多趣味で生きる者の雑記帳

現在は主にごちうさに対する想いについて書いています。

きらファンメインシナリオ第2部「断ち切られし絆」4章の感想・考察

 こんにちは。今回はきららファンタジアのメインシナリオ第2部4章を完走したので、その中で抱いた感想と考察について書きたいと思います。この第2部に関しては、私の中では続きを読むのが楽しみな反面、少し怖くもあると言う程に特別な立ち位置を持ったシナリオになっているのですが、それ故にしっかりとした想いを抱けると考えているので、今回もシナリオを読み進めて考えた事を素直に書き出したいと思います。

※注意※

 きららファンタジアメインシナリオ第2部のネタバレを含むものなので、その事を了解の上、読み進める事をお願い致します。また、内容も重めなので十分注意してください。また、本文中に出てくる「リアリスト」は「現実主義、写実主義」を意味するものではなく、「ゲーム内に登場する組織体」です。今回は括弧の有無に関わらず、特に脚注や注意書きが無い場合は全てゲーム内で使われる単語の意味合いを指します。

1.はじめに

 「断ち切られし絆」の名を持つ、きららファンタジアメインシナリオ第2部。どの聖典にも載っていない謎の存在である住良木(すめらぎ)うつつと共に、きらら達はうつつの故郷を探す為に新たな旅に出る。しかし、その道中壮絶な運命に翻弄される事の連続だった……。

 特徴は何と言っても大筋を支配しているシリアスなシナリオで、一筋縄ではいかないストーリー展開も多い上、第2部の敵対組織であり、欺瞞(ぎまん)に満ちた世界*1を正す為に活動し、ひいては禁呪魔法「リアライフ」を用いて全ての聖典とその世界を破滅させようと目論む「リアリスト」にしても、蠢く深き闇や壮絶な過去を思わせる展開が多く、特に4章ではそれが顕著に表れている。その為、きららファンタジア全体だけでなく、メインシナリオ第2部に絞っても特に重いシナリオが特徴的なのだが、その分ストーリー展開は先がどうなるのかどきどきしながらものめり込む様に楽しむ事ができる様になっており、また重いシナリオだけでなく、感動するシナリオも多く含まれており、総じて言えば今回も非常に読み応えのあるシナリオだと感じ取っている。

 今回はそんな読み応えのあるシナリオを、新キャラであるスズランとロベリアを中心とした観点と、最後にして以前から気になっていたハイプリス様の右腕たるサンストーンときららの関係性を中心とした観点の大きく2つを中心に、4章を読んで私が思った事を書き出したいと思う。

2.第2部4章の感想・考察

4章とは

 4章は2章と同様にリアライフによって呼び出されたクリエメイトが登場せず、オリジナルキャラクターによるストーリー展開となっている。また、この章では七賢者が1人であるカルダモンが登場しており、4章の重要人物となっている。そして、何故クリエメイトが登場する章と、登場しない章があるのか。それを解読するための足掛かりも存在しているのが4章の特徴だと推察している。

 この章はこれまでと比べても特に壮絶な章であり、いわれも無い様な噂によってきらら達が物理的に引き放され、うつつちゃんが今までにない程の絶望に苛まれるのを筆頭に、物語の中程までは身構えずに読むと思わずショックを受けるまでの描写が多く存在している。しかし、それ以降は再びきらら達が物理的に集まり、より絆を深める様子を窺う事ができる事を筆頭に、うつつちゃんの事を七賢者やアルシーヴ様、ひいては女神ソラ様全員が信じている事を記した手紙を読み上げる場面や、それ等を受け止めたうつつちゃんが新たな決意を胸に秘める等、心動かされる場面も多い。尤も、終盤はまた壮絶なテイストが復活するが、序盤と違うのは数多くの謎が少し明らかになった事と、また新たな深き謎が生み出された事である。

 また、この4章においてはリアリストが何故聖典とその世界の破壊を目論んでいるのか、その事を理解・考察する故で重要な事が明かされた章でもあり、総合的に見ればメインシナリオ第2部を解くに当たって重要な章である事は間違いない。ただ、何度も読み込むには強い意思がいるまでに過酷なストーリーである事もまた、間違いない真実だと思うのだが……。

