は難しいのだが、恐らく「きらら達が世の中の厳しさを良く分かっていない」と言う意味で言い放った側面があると捉えている。リアリストとりわけ「真実の手」の面々は、その自暴自棄且つ破滅的な思想が先行しがちとは言え、元々は「現実の非情さや聖典の無力さに絶望して、聖典の破壊を望む様になった」「抑々聖典を理解できない様な環境下にいた中で、聖典ありきの世界は現実の厳しさから目を背けていると思う様になった」と言った過去を持つ者が殆どであり、それは曲がりなりにも「現実の厳しさ」はその身をもって解らせられている事を意味する。但し、解らせられているとは言っても、真実の手の面々の言動や行動を見る限り、彼女達の思想にはかなりの曲解及び思い込みが入っているのは否めず、それ故に「本当の意味で彼女達は現実を分かっている訳では無い。」と思う面はあるのも事実だが、何れにしてもリアリスト達がきらら達と比べて「現実の厳しさそのもの」を知っているのもまた事実である為、エニシダがきらら達を見下す発言をしたのも、歪んでいながらも確かな根拠があってこそとは言えよう。

 ここで整理すると、エニシダがきらら達を軽視する様な発言をした事に対して私としてはエニシダを含めたリアリスト達は良くも悪くも現実の厳しさを知らされるような経験をしてきているが、その様な経験をしていないきらら達は、私達リアリストと比べて考え方が甘いと見縊(みくび)っていたから」という推察をしている訳であり、エニシダがその様な発言をしたのは「彼女が傲慢且つ高飛車な一面があるから」と見ている訳だが、ここできらら達はエニシダが思っている程甘い人達では断じてない事だけでは言っておきたい。無論、きらら達にも甘さがあるのは事実であり、7章においてもその甘さが原因で危うい状況に陥ってしまった事も何度かあったのだが、それでもきらら達は数々の旅の中で培ってきた多くの経験があり、また多くの人々との確かな繋がりを持っている。更に言えば、きらら達もリアリスト達が抱えている様な悲惨な現実から目を背ける様な人達では無く、厳しい現実にも目を向けられるだけの覚悟と度胸を持ち合わせていると思わせるものは必ずあると考えている上、何よりきらら達も「何でもかんでも無批判に受け止める様な人達では無く、ここぞと言う時にダメなものはダメだとハッキリ言えるだけの器量はある」とも感じている。

 この事から、私としては「きららちゃん達は、エニシダひいてはリアリストが思っている程甘い人達ではない。」と言う意見を持っており、幾ら私がエニシダもといリアリスト達が抱えている事情に対しても理解を示そうと意識しているとしても、きらら達にもエニシダが言う様に甘さがあるのは疑いない事実だとしても、やっぱり私としては「きららちゃん達がどこまでも甘い人達だと思いたくないし、実際リアリストが思う程甘い人達では断じてない。」と思ってやまない訳であり、そこには強い信念が確かに存在しているし、もっと言うなら、きらら達を殊更に見下したエニシダひいてはリアリストにしても、その壮絶な人生経験故に人間的に大きく成長する可能性を秘めておきながら、頭ごなしに聖典は破壊しなければならないもの」だと思い込んでいる時点できらら達を見下す資格はないと思っている。結局のところ、何かにつけて殊更に人を見下そうとする事を、私としてはどうであっても看過できないのである。

 

 次はダチュラが抱えている悲愴的な境地についてである。これは「自身の特殊能力故に誰も彼女に触れる事が出来ず、寂しがり屋な彼女にとって、どこに行っても何をしても埋める事の出来ない寂しさを抱え続けている」と言うものであり、ここから私自身ダチュラに対して「彼女はリアリストと言う仲間内に対しても、ヒナゲシ同様本当の意味で自分の居場所は見つけられていない可能性が高い事」「彼女もまた、エニシダ同様自身の特殊能力によって苦しめられている側面がある事」の2つを思い浮かべているが、この様な考えに至ったのはある程度冷静になって考えられる様になってからで、初見ではその悲愴的な境地に思いを馳せながら、その痛みを嚙み締めるので手一杯だった事は先に言っておく。

 話を戻して、ダチュラに対して上記2つの様な事を思い浮かべた事を詳しく説明したい。まず一つ目の「リアリスト内でも彼女は本当の意味で自分の居場所を見つけられていない」と言うのは、彼女はその特殊能力故に「真実の手」でも実力は確かなのにも関わらず、「真実の手」の中でもどこか孤独じみた雰囲気を醸し出しているのが見受けられ、故に同じ志を持つ仲間と共にいながら、その心の溝が全く埋まっていない様に見えた事から考えたものである。ただ、彼女には「毒」があるが故に誰にも触れる事が出来ないと言う事情を抱えている為、物理的な観点で捉えるなら致し方ない側面もあり、実際に彼女が寂しさを抱いているのには「誰も私の事を物理的に抱きしめる事は、私自身が『毒を持つ』が故に不可能だから」と言う理由がある。