4章におけるうつつちゃん

 メインシナリオ第2部における重要人物である住良木(すめらぎ)うつつ。どの聖典にも載っていない謎の存在であり、本人も「住良木うつつ」という自身の名前と「16歳の女子高生」と言う自身の年齢・属性以外の記憶を失っている。その為、自らが何者なのかを周りの人も彼女自身も良く分からず、多くが謎に包まれている。性格は極度のネガティブ思考故に根暗だが、きらら達と一緒に旅をする事で、言動こそ変わらないと言えど、前向きな事を提案したり、挫けそうな時にも励ます事も忘れなかったりと、彼女自身も確実に変化している。また、いざという時に折れ切らない芯の強さも併せ持っており、教養も時に実年齢以上のものを感じさせる程。更に、彼女はリアリストの人間では無いが、ウツカイが使う文字を解読する特殊能力持ちであり、他にも特定条件下でリアリスト幹部の会話を聞き出せたり、リアリストの面々ですらあらゆる手段をもってしても呼び出せない強力且つ特別なウツカイを己自身の力で呼び出せてしまったり(但し、この能力はロベリアの分析である為、うつつちゃん自身に自覚は全く無く、きらら達もこの能力は知らない。)と、潜在的なポテンシャルの高さが恐ろしいまでに優れている人でもある。

 4章においては、序盤においてはネガティブ思考こそ変わらないものの、きらら達の旅路に同行する事で楽しみを見いだしている様子を覗わせている。うつつちゃんもきらら達の事を信頼している事の証左であり、この信頼と言うのは後のうつつちゃんを大きく左右する事にもなる。

 しかし、4章において彼女は窮地に瀕する事になる。水路の街においてうつつちゃんは何故か「ウツカイを呼び出す張本人」扱いされ、どこに行っても全く相手にしてもらえない。後から分かる事だが、これはリアリストが仕組んだ悪辣極まりない罠であり、本人は「これこそ住良木うつつ絶望計画」だと考えている。そして、リアリストの罠により、うつつちゃんは孤独に追いやられ、自分は一体どうするべきなのか苦悩する事になってしまうのだが、その際になんとリアリストですら召喚出来ない強力かつ特別なウツカイを絶望のクリエも無しに召喚すると言う、ロベリアも驚愕の技を成し得てしまう。尤も、その事をうつつちゃん自身は知る由も無かったのだが、うつつちゃんは一体何者なのか……。

 そして、その後なんとかきらら達と再会し、きらら達はうつつの事を信じているとハッキリ告げたが、うつつちゃんはそれでも再び同行する事を渋っていた。ただ、その理由としてうつつちゃんとてきらら達の事が嫌な訳では無く、寧ろきらら達の事は好きなのだが、うつつちゃん自身が水路の街で疎まれている現状を鑑みて、きらら達にも迷惑をかける事になるかも知れないと、彼女なりに気にしていたのがあった。そんなうつつちゃんに対して、七賢者が1人カルダモンは「アルシーヴ様からの手紙」と称して、うつつちゃんに手紙を渡したのだが、その手紙には「うつつを信じる」と記されてあった。また、そこには「女神ソラ様や七賢者*2もうつつを信じているから負けるな」とも記されており、それを読んだうつつちゃんは自分の事を信じている人がいる事を知って思わず泣いてしまっていたが、同時にきらら達と再び旅をする事を決断し、新たに決意を大きく固める事にも成功している。

 決意を秘めてからと言うもの、以前より人の心配をする様子が多く見受けられており、本人は恥ずかしさから何かと理由を付けて誤魔化そうとしているが、うつつちゃんも確実に変化・成長しているのである。また、陰湿な手口ばかり使うリアリストに対して、遂に我慢の限界を超え、珍しく怒りを滲(にじ)ませる場面も存在しており、うつつちゃんが以前より人に対して感情を抱く様になったのもポイントだと思う。尤も、うつつちゃん自身の根っこは変わっていないのだが、それも味だときらら達からは評価されており、絶対的な個性と認知されている。

 また、最後の場面においては、衝撃的な展開続きに参り気味だったきらら達を励ます役目も果たしており、この事から全体的に自分は一体どうするべきなのか、その事を悩み、受け入れそして成長して、自分なりに前に進んでいく姿が、4章におけるうつつちゃんの特徴と言える。

スズランとロベリアについて

 「魔手(ましゅ)」の名を持つのがスズランであり、一人称は「オレ」。また、「妙手(みょうしゅ)」の名を持つのがロベリアであり、一人称は「私」。言ってみるならスズランが実行役、ロベリアが軍師(策士)なのだが、連携意識こそ持っているものの仲はお世辞にも良いとは言えず、ロベリアは「根暗」だとバカにするスズランを快く思っていない上、お互いに価値観が全く違うと言うのに、その擦り合わせも碌にしようとしない。性格は2人共にリアリストの例に漏れずかなりの曲者であり、所々に傲岸不遜*3な面が目立っている。

 スズランは「生きるのに必要なのは金」と言うまでに金に目がなく、それ故にあらゆる行動原理が報酬を得る為となっており、ロベリアからは「強突く張り」*4と称されている。リアリストに所属しているのも「キラキラなアクセサリーをリアリストの活動の見返りに沢山入手するため」と、他のリアリストと比べて思想や行動原理が明らかに異なっている。それ故に他のリアリストに比べれば、根本的な思想は変わらないと雖も(いえども)まだマシな部類であるが、金以外のものや概念(無性の愛や感謝の気持ち等)に対して全くと言っていい程慈しみを持ち合わせていない為、結局は五十歩百歩である。また、言うならば「金さえあれば飛ぶ鳥も落ちる」*5を地で行く様な人である為、リアリストに金の魅力が無くなればリアリストをも離反する可能性も否定はできない。だからと言って、たとえリアリストにいる意義をスズランの中で失ったとしても、きらら達に寝返るとは到底思えないが。

 また、頭の回転が速いが故に物事の呑み込みも早く、戦闘能力及び魔力もリアリストの中でも高い実力持ちで、それでいて冷静な判断能力もきちんと持ち合わせている事から、策士且つ陰湿なロベリアさえもその部分は一目置いている。ただ、前述の通り目的の為に見返りをしつこく要求する程の金至上主義な所と、やや短絡的な所があるのが欠点。因みに冷静な判断能力があるという事は、力ある者を認める事にも繋がっており、最終的にきらら達を強敵だと認めている。

 尚、スズランが金に執着する理由としては「金は裏切らない」という本人の信念があるからであり、これは「人や聖典よりも、ものを信じている」という事を意味するのだが、それがよりによって人が価値を付けたものである「金」と言うのは何なのだろうか……。もっと言うなら、作中を見る限り「金」と言うより「宝石」に目が無いようにも見える。因みに金以外のものに対しては絆のみならず、地位や名誉、手柄をあげる事にも興味が無い様子で、地位を渇望しているロベリアとは正反対である。

 一方、ロベリアは陰湿且つ根暗な性格で、目的の為なら人を騙す事も罠に嵌める事も平然と行い、他人の不幸を呪詛(じゅそ)を唱えながら望んだり、他人の不幸は蜜の味と言わんばかりに他人の不幸を喜んだりする等、リアリストの中でも特に陰険さと負のオーラに満ちた人である。その為、リアリストのメンバーである「エニシダ」からは「根暗女」と疎まれている。また、前述した様に根暗だと周りからは評されている*6が、本人は否定している。ただ、客観的に見て「呪ってやる」が口癖な人を見て、根暗なのを否定するのは難しいと思うのだが……。

 スズランと異なり「金」には興味がなく、代わりにハイプリス様に対して強い羨望意識と信仰意識があり、ゆくゆくはハイプリス様の右腕になる事を目論んでいる。その為、現在右腕の座に就いているサンストーンの事を目の敵にしており、何とか手柄を挙げて右腕の座を奪おうと企んでいる。また、地味に嫌な不幸や、不吉を暗示させる様な呪詛を並べたてる事も多いのも特徴的であるが、どれもみみっちいものばかりで、陰湿とは雖も、どことなく愛嬌を感じなくもなく、どこか憎めない性質を醸し出している。とは言え実力は「妙手」と呼ばれるだけあって中々のもので、特に策力に関してはハイプリス様にして「失う程惜しい事は無い」とまで称している程。

 最終的にはどちらかと言えば直接戦闘よりも策を講じるのを得意としている彼女もきらら達と直接対決を繰り広げる。尚、倒されると「人を呪わば穴二つってわけ……?」という台詞を言う事があるのだが、これは「人を呪う者は、自らもその呪いを受ける覚悟をしなければならない。」と言う意味を持つ戒めの諺であり、この様な台詞がある理由としてロベリアは「呪ってやる」が口癖な程、事ある毎に人に対して呪詛を唱えているためだと考えられ、彼女自身も呪詛を唱える事の恐ろしさは自覚している事が窺える。