 しかしながら、私が本当に気になったのは、ダチュラは物理的な観点だけでなく、精神的な観点からも孤独な雰囲気を醸し出していた様に感じられた事である。幾ら彼女が毒を生み出す特殊能力を持つが故に物理的な接触は不可能だとしても、物理的な接触を伴わない(=毒の影響を受けない)精神的な観点から心を通わせたり、心の距離を近付けたりする事(早い話が対談による心の通わせ合い)は可能な筈だからであり、実際にダチュラは片言混じりの話し方とは言え、仲間内では会話を交わす場面も普通に見受けられている為、ダチュラも精神的な観点から心を通わせたり、極端な事を言えば自身が抱える寂しがりな面を紛らわす事だって可能な筈である。その事から、身体的な意味での孤独を醸し出すのはある意味必然だとしても、精神的な意味でも孤独な雰囲気を醸し出していたのが妙に気になって仕方なかったのである。

 このダチュラが精神的な観点からも孤独な雰囲気を醸し出している」に対する私の考えは2つあり、1つ目は「リアリストの面々の中で、ダチュラの心情全てを知っている者がいない上、その心情を理解しようとしてくれている人も殆どいないから」と言うもの、2つ目はダチュラは精神的な観点からと言うより、身体的な観点における人の温もりに意味を感じている可能性が考えられるから」と言うものであり、これだけならどちらにしろ「私は重い事実を頭の中で思い描いている」となるが、この様な考えを抱いたのにはきちんとした理由がある。

 まず1つ目の「リアリストの面々の中で、ダチュラの心情全てを知っている者がおらず、その心情を理解しようとしている人も殆どいないから」と言うのは、これまでリアリストの面々が嫌という程見せ付けてきた「同じ志を持つ仲間に対しても慈愛が殆ど無く、何かに理由を付けては容赦なく攻撃する上、その事に対して反省や後悔する様子も殆どない」(ロベリア、リコリスが顕著)・「仲間の心情や気持ちさえまともに推し量る事をせず、自分の思い込みで人の心情や気持ち、そして物事の因果関係を勝手に決め付ける」スイセンリコリスが顕著だが、「真実の手」の大半はこの傾向にある)・「同じ志を持つ者が集まっているのにも関わらず、自分の存在意義を明確にできていない」ヒナゲシダチュラが顕著)と言うのが主な根拠となった考えであり、これらに対しては私自身「そう簡単に許せる筈もない」と言う怒りの思いも正直あるが、一方で彼女達はその壮絶な経緯から「他人の心情を知る事に意味を見出せなくなったケースも多い」と考えられる事から、私としても結局の所「嗚呼、この無情な運命をどの様にして捉えるべきなのか……。」となってしまうのだが、何れにしてもダチュラは明らかに仲間内に対してもどこか疎外感を醸し出しており、その理由として「精神的な意味での理解者が仲間内にいないから」と言う可能性が高く考えられる為、この理由を採用したのである。

 但し、何度も言う様にダチュラ「誰にも触れる事が出来ない存在」であり、それ故にリアリストの面々にしてもどうやっても越えられない壁が存在しているのも事実である為、リアリストの面々にも致し方ない事情が存在している事はきちんと考慮しなければならない事も忘れてはいけない。無論、リアリストの面々としてもダチュラの事を良く知ろうとしていない様に見える思想を醸し出している事自体は決して褒められはしないが、抑々ダチュラを含めてリアリストの面々が「絆や聖典を破壊しようと望んでいる事」を思えば、ある意味「こうなる事も覚悟しなければならない事」でもある為、何とも言い難い話ではあるが、何れにしてもダチュラにとって現状が決して良いものでは無い事は明らかである。

 そして、2つ目の「ダチュラは精神的観点よりも身体的な観点における人の温もりにこそ意味を感じている可能性があるから」と言うものは、もしこれが本当なら彼女が本当の意味での温もりを感じられる事は、自身が抱える特殊能力故に皆無に等しいと言えてしまう程に残酷なもので、私としてもダチュラの希望を為す術なく削っていく様な、正に己が持つ悪魔的な考え方を積極的に想像する事に思わず躊躇いを感じる程である。その為、私としてもこの様な考えを展開していく事は、最初は平気でも段々と己の心から人間味溢れる感性がなくなっていき、それを埋める様に悪魔的な思想が徐々に心を染め上げられていく危険性があることからも推奨できないのだが、四の五の言ったところでダチュラの真意を知りたければ、この様な残忍且つ冷血な思想すらも展開できるだけの勇気を持つほか道はないのも事実であり、相当なジレンマがそこには存在している訳である。

 また、私自身2つ目の考えに関しては正直確証がそこまで無く、言っても曖昧な感覚が存在しているのが否めず、これは抑々論としてダチュラ「精神的な観点から寂しさを覚えているのか、身体的な観点から寂しさを覚えているのかすら良く分からないから」なのだが、それでも7章における彼女の言動を見る限りは「身体的な観点」である可能性が高く、如何なる場合であっても「そこに深き闇が存在しているのは事実」だろうが……。