 水路の街においては、スズランはロベリアの立てた策略の実行役として、ロベリアからの見返りの報酬を条件にきらら達に立ちはだかり、ロベリアは影からあらゆる策略を練り、その策略を円滑に遂行させるための策士(軍師)としてきらら達に立ちはだかる。その為、実質的には2人一組での活動なのだが、表立って活動するのがスズランだけである関係上、きらら達はスズランは物語の中程から認識していたが、もう一人のロベリアの存在については終盤まで知らなかった。そして、水路の街に術式をかけ、外部からの転移による侵入と通信を拒ませる(=使えなくさせる)作戦を実行した張本人でもあり、策略を立てたのはロベリアだが、実行者はロベリアとスズランのやり取りを見るにスズランと思われる。そして、その作戦があえなく失敗すると、今度はプランBと称して聖典との繋がりが強い神官達を嵌めようとする(実際には既にロベリアが魔法をかけていたが)。結局プランBは、ロベリアが七賢者が1人カルダモンを絶望の対象に決め、カルダモンの弱みにつけこんで絶望に堕とす事を行う事になったと読み解ける。理由としては「リアリストと一番近いのがカルダモンだから」という事らしいが、これはカルダモンも元々は長らく動乱地域に過ごしてきた経緯や、七賢者になってからも調停者として世界の多くを知っている事から、リアリストと同様に「世の中は幸せな事ばかりではない」という真実を知っている事が背景にある。勿論リアリストのこの様な理論は人の心を弄ぶとんでもないものであり、結局はもっともらしい事を並べただけの、ただの横暴論に過ぎない。だが、それでもカルダモンも支配するには十分であり、結局彼女は神官とともにリアリストの手に堕ちてしまう……と思いきや、カルダモンは呪詛に完全には掛かり切る事は無かった*7。その為、最終的には正気になっており、自身の役目でもある「調停者」としてリアリストの真実と、うつつちゃんの真実をリアリスト内部から詮索する役を買って出ているのだが、カルダモンを少し正気に引き戻すきっかけがうつつの声だったと本人が述懐しているのは非常に興味深い。

 最終的にはスズランもロベリアもきらら達に苦心惨憺(くしんさんたん)の末、窮地に陥る事になるが、そのタイミングでサンストーンが助けに入って撤退をはかる。尚、その際にサンストーンは、恐れながらも自身に立ち向かおうとしたうつつちゃんの勇気*8に免じて「クリエメイトのパスを断ち切るだけでなく、自分自身の絆をも断ち切った」とうつつに向けて話し、そして、その後きららに向けて「・・・・・・さよなら、姉さん」と意味深な事を宣告している。しかし、きららとの絆を完全に断ち切る事は出来ず、結局きらら達、サンストーン達共に不本意さを残しつつ、この対決にひとまずの終止符が打たれる事になった。

 この様に4章においてスズランとロベリアは実質的に2人一組で行動している為、一見するとリコリスヒナゲシの様に何かしらの関係がある様に思えるが、リコリスヒナゲシとつるんでいる事をスズランは「一銭の得にもならない」と言い、ロベリアは「我らリアリストにふさわしくない見せつけようだった」と言っている事から、リコリスヒナゲシと同じ様な関係は無いと言って良い。正にビジネスライクな関係である。

リアリストの目的とその目的について思う事

 ここからはリアリストに対して個人的に考えている事、思っている事を中心に書き出しています。重い内容も含まれているので、それを了承の上読み進めて下さい。

リアリストの目的について

 4章はリアリストの真の目的が垣間見えた意味でも重要な章でもあり、スズランとロベリア以外にも、4章そのものに深く絡んでいる訳では無いが、リアリストのメンバーとしてエニシダダチュラが登場してくる。尤も「エニシダ」と「ダチュラ」は、前述の通り4章には直接的に関わっている訳では無いので、ここでは詳しくは触れないでおくが、4章を読んだ人なら「エニシダ」の言動には衝撃が走った事だろう……。

 ここから本題に入る。抑々リアリストは聖典を汚染して、聖典とその世界の破壊を目論んでいるのだが、深淵たる領域としてこの世界(エトワリア)と聖典の世界を破壊して、この世界の「絆」を断ち切る事を真の目的としていると4章では明らかになった。要するに「エトワリアに存在する「絆」と言う名の繋がりを断ち切る事」を真の目的としているのであり、これが部下曰く「ハイプリス様の望み」だという。これにより、リアリストがクリエメイトをリアライフで呼び出し、絶望のクリエを集めるだけでなく、エトワリアの根源たる聖典と深い関わりを持つスクライブギルドや神官をも絶望に引き摺り込もうとする理由がより明確になったと言え、この物語を解く上重要な手掛かりになるのは疑いない。因みにリアリストが言うには聖典を汚染し、世界を破壊したその先にあるものが「絆」の喪失」らしく、言い換えればエトワリアと聖典の世界の絆は相当堅牢なものだと言える。

 また、ロベリアによれば聖典との繋がりが深い存在たるスクライブと神官では求めている役割に差異がある様で、スクライブは「汚染された聖典を模写する事で汚染を広げる」役割、神官は「汚染された聖典を受け入れ、憎悪を滲ませる様になる」役割を期待していると言う。つまり聖典をスクライブを使って効率良く汚染させ、神官がその汚染を増幅させて世界中に広めさせる事で、効率的に聖典を汚染させ、世界を絶望に染め上げていくと言う事であり、ここでリアリストがスクライブギルドと神官を狙った理由がはっきりと理解できる様になっている。

 では、リアリストは何故聖典を汚染させ、聖典の世界を破壊したいと思うまでに聖典を憎んでいるのか。それは聖典の描かれている内容は、リアリスト達からしてみれば「世の中をソラ様の都合の良い様に描き出し、それを真実だと偽らせ、人々を騙す形で希望を与え、自分(ソラ様)の都合の良い様に世界を操る為の偽りの書物だから」だと明らかになっている。つまりリアリスト達は聖典に描かれている様な幸せな世界とは程遠い、厳しい現実に生きてきたと言うのに、それを意味のないものとして無視扱いする聖典を正す為に聖典を汚染させ、そして聖典の世界を破壊する事で、エトワリアに『世の中幸せな事ばかりではない』と言う世界の真実を突き付ける事」を最終的な目標にしていると考えられる。何だか腑に落ちる様で落ちない様にも感じられるものだが、何れにしてもリアリストがただならぬ過去を抱えているのは間違いないのだろう。

リアリストに対して思う事

 4章においてリアリストの様々な一面が明らかになった事はここまで書き出してきた内容の通りなのだが、私としてはこれらの内容について、正直どう捉えるべきなのかがよく分からなかった。何故なら、リアリストの思想について深く考えれば考える程、一概に否定できるものでも無いと思い知らされるからである。勿論、リアリストのやっている事は決して許される様な事では無いのだが、リアリストの思想を辿ると、決して見過ごしてはいけないものがあるのも事実である為、板挟みとなってしまい、結果的に思い詰める事になってしまうのである。

 抑々リアリストがどうして聖典とその世界を破滅させようと望んでいるのか、その理由を知った時も衝撃が走ったものである。端的に言えば「エトワリアに幸せばかりではない、厳しい現実を思い知らせる為に聖典を闇に染め上げて、幸せの供給源たる聖典との絆を断ち切り、世界の真実を見せつけさせる」と言うのだから、驚くのはある意味当然だったのだが、同時に時間が経つにつれてそれがどれ程切ない事なのか、ひしひしと思い知らされるようになってきた。何故切ない事だと思い知らされたかと言えば、冷静に考えてみて、リアリストが聖典を憎む理由として聖典が幸せな事しか描いていない(=辛い現実を無視している)偽りの書物」と言うのは、リアリストの面々が暗に「昔から聖典に載っている様な幸せとは程遠い、厳しく切ない現実ばかりに直面してきた事」を示唆している可能性があると思い立ったためである。元々リアリストに対しては、1章の時からただならぬ何かを感じていたのだが、章が進むにつれてそのただならぬ何かが徐々に明らかになっていくとともに、リアリストの深く悲しみに包まれた闇がどんどん見えていくのも感じ取っている。この2つの要素をどう捉えるかによって、リアリストに対する印象は大きく変わってくると考えている。

 また、4章までのリアリスト達の台詞をよくよく汲み取っていくと、リアリストの面々が抱えている事情として下記が挙げられると考えている。

  • リアリストの面々は絆を重んじておらず、それ故に断ち切る事を目的としているが、その背景に絆をめぐって余程の痛い過去を持っている事が関係している可能性があり、それはリアリストの面々が口にしている「絆は下らないもの」若しくは「絆は理解できないもの」という発言が裏付けとなる。
  • リアリストに所属している多くが過去に辛く厳しい出来事を経験している事から、それ故に現実世界の厳しさ辛さが基本的に描かれていない聖典に対して「私達の様な描かれない存在を無視している」として激しく憎んでおり、これがリアリストが聖典を汚染させて、聖典の世界とエトワリアの絆を断ち切りたい大きな理由にもなっている。
  • リアリストの面々は一癖も二癖もある性質持ちが殆どなのだが、これも今まで過酷な環境に置かれていた為に、性質をも歪ませてしまった可能性も十分あり得る。つまり元々は尖った人達では無かったのだが、環境が彼女達を豹変させてしまった、という事である。

 1つ目は「リアリストが絆を重んじない理由」について考えたものであり、考えた理由としてリアリストは「聖典の世界とこの世界(エトワリア)絆を断ち切る事」を目的としており、それはハイプリス様をはじめとして、真実の手の面々やそれ以外の人達全員が望んている事だと本編では読み解ける中で、冷静に考えてみても、聖典の世界との絆を生きる気力を得る為の何よりの拠り所としているエトワリアにおいて絆を断ち切ると言うのは、たとえ絆に対して甚(いた)く屈辱的な経験があっても、実行にまでは中々移せない事なのは想像に難くないのに、リアリストは何故そのような事を実行にまで移せているのか、それを自分なりに理解したいと言うのが存在している。そして、その仮定に対する自分なりの答えが上記の箇条書きと言う訳であり、今回の4章を読んだ上で改めて思い立たせた考えでもある。