 この様にダチュラに対しては私自身リアリストの面々の中でもかなり複雑な感情を抱いており、温情にも非情にもなり切れないもどかしく、ある意味人間らしい想いがそこには存在しているが、これはダチュラサンストーンの様に目的の為なら手段を選ばず、対峙する存在を無慈悲にいたぶる事さえ厭いがない冷酷な一面を持ちながら、リコリスエニシダの様に底知れぬ感情にものを言わせる様な感傷的な想いも強く持っている為であり、この「冷酷さと感傷さの混在」が私の心を際限なく突き動かすのである。尤も、突き動かされている感情があまりにも複雑な為、最早自分でも一体どうしたいのかさえ分からない面もあるが、ただひとつ分かる事は「私はリアリストに対しても凄まじい想いを持っている事」であり、これがリアリストを「単なる敵対組織」と捉えられなくなり、あらゆる一面や思想を模索する様になった私の答えでもあるが、その成れの果てはいかに……。

3.あとがき

 以上が今回メインシナリオ第2部7章で私が考えた事である。7章は6章、5章と比べると精神を抉るまでにストレート且つ壮絶な展開や、じわじわと痛みが襲い掛かってくる展開は幾分マイルドになっている一方、7章には6章終盤で明かされた衝撃的な展開から地続きとも言える高い緊張感が7章全編にわたって存在している事や、リアリストの「真実の手」が「七賢者」を相手に直接嗾けた事、7章で本格登場したダチュラが持つ壮絶な命運等々、今までの章と比べて「激動の展開が終始続く」と言う意味では5章、6章を上回っている。また、7章はうつつちゃんが「新たな力を会得した」と言う意味で大きな一線を越えた事でも重要であり、総じて7章は「新たなる局面の幕開け」という印象が強くある。

 その様な事から、7章は今までの章と比べて心の負担は、読み進めている最中は少なめであり、高い緊張感を裏付けされた重厚なシナリオ構成にのめり込む様に読み進めており、全てクリアした際には「あれ、もう終わってしまったの?」と、それだけシナリオに入り込んでいた事を証左する様な事を思った程である。ただ、太字で「読み進めている最中は」と書いているからも分かる通り、7章は深く考えれば考える程に心の負担が途端に増大する感覚を覚えており、決して甘くはなかった事実を見せ付けられている。やはりメインシナリオ第2部は「いかなる時でもシリアスで壮絶なテイストからは逃れられない」と言う訳だが、読み進めている最中は本当に心の負担が(5章、6章と比べて)少なめと考えていたのは事実である。尤も、その見立てはいささか甘かったのは言うまでも無かったが……。

 また、私自身7章は所謂「対比関係」がメインシナリオ第2部の中でも色濃く表れているとも見ており、私が特に意識しているのは「多くの経験や出逢いを経て、新たなる力と自分に目覚めたうつつちゃん」と、「壮絶な命運と悲劇的な過去を持ち、7章において更に救いのない境地へと追い込まれるダチュラもといリアリスト」と言う構図であり、言わずもがな前者が光、後者が影を表している。私は元来あらゆる物事に対して「光があるから影があり、影があるから光がある」と言う所謂「表裏一体」を意識した考えを展開する傾向にあり、今回それが前面に出た格好な訳だが、7章はそれだけ両者の違いがハッキリと表れたからでもある。

 そして、7章において本格登場したダチュラに対しては、リアリストの中でも特異的な境遇に置かれている事、自分にはどうする事もできない悲愴的な運命を抱えている事から、ダチュラに対して私自身例にも漏れず「単にきらら達神殿側と敵対する人物」とは思えず、凄まじい想いを馳せたものである。メインシナリオ第2部も7章ともなると、リアリスト側の思想もかなり分かってくるものなのだが、どうもリアリストの面々に対して複雑な想いを抱え続ける傾向は一向に変わらない為、最早これが私の宿命かも知れない……。

 最後に、この7章は今までになく劇的な展開と終始高い緊張感が支配するシナリオ構成に、多くの人々が迎える事になる新境地が光る構成は非常に心打つものであり、メインシナリオ第2部らしくのめり込む様に読み進められた事は改めて書き出しておきたい。そして、その衝撃的な終わり方故に今後の章からますます目が離せなくなった事をもって、今後の章を待つ事としたい。

 

 

おまけ

今回の文量は400字詰め原稿用紙39枚分であり、前回の6章に比べるとかなりコンパクトになった訳だが、その想いの強さは健在であり、今までの章と比べても決して見劣りしない。と言うより、前回はあまりにも膨大になり過ぎた為、今回程のまとめ方が丁度良い気もするのも事実である。

*1:世界とは「エトワリア」の事であり、欺瞞とは「嘘と偽りに満ちた状態」を指す。ただし、それは「リアリストからすれば」という事を忘れてはいけない。

*2:ただ、7章においてエニシダはきらら達の事を「彼女達は甘い」と称しているが、この事は後述。