 2つ目は「リアリストが聖典を嫌う根拠」について考えたものであり、これは個人的に一番気になっていた事でもある為、4章においてその真意に迫れる場面があった事には思わずドキドキしたものである。結果的には色々知れた気持ちと、また新しい悩みが出来た気持ちの両方が芽生えた訳なのだが、それでも今まで分からなかった多くの事が明らかになった為、大幅な進歩となったのは言うまでもなかった。また、私は3章に対する感想・考察を書いた記事の中で「何故リコリス聖典を理解できないのか」と称してリアリストが聖典を理解できないのかと言う内容の考察を書いたのだが、その推察内容と今回の4章を見比べてみると、結論から言えば「当たらずとも遠からず」であり、特に「リアリストの価値観にとって聖典は理解できる代物では無かった」と言うのは、抽象的ながらも大筋を掴めてはいた事を示していると、個人的にはそう捉えている。

 3つ目は「リアリストの面々は何故一癖も二癖もある性質持ちなのか」について考えたものである。これに関しては個人的に最も突き詰めたい項目で、リアリストのメンバーを見ていると、すんなりと受け止める事の出来る性質をしている人は殆どおらず、一人一人は異なりながらも共通して恐ろしく尖った性質を持っていると感じているのだが、それ故にその様な性質になった経緯を考えたいと意識している。と言うか、そうでもしなければ、今後私はこのメインシナリオ第2部をどの様にして読み進めていけば良いのか、全く分からなくなってしまう。何故なら、この項目は私がこのメインシナリオ第2部を読み進めていく中において、心に激しく揺さぶりをかけてくる要素でもある為であり、ある意味メインシナリオ第2部における私にとっての大きな鬼門の一つにもなっている。ただ、心を揺さぶる分、メインシナリオ第2部における私にとっての大きな考察点の一つともなっており、このシナリオを読んで一体何を思うのか。その事を大きく突き詰めていく分野にもなっている。

 そして、私にとってはこれら3つに共通して言える信念があり、それは「リアリストの真意をあらゆる観点から考察し、そして見極めたい事」である。何故この様に考えるかと言えば、私はリアリストの動向を章ごとに追っていく中で、次第にリアリストに対して「もっと彼女達の真意や目的に対して理解を深めたい。もし理解を深めなければ、リアリストだけでなく、恐らくこの物語全体を通しての真実からも遠ざかる事にもなる。」と意識する様になってきているからであり、それはこの記事を書いている時も変わらない。

 ただ、一方でリアリストに対して「何故聖典をそれ程憎むのか……。」とか「何故リアリストは仲間意識を持ち、同志を労わる事ができないのか……。」と言う様に、リアリストに対して私自身決して看過する事は出来ない事象も確かに存在しており、それ故に私とて断じてリアリストの事を全て無条件に受け容れる事はない。どんなにリアリストに対して理解を示す様に意識して読み進めていても、どれ程寛容な心をもって読み進めていても、看過できない事を見過ごす事は出来ないのである。

 だが、リアリストが置かれてきた環境やリアリストに所属している面々の過去、そして彼女達が抱えているであろう闇や影を思えば、リアリストの事を無条件に否定する事も断じてない。何故なら、リアリストとて人間の集まりであるが故に、一義的な見方をもって断定する事は出来ない程の複雑な事情が絡み合っていると考えているからであり、それだけリアリストに対して深淵たる見識をもって、私はあらゆる事柄を見極めたいと考えているのである。

サンストーンときららの関係

 サンストーンはハイプリス様が最も信頼を寄せる存在であり、自身もハイプリス様に絶対の忠誠を誓っている。リアリストの「真実の手が右手」でもあり、人と人の繋がりである「パス」を断ち切る事の出来る能力を持っている。メインシナリオ第2部における「パスの喪失」は彼女の能力によるものであり、それ故にリアリストにとって「計画遂行のためには必要不可欠な人物」でもある。

 そんなサンストーンだが、4章においては終盤まで表舞台には登場しない上、登場する意義もあくまで「仲間を助けるため」であり、きらら達と対峙する為に現れた訳では無い。だが、サンストーンと再び対面したきららは、何故かまた勝手に涙を流した。何故またかと言えば、2章においてきららとサンストーンが対面した際もきららは勝手に涙が流れたからである。尚、2章においてきららが涙を流したのは「昔のはっきりしない記憶を急に呼び起こされ、胸が苦しくなる感覚を覚えたため」であり、これは4章でもほぼ同じである。その為、私としてはサンストーンときららの関係性は2章を見た時点からずっと気になっており、今回4章でサンストーンときららが邂逅(かいこう)した事により、この2人の関係性を知る何かしらのきっかけが掴められるのではないかと考えた。だが、その様な考えは、4章において明らかになったサンストーンときららの関係性を理解するには少々覚悟が足りなかった……。

 まずサンストーンが「絆など・・・・・・必要ないのだ。」ときらら達に対して言い放ったのも中々にショックであったが、それ故にサンストーンはクリエメイトの絆を断ち切るだけでなく、自分自身の絆をも断ち切ってしまったと知った時、私は思わず言葉を失くしてしまった。サンストーンがクリエメイトの絆を断ち切るだけでなく、自分自身の絆を何もかも断ち切ってしまったと思い込んでしまったからである。勿論これは誤解であり、サンストーン本人が言うには、自分自身の絆と言うのは「きららとの絆」であり、自分自身の絆を何もかも断ち切った訳では無い事だと分かり、ひとまず冷静さを取り戻した。が、その後のサンストーンがきららに対して発した「・・・・・・さよなら、姉さん。」という言葉に、私は今度こそ言葉を失う程の衝撃を受ける事になってしまった。

 私は色々と思い知らされた。サンストーンときららは本当に近しい関係性だった事、サンストーンはきららとのパス(絆)を自身の能力で本当に断ち切っていた事もそうなのだが、なによりかつて私がメインシナリオ第2部2章の感想・考察を書き記した際に仮定した「嘗ては深い関係性にありながら、サンストーンが自らの能力を用いて絆を断ち切った昔なじみ若しくは近しい存在」と言うサンストーンときららの関係性の内容と、今回明らかになったサンストーンときららの関係性の内容とで合致する部分が多かった事に対して一番ショックが大きかった。理由としては、私がこの仮定論を書いた項目の中に「もし本当ならば残酷且つ悲愴的なものであり、出来る事ならこうであって欲しくないと願いたくなる程の考え」と記す程に、メインシナリオ第2部の新章をこの目で見るまで決して信じたいとは思えなかったのが大きかった。

 ただ、私がこの様な考察を思い立った時点で、実は既に心の何処かでもしかすると、きららとサンストーンは私の想像以上に深い関係性があるのかも知れない」と気付いていたのだろう。そうでなければ、私が2章で書いた様なきららとサンストーンの関係性の仮定論は恐らく思い立たなかっただろうし、書き出す事も無かっただろう。結果的にはサンストーンがきららの事を「姉さん」と呼ぶまでに2人は普通の関係性では無かった訳だが、よくよく考えてみれば私がきららとサンストーンの関係性を考察した時点でこうなる事も承知の上でやるべき事だったと言えるのだろうし、私もそれを理解していたので後悔はない。なのでショックはショックだったものの、それで心が折れる様な事はもう起こり得ない。あり得るのは、きららとサンストーンの関係性の真理を想像する事だけである。

 ところでサンストーンがきららの事を「姉さん」と呼んでいた事についてだが、きらら本人は「妹がいると言う事実に対して自認は無く、周りの人達からも妹の事は聞かされていない」*9と言っており、きららからしてみればサンストーンが妹だと言う認識は今まで無かった事を窺わせているが分かる。しかしながら、きららにしてもサンストーンと対面するとなぜか涙が零れると言う状況があった為、何とも言い難い靄(もや)がかった感覚があったが、4章においてサンストーンがきららの事を「姉さん」と呼んだ事と、サンストーンが「きららとの絆が完全には断ち切れていなかった事」を示唆する発言をした事で、サンストーンときららがどの様な経緯や事情があれど、サンストーンがきららの事を「姉さん」と呼ぶまでに深い絆が存在した関係だった可能性が高くなったと言え、同時にきららがサンストーンと対面すると「サンストーンに対して掴むに掴めないもどかしさに胸が締め付けられ、涙が零れる」のも「サンストーンがきららとの絆を断ち切ったが、実は完全には断ち切れておらず、パスを感じる能力を持つきららにとっては不完全に断ち切られた絆を感じて涙を流している」と考えれば合点がいく。

 つまりサンストーンときららは、嘗ては「絆を断ち切る能力を持つ者と、絆を感じる能力を持つ者の深き関係」だったが、サンストーンがきららとの絆を一方的に断ち切った事により、きららはサンストーンに関する絆や関係をすべて忘れてしまったが、絆は完全には断ち切れておらず、それによりきらら特有の絆(パス)を感じる能力で微かに残るサンストーンとの絆を感じる事で、きららはサンストーンと出逢うと涙を流してしまう様になったと、私は考えている。4章で言及されたのが主にサンストーンである事と、きららはサンストーンとの関係性について殆ど分からない事もあって、視点がどうしてもサンストーン側に偏ってしまうのが個人的にはもどかしいが、それでもサンストーンときららの関係性はただならぬものだった事が明白なのは疑いなく、それ故に今後の章が更に目が離せなくなったと言えよう。

 サンストーンときらら。一方は絆(パス)を断ち切る能力を持ち、絆を破壊する者、もう一方は絆(パス)を感じる能力を持ち、絆を愛する者。相反する能力を持つこの2人の関係性の真実とはいかに……。

3.あとがき

 以上が今回メインシナリオ第2部4章で私が考えた事である。この4章は今までのメインシナリオ第2部1章・2章・3章と比べても特にシリアスであり、それ故に心にのしかかってくる重荷が今まででも随一だったが、その分読み応えのあるシナリオは心に残る場面も多く、総じて言えば喜びも悲しみもふんだんに込められた内容だったと考えている。

 尚、私が上記の様に考える理由としては、4章はうつつちゃんの成長をはっきりと感じ取る事の出来る場面を代表する様な前向きな描写も多いが、その一方でリアリストに存在する隠し切れない闇が露呈する場面を代表する様な暗い描写も多かったからである。その為、理解のとっかかりを掴む事が難しく、それ故に内容の推し量る事も決して容易では無いのだが、その様な状況でも私はあらゆる観点からこのメインシナリオ第2部4章の内容を推し量る事を意識している。勿論、シリアスな内容故に内容を推し量れば量る程精神的にも負担が増していくのは否めない上、考えた先にあるのが何も喜びだけでは無い事も理解している。だが、それでも私はメインシナリオ第2部を深く考える事に意義を見出しているので、どの様な事があっても推し量り続けようと考えている。

 また、4章に対する考えとして「リアリストの核心にも迫る様なシナリオだったと認識している」と記したが、他方でリアリストを紐解く上で重要な事柄として私の中で大きく蠢いている。元々リアリストに対しては1章の時から様々な思いが錯綜(さくそう)しており、それ故にリアリストをどの立場から考察するべきなのかはっきりさせられずにいるのだが、4章でリアリストの真の目的が垣間見えた事により、リアリストが秘めている真の意味での真実を見極めたいと思い立った。勿論、客観的に見てリアリストが決して褒められる様な存在では無い事も、決して許される事では無い様な事を遂行している事も分かっているが、それでも私はリアリストの真実をこの目で確かめたい。何故なら、このメインシナリオ第2部に限った話では無いが、創作物をどの様に受け取るか、それを最終的に決断するのは、何時だって自分自身の意思に委ねられているのだから……。

 以上が、今回のメインシナリオ第2部4章で私が抱いた感想・考察である。4章は今までの章の中でも特に印象的な場面が多く、メインシナリオ第2部の真相にも迫る様な題材が散りばめられていたとも捉えている。私はそれらを胸に秘めつつ、今後の章を待つとしたい。

 

おまけ

 今回の文量は400字詰め原稿用紙38枚分であり、これは現時点で過去6番目の多さにあたる。徐々に字数の多い記事が増えていく事で、ランキング順位も多少変化しているのだが、1位から3位は今の所変化しそうにない。何故なら3位以上は全て400字詰め原稿用紙50枚分以上(つまり20000文字以上)であり、1位に至っては400字詰め原稿用紙59枚分にも及ぶのだから。

*1:世界とはエトワリアの事であり、欺瞞はここでは「嘘と偽りに満ちた状態」を指す。

*2:勿論その中には2章において確執が否めなかったフェンネルも含まれており、フェンネルもうつつちゃんの事を信じてくれている。

*3:ごうがんふそん。威張っていて人を見下している事。

*4:業突く張り(ごうつくばり)とも言われるもので、非常に欲が深く、意地汚い事を意味する。

*5:世の中金があれば大抵解決できると言う意味で、金の力は絶大だと言う例え。

*6:この事は、リアリストの仲間に対する尊敬意識のなさを示唆しているとも考えられる。

*7:とは言え危うく掛けられそうになったのは事実らしく、本人曰く「一時は本気でリアリスト側からソラ様を見極めようと思い立った」らしい。

*8:ただ、サンストーン本人は「情けない勇気」と冷たい言葉をうつつちゃんに送っているが。

*9:ただ、その一方で「サンストーンなら今まで謎に包まれていた私の両親の事を何か知っているかもしれない」ともきららは言っている。